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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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閑話 夢が教える在りし日の記憶

 頬を撫でる風が汗をかいた身体に心地よく、見渡す限りに広がる空の青さに、一瞬自分がいる場所が長閑だと勘違いしそうになる。


 ここは城壁の外、既に魔物跋扈する魑魅魍魎の領域だ。


 だが、ことここに至っては俺の感じるこの安心感も城壁と比べて遜色ないだろう。何故なら、


「大丈夫ですか、少年?」


 そう言いながら、仰向けに倒れた俺の顔を覗き込んでくる顔があった。外の世界を渡り歩く言霊士とは思えない程に白い肌に、黒い髪が天幕の如く垂れ下がる。だが何より特徴的なのは、その両目を覆う眼帯だろう。それが示すように、彼女は盲目だった。


 しかし恐ろしいことにこの女はそのハンデを背負って尚強い。俺の知る限りではこいつに勝てる人間など見たことも無く、つまるところ城壁並に安全というのはそういうことだ。


「‥‥いい加減、その少年って呼び方、やめろよ。俺とそんな、年齢変わんねーだろ」


 そう憎まれ口を叩くが、疲労と足りない酸素のせいで途切れ途切れの言葉になる。言われた当の本人は気にした様子もなく、俺の隣に腰を降ろした。


「でもお互い正確な年齢もわかりませんし。ただ重要なのは私の方が言霊士として先輩で、私の方が強いですからね」

「‥‥」


 その言葉に、俺は言い返すことも出来ずに唇を噛んだ。なにせ、たった今訓練してもらって、あしらわれたばかりだ。そんな俺の頬を女が面白そうに突くが、止めようにも腕が重く動きそうにない。


「むしろ教えているのだから師匠と呼んでくれてもいいんですよ?」

「謝るから、それだけは勘弁してくれ」


 見た目大した歳の差もない女を師匠と呼ぶのは流石に勘弁してもらいたい。そんな俺の切実な思いが届いたのか、女は冗談ですと笑った。その手には訓練の時から変わらず彼女の秘言で顕現した剣が握られており、戯れに風の流れを断ち切っている。


「そういえば、一つ聞いてもいいか?」

「何ですか?」


 問うと、女は見えない目でこちらを向く。


「いや、その概念武装、銘はないのかなって」

「銘‥‥ですか?」


 女は不思議なことを聞かれた、と言わんばかりに手で遊んでいた剣の刀身を撫でる。もし目が視えていたら、丸くしていたことだろう。


「ああ、普通概念武装は銘を付けるもんだろ? ただお前のはそういうの聞いたことないなって」


 秘言を扱う言霊士は、殊更に名前や銘を大切にする。それこそが存在を固定化し、より大きな安定感と力を発揮出来ると知っているからだ。中には概念武装を顕現させる際に必ず決まった口上と共に銘を言う者さえもいる。


 〝強化〟の秘言しか使えず、概念武装を持たない俺にはピンと来ない話だが。


「銘ですか‥‥私にとっては剣と言えばこの剣だけですし、あまり必要性を感じないんですよね」

「そりゃまた、羨ましい話だな」


 確かにこいつにとってこの世で信頼出来るものは、その手に握られた鏡の如き剣一振りのみだ。だから剣といえばそれが指すものはたった一つきりであり、固有の銘が必要だと感じたことがないのだろう。


 ただ、概念武装を造ることさえ叶わない俺からすれば、折角なら銘をつけてやればいいのにと思ってしまう。


 そんな俺の嫉妬心に気付いたのか、女はクスクスと笑って立ち上がる。


「大丈夫ですよ、自分の力を信じていれば、必ず秘言が応えてくれる日が来ます」


 そう言いながら、彼女は何気ない動作で剣を構えた。まるで呼吸をするように自然に剣先が持ち上がり、そして消える。薙いだ瞬間には斬り返り、袈裟切りは初めからそうであったように伸びる突きへと変化する。それは大凡型などない、自由な剣舞だ。


 俺は倒れたまま、その光景に魅入られる。そうして暫くすると、触れれば切れるのではと思う程の風切り音の合間に女の声が聞こえてきた。




「そうですね、多分私にとってのこの剣は目の代わりのようなものなんですよ。形は触れればいいですし、音や匂いで私は沢山のことが分かります。それでも尚分からないもの、だからきっとこの剣に銘をつけるとしたら――」




 その時、太陽の光を反射して煌めいた剣に俺の視界は奪われた。そして、瞬く間に幾つもの光景が脳裏に焼き付き、消えていく。荘厳なる白亜の城、暴風を纏う翡翠の竜、大火噴く巨人、雷を宿した角獣。



 そして、赤の中に眠る女は、眼帯を外し光の無い瞳で俺を見つめていた。



 その口が微かに開き、何かを伝えようとしている。決して忘れてはならないはずの言葉を。


 しかし今の俺はまるで聞き取れない。ただ感情が叫びとなって喉を震わせ、届きもしない言葉を迸らせた。


 消えゆく光景の中、最後に見た彼女の顔は満足げな笑みを浮かべていた。


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