咲良綴が教える俺の現状
降って湧いた幸運。棚から牡丹餅、瓢箪から駒。二人で炬燵に入っているのが至高? 確かにそれも素晴らしいことだが、俺たちは活動的な現役高校生。男女が二人でいれば、そりゃどこかに遊びに行くのが世の道理というものだ。映画は喋れなくなるからデートに向かないなんて言う奴が居たら、そいつはきっととんだ捻くれ者に違いない。映画館と来たら長時間暗闇で隣に座れる絶好の機会。一つきりにポップコーンを二人で食べて、手と手が触れ合った日には言うことなしだ。
そんな夢の詰まった映画館に、俺は咲良と二人で向かっている。
まあ結論を言えば、これはデートと言えるのか甚だ疑問が生じるものだったのだが。
「七瀬くんは女性の方と二人で映画を見に行ったことってありますか?」
俺の隣を意気揚々と歩く咲良は、そんな俺の落胆など気付く様子もなく楽しそうに話しかけてくる。その口調は悲しくなる程に普段通りで、男女が二人で遊びに行く特有の甘酸っぱい空気感というのは皆無だ。実際、こうして誘ってきたのも大方さっき読んだ小説に触発されたとかそんな理由だろう。一月も付き合っていれば、そろそろこいつの思考回路くらいは読める。
うん、分かってたけどさ‥‥。
しかしながら当人の意思はともかく、形だけを見れば男女が二人で映画館に行くというのはデートと言っても相違ないのではなかろうか。
ふむ、そう思うと咲良と文芸部室以外のところで二人で遊ぶというのは初めての経験なので、オラ、ちょっとドキドキしてきたぞ。
そもそも下校の時に一緒に帰ることは多いが、この明るい時間帯に二人で歩いていること自体珍しく、新鮮だった。
「あるように見えるか? そもそも映画自体ほとんど見に行かん」
「いえ、事実は小説よりも奇なりと言いますし、もし七瀬くんが女の子と一緒に映画に行ったことがあったとしても私は驚きませんよ?」
「その言い方だと、俺が女子と遊ぶのはフィクション並にあり得ないと聞こえるんだが?」
「気のせいだと思います」
絶対確信犯だろ、こいつ。
悪びれもなく言い切った咲良はといえば、おお、と何かを思い出したような顔をした。
どうでもいいけど、何故こいつの表情はこんなにも豊かなのだろうか、クソ可愛いんですけど。
だが次に咲良から出た言葉に俺は返答に詰まることになる。
「考えてみれば、七瀬くんも入学してから一月で綾辻さんや三神さんとも随分親しくしているようですし、実は中学生時代もブイブイ言わせてたのでは?」
「‥‥ナニヲイッテイルノカナキミハ?」
「声がカタカナになっていますよ?」
文芸部的表現だな、それ。そりゃカタカナにもなる、突然なに言い出すんだこいつは。
「あのな、俺と綾辻たちはそんな仲が良いとかいう関係ではないんだ。言うなれば被害者と加害者。鼠と猫、鼠とドラゑもんだぞ?」
気のせいか、最後ので分かりにくくなった気がする。
「はあ、では三神さんは?」
「あいつは‥‥昼寝仲間?」
うん、たぶんそれで合ってると思う。昼休みに絶好の昼寝ポイントに行くと、大体先客で三神が寝てるし。最近は綾辻に言われたせいかしっかり腹から下半身にかけてブランケットをかけており、在りし日の水色の面影を追うばかりだ。
「やっぱり仲いいですよね?」
「なんでそうなるんだよ」
「いえ、私としてもてっきり噂の類だと思って聞き流していたのですが、どうにも最近はそう切り捨てることも出来なくなってきたと言いますか」
「噂って、俺は聞いたことないぞ」
「他愛ないものばかりですよ? 七瀬くんと綾辻さんが廊下ですれ違い様に挨拶をしているとか、立ち話しているのを見たとか、三神さんと昼休みに逢引きしているとか‥‥まあそれに関しては私も見たことがありますが」
「‥‥逢引きではないぞ?」
俺に言えるのはそれだけだった。
だって色々と思い当たることがあり過ぎる。最近は確かに学校でもあいつらと会うと向うから挨拶してくるし、こちらとしても返さないのも悪いからしっかり返事をしている。そして三神はあの性格なので昼休みに会えば少し話す程度だが、何故か綾辻は廊下などでばったり会うと話す機会が増えたのだ。
そりゃ噂話も流れるだろうよ。
なんと言っても綾辻日々乃と言えば一年生に限らず全学年で有名な陵星高校のマドンナ。咲良が七位だった『新聞部主催! 新入生推しメンコンテスト!』で二位相手にダブルススコアを叩き出して堂々の一位に輝き、人当たりはよく学業優秀、運動神経は抜群の完璧人間ときてる。
最近ではその推しメンコンテストの結果のせいで学校だけでなく近隣地域の中高生も知っているらしく、留まることの知らない綾辻の人気と昨今のネット社会における情報拡散能力には唖然とするばかりだ。
そして、そんな綾辻日々乃だが彼氏はいない。というか特定の仲の良い男子というのが存在しない。入学してから一月しか経っていないというのに、既に告白してきた人数は両手の指で足りない程だが、その中には推しメンコンテストの歴代ランカーたちもいたという。
しかし、彼らをしても綾辻日々乃の態度と返答は変わることはなかった。
即ち、『申し訳ないですが、恋人を作るつもりはありません』と。
淡い希望を抱きながら散っていった勇者の残骸はまさしく屍山血河だったとは我が腐れ縁、伊吹の弁である。
まあ綾辻の立場に立って考えると、色々な意味で恋人を作るなどあり得ないので、とにかく男子生徒からは距離を取る姿勢を示すことが、面倒事を回避する最も手っ取り早い方法なのだ。
さて、そこで考えてみよう。学校で人気の美少女が、数いるイケメン共の告白を切り捨てて、男子とは距離を取っているのに、何故か友達の少ない人相の悪い男とだけ喋っている。
そのうち脅迫だなんだと誤解されそうな状況だな、おい。
「最近だと、中には七瀬くんが綾辻さんの弱味を握っているとか、力で無理矢理従わせているなんて噂話もありますね」
状況は既に末期らしかった。




