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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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綾辻日々乃が教える俺のすべきこと

 心臓がバクバクと鼓動を打っているのが分かる。筋肉が疲労に痙攣し、肺が酸素を求めて喘いでいる。


 嫌な予感に突き動かされて全力で駆け抜けたわけだが、それが当たって良かったのか悪かったのか。


 ただ言えるのは、


「間に合ったっ‥‥!」


 ここまで来た時餌に群がる蟻の如き木偶の群れにも驚いたが、その中心に佇む何やら馬鹿デカい木偶には度肝を抜かれた。十中八九間違いなく、あのデカブツが三神に呪いをかけた元凶だろう。


 そして何より肝が冷えたのは、その中心で今まさに倒れ伏した綾辻に木偶が止めを刺そうとしていたことだった。


 正直、俺は嫌な予感に駆られながらも綾辻ならそう簡単にやられるようなことはないだろうし、なんなら俺が着いた時には決着する頃なんじゃないかという思いもあったのだが、そんな甘い考えはその光景を見た瞬間に吹き飛んでいた。


 そして、そこからはあまり覚えていない。


 ただ止めなければならないという思いで全力で走り、気付いた時には寸前のところで槍を掴むことに成功していた。


 火事場の馬鹿力ってのはこういうことを言うんだろうな。本当に間に合ってよかった。三神にあれだけの啖呵を切ったってのに手遅れになるところだったじゃねーか。


「七瀬‥‥」


 下から呼びかけられた声に見やると、そこには仰向けに倒れた綾辻がいる。


 胸元の服が破けて赤黒い血に塗れ、全身は大小様々な裂傷が刻まれている。綺麗だったアッシュブロンドの髪は土の上で無残に広がっていた。そして、こちらを見つめる瞳はいつもの不敵なものではなく、寄る辺を失った子供のように、不安定だった。


 気丈な綾辻のこの姿を見て、どれだけ過酷な闘いであったか分からない程、俺も馬鹿じゃない。


 どう考えたってこんな数、一人で立ち向かうような敵じゃないだろ。分かってはいるが、どうして頼ってくれなかったと思ってしまう。


 ギリと奥歯を噛みしめて、俺はその思いを飲み込む。頼りない人間だった自分自身が一番悪いと分かっているから、それを変えるためにここに来たんだろうが。


 見た所、胸の傷以外はそこまで深くない。そして、俺一人ではこいつらを相手にしても勝てない、必ず綾辻の力が必要になる。


 だから、どれだけ非情な判断であっても、俺は三神と綾辻の二人が生き残るために選択しなければならない。


「余計な問答は後だ、三神の呪いを解くためにはこいつをぶっ飛ばさなきゃいけないんだよな?」

「どうして、それを‥‥」

「保健室で三神に会って来た。無理に動こうとするから今は寝かせてあるけどな」


 三神という名前に反応して、綾辻が微かに震えた。まだだ、まだこいつの意思は折れちゃいない。だから、聞こう。


「俺が時間を稼ぐ、あいつを‥‥やれるか?」


 それは恐ろしく残酷な質問だ。身体中から血を流し、今も立ち上がることさえままならない少女に対し、微かな希望を餌に俺は選ぶ余地のない地獄への道標を与えたのだから。


 だが、綾辻はそんなことも分かっているというように、微かに笑う。口を開くことさえ辛いだろうに、いつもと同じ気丈で不敵な瞳で。


「言われるまでもないわね。あなたこそ、先にダウンなんてしないでしょうね」

「それだけ大口叩けりゃ安心だよ、この野郎」


 まったくこいつは、本当に頼りになる奴だ。どんな状況にあってさえ、綾辻が隣で戦ってくれるという事実があれば、負ける気がしない。


「‥‥あれ」


 そういえば、そんな感覚をつい最近どこかで――。


「ねえ」

「っ!? な、なんだよ」


 危うく思考の沼に引きずり込まれそうなところを、綾辻の声で戻って来れた。今は流石にそんなことをしている暇は無い。


 そして声をかけてきた当の綾辻はと言えば、どこか言いにくそうな顔で黙っている。あの、なるべく早くしてほしいんですけど、ただでさえさっきからこのデカい槍が押し込まれてるし、周りの木偶共からのちょっかいを捌くのに忙しいし。


