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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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エピローグが教える日常の在り方

 最近、やけに眠っても眠っても疲れが取れないのは何故だろうか。


 あの王樹との一戦以来、どうにも前世の夢を見る機会が一層増えた気がする。結局それがコードの見せる夢なのか本当に前世なのかは分からないままだが、まあ体感別人という考え方にも違和感を覚えるので前世ってことでいいだろう。誰が文句を言うわけでもないし。


 さて、今は昼休み。既に昼食は食べ終え、俺は今から絶好の昼寝ポイントで穏やかな微睡に浸る予定だったのだが、


「‥‥何でお前がここに居るんだよ」

「君こそ、夜寝てないの?」


 そこには相変わらず眠たげな眼をした三神が横たわっていた。なんだか既視感だが、これ、このまま会話進めたらあの日出来なかった咲良の膝枕が出来たりするの?


 そんな淡い期待を抱くも、当然ながら濡れ羽色の髪をした少女は周囲に見つからない。


 仕方なく俺は三神から少し距離を取って腰を降ろした。


「というかお前、呪いは解けたんだろ? なんでこんなところで昼寝してんだよ」

「昼寝するのに理由はいらない」

「あー、なるほど?」


 え、じゃあなにか。会う度に寝てたのは体調悪いの関係なく単純に趣味だったのかよ。


 そんな俺の思いを見透かしたように三神が付け加える。


「身体が辛かったのは本当。おかげで今はこうして安らかな気分で昼寝が出来る。最高」

「そこは別に疑ってねーって」


 ふと横目に見た三神の身体はまだ完治とは言えないものの、全体的に肉付きが戻ってきており、見るからに不調だった保健室の時よりずっと良くなっているのが分かる。


 とことんフォルダーってのは頑丈なんだな。身体に穴空いてた俺の傷も三神の治療もあって大体治ったし。


 すると、俺に背を向けて寝ていた三神が振り向いてジト目でこちらを見ていた。


「‥‥変態」

「おい待てこら。今は別になんもしてねーだろ」


 確かに前はパンツ見たけどさ! そして今も全身をしっかり見つめていたけど、あれ、もしかしなくても同級生の女子の身体をしっかり見るのって変態‥‥。


 これ以上考えても泥沼にはまりそうだったので、俺も寝ることにする。既に三神は無視を決め込んでいるようだった。ここまで清々しいといっそ惚れ惚れするわ。


 春の麗らかな陽気に誘われ、すぐに意識は曖昧になっていく。頬撫でる春風が心地よく、昼休みを満喫する生徒たちの声が遠くから聞こえてきた。


 そしてその中に混じるように、小さな声が風に乗って耳に届く。


「助けてくれて、ありがと」


 それが誰の言葉か考えるなんていうのは、流石に野暮な話だろう。俺は「おう」と答えると、照れ屋な少女の隣で穏やかな眠りへと落ちていった。



     ◆ ◇ ◆



「ああ、七瀬ちょっといいか?」


 一日の授業を終え、さあ部活に行こうと席を立った俺に声をかけてきたのは爽やかスマイルを浮かべたセリ、セリ‥‥ああ、セリヌンティウスだ。いや違うわ。


「なんだよ伊吹」


 そう、伊吹だ。最近ほとんど話すこともなかったからど忘れしていた。ちなみにクラスメイトの大半の名前がうろ覚えである。まだ四月だからしょうがないね。最近は特にそれどころじゃなかったし


「いや、今時間ある?」

「まあ無いわけじゃないが」


 果たしてお前の用事が俺の部活の時間を割くのに値するものかどうか。


 そんなことを考えていると、伊吹が着いてきて、と背を向けて歩き出す。まあなんだかんだ、こいつは何か用事がなければ話しかけてこないので、俺としてもそれなりに気になるところだった。


 伊吹が来たのは自販機の置いてある購買スペースだった。既に営業時間を終えたそこは、人気がない。


「多分七瀬はまだ見てないだろうから、ほら」


 そう言って伊吹が鞄から取り出したのは、手作り感のある薄い冊子だ。表にはデカデカと極秘と書かれており、秘密にする気があるんだかないんだか分からないデザインだな、これ。


「なんだよこれ?」


 受け取ってみると意外と良い紙を使っているらしく、滑らかな肌触りをしていた。伊吹が目で開けてみろと促すので、とりあえず捲ってみる。一頁目、目に飛び込んで来たのは『新聞部主催! 新入生推しメンコンテスト!』というやけにポップな字体で書かれた言葉だった。


