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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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炬燵が教える神秘の温もり

 もう四月の末。学生だけでなく社会人まで全ての人が待ち望んだゴールデンウィークを間近に控えたその日、俺はいつもの如く文芸部室にて炬燵に潜り込んでいた。


 そろそろ炬燵も終わりの時期であるが、最近では地球温暖化の話など幻想だとばかりに風が冷たい日も多く、雨の多くなる梅雨が明けるまでは炬燵布団の片づけは保留ということになっていた。


 とはいえ電源は入っておらず、脚に感じる温もりは人の体温が籠ったものだ。


 俺は、ふとある考えに至り、読んでいた恋愛小説から顔を上げて正面を見た。


「‥‥」


 視線を向けられたことにも気づかず、一心不乱に文庫本を読み耽る少女が、そこに居る。


 黒曜石を糸にしたかのような濡れ羽色の髪に、同色でありながら透き通った光を宿す不思議な瞳。既に散ってしまった桜の香りを微かに漂わせながら、白磁の如き白い指先が静かに頁を捲る。


 少女の名は咲良綴。この文芸部の主であり、目下俺が学校で最も会話をする同級生である。


 いつ見ても思うが、話している時と本を読んでいる時が別人のような奴だ。部室では比較的喋っていることの多い咲良だが、こうして良い本というものに巡り合った時は没頭して帰って来なくなる。いつもこうなら静かなのだが。


 しかしながら、こうして見ている分には、本を読んでいる時はずっと見ていても飽きないし、話している時は話している時で至極楽しそうな姿が可愛らしいので、あれもしかして咲良って無敵‥‥?


 さて、そんな俺は今冷静に考えると、その咲良と二人で一つの炬燵に入っているのだ。


 ついこの間行われた『新聞部主催! 新入生推しメンコンテスト!』において女子の部門第七位にランクインする程に人気のある女子とだ。


 実を言うと、あのコンテストはまだ入って間もない時期ということもあって、どうやら話しやすくてそこそこ可愛い女子に票が集まる傾向にあったらしいということを、俺は伊吹から聞いている。


 それは俺も思い当たる節があり、第一位は置いておくにしても、十分顔立ちの整っている三神が十位以内に入っていないのがその証左だろう。あいつの場合影が薄すぎて認知されてない可能性が高いけども。


 つまり何が言いたいかと言えば、もしもっと時間が経って咲良の喋っている姿や性格が認知されていたら、こいつの順位は七位なんてものではなかっただろうということだ。きっと全学年でトップスリーだって楽勝だと俺は思う。


 さて話は戻るが、俺は今そんな咲良と向かいあって炬燵に入っている。


 そして今炬燵の電源は切ってあるので、そうなれば畢竟、この脚の温もりは俺と咲良、二人分の体温ということになる。


 少し前のこと、膝枕をしてもらうという今思えば千載一遇であったチャンスを逃して以来、咲良とスキンシップを取れる機会というのはほぼなかったが、今のこの状況はある意味咲良に触れていると言っても過言ではないのではなかろうか。


 何故俺は今までこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。炬燵とは見えないところでお互いの温もりを分かち合い、なんならふとした瞬間に足と足とが触れ合ったりなんかしちゃう夢の空間なのだ。


 見えていないという非視認性を保ちながら、温もりによって人を油断させ、あらゆる物事を安寧の中で許容させてしまう。なんという神器を装った悪魔の罠。なんて恐ろしい。俺はこんなにも何かを恐ろしいと思ったことはないぞ。擬人化させたら腹黒系ほんわかお姉さん(巨乳)に違いない、そりゃ出れない人も続出しますわ。


 ただ咲良は非常に姿勢がよろしく、普段から正座で座るためそういったラッキーハプニングに遭遇したことはない。しかし、そんなことが起こり得る状況にいる、というシチュエーションが重要なのである。


 まさか俺の人生には既にこんな夢のような機会が訪れていたとは。


 事実は小説よりも奇なり。現在俺の手元にある恋愛小説では主人公が意中の女子とデートに漕ぎつけた場面であったが、むしろレベルとして俺の方が上と言って良いだろう。良いよね?


 大体デートってなんだよ、高校生の男女が一緒に遊びに行く? 映画館は二時間近く喋らないし、動物園は高校生が行ったって楽しいもんじゃない。世界的に有名な遊園地なんて男女が一緒に行ったら別れるとまで言われているんだぞ。


 さて何が言いたいのかといえば結局、デートだなんだとわざわざ出かけなければ楽しくない相手と一緒にいたってしょうがないということを俺は‥‥。


 とそこまで考えたところで、パタン、という音が俺の思考を遮った。


 現実に引き戻された先に見えるのは、本を閉じてこちらを見る咲良の姿。今日この部室に来てから初めてこちらを見た顔は、至極真剣なものだった。


 なんだ、もしかして俺の炬燵の中でうっかりラッキーハプニング作戦を勘づかれたか?


 密かに伸ばしつつあった脚を引き戻していると、咲良が真剣な表情のまま口を開く。そこから飛び出た言葉は全く予想外のものであった。


「七瀬くん、今日はこの後お時間ありますか?」

「は? ああ、まああるけど」


 部室にかかっている時計が指しているのはまだ四時半。元々部活で六時過ぎくらいまでは残っているので、時間はある。


 だが何故今そんなことを。その言葉はまるで咲良が俺をあれに誘うかのような、


「では私が奢りますので、これから一緒に映画を見に行きましょう」





 

 成程、デートって最高だな!


二章が始まります。

が、ストックはほぼありません!

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