 ‥‥ああ、そういえばあったなこんなの。


「大分前に投票してもらった推しメンコンテストの結果出てたんだけど、部数絞ってるからどうせまだ見てないだろ」

「見てないどころか発行されてたのも今知ったからな」


 というか、これは明らかに新聞ではないと思うんだが、それは良いんだろうか新聞部よ。


 とは言え、こうして思いだすと結果が気になるのが人情というものだろう。見なくても女子の部門一位が誰だかは予想がつくが。


「これ手に入れるのも結構苦労したんだよ。新入生だけじゃなくて先輩も欲しがるし、新聞部の女子にコネがあったから手に入ったけど」

「そのコネが男だったら俺も素直に労えたんだがな。まあサンキュー」


 実際問題、こいつ意外にこの冊子を見せてくれそうな知人は存在しないし。


 伊吹の苦労話を聞き流しながら頁を捲ると、どうやら最初は男子生徒の推しメンコンテストらしく、一位から十位までのイケメン共が顔写真付きで紹介されている。所属クラスから部活、趣味、恋人の有無、ご丁寧に取材コメントまで載っており、おい新聞部本気出し過ぎだろ。


 別段女に困らなさそうな男を見ても楽しくないので、さっさと女子コンテストに行こうと思った俺だったが、男子推しメンコンテストの第三位の男に目が留まった。


「‥‥」


 視線を前に向けると、写真の中で爽やかな笑みを浮かべる男がこちらを見ている。うん、まあどうでもいいかな。


 今見たことは何の反応もしないことに決めて俺は次のページに進む。そこは思った通り女子生徒の推しメンコンテストで、心なしというか完全に男子生徒のものより写真が大きくプロフィール欄も充実していた。おい新聞部正直過ぎるだろ。


 一位は面白味もなく、アッシュブロンドの髪を靡かせた綾辻日々乃だ。投票数は二位を二倍差以上引き離している。圧倒的じゃないか、あの金髪は‥‥。しかし一位にも関わらず他の女子生徒よりプロフィール欄がとても少なく、その代わり周囲の人からの評価やら告白された人数やらが書かれていた。


 あいつ学校始まって一月も経ってないのにこんな告白されてんの? 漫画のキャラクターかよ。


 そして、頁を捲って目を滑らせていくと第七位に目当ての人物というか俺の投票した女子生徒が載っていた。黒曜石のような髪をした透き通る瞳の少女、咲良綴。写真を撮らせてくれるとは到底思えない彼女は、苦肉の策としてクラスの集合写真をトリミングして載せられたらしい。


 こうしてランキングに載っているのを見ると何だかんだ言ってやっぱり嬉しいものだ。だが、これで文芸部に男子生徒が入部しようとしたら、果たして咲良はどんな反応をするのだろうとも思う。


 伊吹に冊子を返し、部室棟へと向かう俺は思案していた。


 あの斜陽射し込む文芸部の部屋に、俺と咲良以外の誰かが入り込むという図がまるで想像出来ない。というかしたくない。けれど、もし俺なんかよりよっぽど本が好きな奴が入ろうとしたら、咲良は喜んで迎え入れるだろう。その時、俺は。


「七瀬」


 かけられた声に顔を上げると、午後の柔らかな光に照らされてアッシュブロンドが光る。


 作り物めいた程に端正な顔立ちは呆れたような表情をしていて、翡翠の瞳でこちらを見つめる綾辻日々乃はそのまま俺の方へと手を伸ばした。


 戦い続けている癖に白魚のように綺麗な指が俺の頭に触れ、何かを掴む。


「花びらついてるわよ。どうせ昼もまた中庭で寝てたんでしょう」

「あ、ああ」

「晶葉も昼休みになると途端にいなくなるのよね。まだ風が冷たいこともあるんだから、せめてブランケットくらいは持って行って欲しいんだけど」


 そう呟く七瀬は、こうして制服姿でいるのを見ると、本当に俺なんかが喋ることなんてあり得ないと思う程に綺麗だった。それが今、こうして話しかけられるようなことがあるのだから、人生というのは分からない。


 無言でいる俺を不思議に思ったのか、綾辻が首を傾げる。


「どうかしたのかしら?」

「いや、なんでもない」


 結局、人生何が起こるか分からないものだ。それを目の前のこいつが教えてくれた。


 だからまあ、何が起きても俺は俺の正しいと思う道を進むしかない。その結果がどうなろうと、自分が正しいと思ったことを為したのなら、次に行ける。


「そう? それじゃあまた、今夜に」

「ああ、分かってる」


 俺が答えると、綾辻はフッと微笑んだ。すれ違い様に柑橘系の香りに包まれ、金の粒子が散るような錯覚を覚える。忘れられない笑顔を脳裏に刻み込んで、午睡の夢の如く、綾辻日々乃は去って行った。



     ◆ ◇ ◆



 可愛らしい女の子のイラストが迎えてくれる文芸部室の扉を開けると、咲良綴はいつもと同じ位置でチョコンと座って本を読んでいる。


 小さな息遣いの中で頁を捲る音がやけに大きく響いた。こうしてこの部室に入って咲良を見た時、俺はこの上もなく日常に居るのだと実感できる。上履きを脱いで部屋に入り、物語の世界へ没頭する少女の集中力を乱さないように気を付けて咲良の正面へと陣取って炬燵へ潜り込んだ。


 仄かな温もりを感じながら俺も本を取り出そうとするが、正面から感じる視線に気づく。


 咲良が本から顔を上げてこちらを見ていた。引き込まれそうな瞳が驚きに少しだけ大きくなっている。


「あれ、いつの間に来ていたんですか七瀬くん」

「たった今だよ、本に集中していると思ったんだが」

「流石の私でも正面に座られたら分かりますよ」

「今のところ割合四てところかな」


 俺の経験からそう言うと、咲良は明後日の方向に視線を向けて吹けもしない口笛を吹く真似をした。このいつも通りの様子を見ると、きっと自分が推しメンコンテストの七位になってるなんて少しも知らないんだろうな。


 言うべきが言わざるべきかと思っていると、咲良がそうでした! と手を打つ。


「七瀬くんから渡されたやつ、しっかり読んできましたよ」


 そう言って咲良が引き寄せた鞄から取り出したのは、単行本ではなくコピー用紙の束だ。


 俺は自分の顔が引きつるのを感じる。


「は、早くないか?」

「このくらいの分量だと読むの自体は三時間もかかりませんよ」


 咲良の手元にある紙束は、俺もよく知っているもの。というより、俺自身がコピーしてきたものだ。


 そこに書かれているのは、俺の初めて書き上げた小説。所謂処女作というものだった。


 読ませる気なんてないとは言ってきたが、書いた以上は誰かに読んでもらいたくなってしまう。それなりの覚悟をもって渡したはずだが、こうして目の前に出されると心臓がバクバクと音を鳴らした。


「ど、どうだった‥‥?」

「そうですね、百点満点で私が点数をつけるとしたら」


 咲良はそこで俺の目を真っ直ぐに覗き込んだ。嘘偽りの一切ない、純粋な眼差し。


「三十点ですね」

「さんじっ‥‥!」


 告げられた点数に、思わず言葉に詰まる。いや、初めての作品がその点数ってのは高いか低いかは良く分からないが、とりあえずいい評価ではないだろう。


 身体から力が抜ける。咲良は本に対して真剣であるからこそ、こういったところで下手なお世辞を使ったりはしない。本気で読んで、本気で評価してその点数だというのなら、俺は納得する他ない。


 あー、でも結構堪えるな、これは。


「内訳聞きますか?」

「一応」


 正直、聞きたくないというのが本音だけれども。ここで聞かないというのはしっかり読んできてくれた咲良にも失礼だ。


「そうですね。私は今回主に四つの観点から点数をつけたのですが、ストーリーの構成力、魅力あるキャラクター、後は基本的な文章力です。七瀬くんはまずこの三つをしっかり練って練習することから始めないといけないですね」

「そう、だよなあ」

「最後の一つは書き上げる力です。この点に関してはやり切れたことは誇ってもいいことだと思いますよ」

「それはどうも」


 なんというか、直球を真正面からぶち込まれた気分だ。にしても、そうすると五点というのはなんだろうな、一、二点くらい入れてくれたのか。そんな疑問に答えるように、咲良はそこで笑った。春の陽だまりを思わせる笑顔で、俺の心の内側に平然と踏み込んでくる。



「五点分は、七瀬凛太郎の初めてのファンから送るエールの気持ちです」


 咲良綴はそうしていつも俺の背中を押して笑うのだった。


これにて一章は終了になります。

ストックが切れましたので、これから先は不定期更新になりますが、出来るだけ早く更新していきたいと思いますので、これからもお読みいただけたら幸いです。

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