「あの、言い辛いんだけど」

「はよ言えよ、今の俺の状況見えてるだろうが! トイレなら我慢しなさい!」

「トイレじゃないわよこの馬鹿! そうじゃなくて、まだ身体が動きそうにないから、なんとか時間を稼いで欲しいんだけど‥‥」

「はあ!?」


 お前そういうことは先に言えよ! と叫ぼうとして、頭上から迫る凶悪な殺気に反応して顔を上げる。

 そこには今まさに二人共を叩き斬らんと大剣が落ちてきているところだった。

 それは頭で考えるよりも早く下された判断。


「っらぁあああ!!」


 周囲の木偶の干渉は無視し、片手で掴んでいた槍を、開いた手で殴りつける。一瞬の内に発動された〝強化〟のコードが夜の中で眩く光り、俺の拳と槍が激突した。


 重厚な壁を殴りつけているような感覚を覚えながらも、強引にその一撃で以て槍を跳ね上げる。そう、ちょうど真上から振り下ろされる大剣にぶつけるように。


 ズンッ! という地響きが裏山を揺らした。斬り飛ばされた槍の穂先が土砂と共に宙を舞い、数多の木偶がその衝撃に巻き込まれて吹き飛ばされる。


 俺はそれに巻き込まれないよう、暗闇の中を強化した夜目でもって走り抜けていた。


「あなた‥‥無茶苦茶するわね」

「助かった上に相手の武器を一つ奪ったんだぞ、文句言うな」

「別にそういうことを言いたかったわけではないんだけど‥‥」


 そして、俺の両手には横抱きにされた綾辻がいる。自己申告の通りまだ身体に力は入らないようで全身が脱力しているが、幸いなことに意識自体はしっかりしていた。この脱力状態も恐らく頭を打ったせいで起こる一時的なものだろう。コードを扱う人間なんてのは、どいつもこいつも普段から高次元エネルギーに触れているせいか頑丈な輩が多いし。


「というか、トイレってなに? 馬鹿にしてるのかしらね?」

「抱えられてる分際でウダウダ言うもんじゃありません。ちょっとしたユーモアだろうが」


 流石に俺もトイレはどうかと思うけども。


 邪魔な木偶を足で蹴り倒しながらそんなことを話していると、俺の目に理解しがたい光景が映った。


 一際巨大な木偶が、本来なら自分の攻撃で切り落とした槍を掲げ、次の瞬間には何事もなかったかのように再生させたのだ。


「‥‥さっきの言葉は一部訂正が必要だな」


 いや、おい嘘だろ。俺の知識が確かなら、朽ち木の従僕の名は決して見た目だけで付いたものではない。既に朽ちている身ゆえに、形状を変化させることは出来ても再生するような生物的な能力は一切失われているはずだ。


 だが、今のは明らかに身体の形状を変えたなんてレベルじゃなかった。


 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、腕の中の綾辻が俺と同じ方向を見て言う。


「あれは王樹、木偶を従える上位個体よ。私も春に一度戦闘経験があるくらいだから確かなことは言えないけど、本来なら再生したりはしない。‥‥ある特殊な条件下以外ではね」

「特殊な条件?」


 そこで綾辻は憎々し気な表情を作って言った。


「生き物を殺した時よ」


 その言葉に、俺は微かに目を見開く。視線の先では、王樹が俺たちを探すように視線を巡らせていた。


「前回守り人を殺した時に同じ現象が確認されたわ。恐らく、今は殺した守り人の生気を蓄えているんだと思う。被害の数的にそんなに多くはないと思うけど」


 綾辻の口調自体は普段とさほど変わらないが、それはつまり彼女の同僚が何人もこいつに殺され、そして今なお捕えられているということになる。恐らく魂なんてものは既に消え失せ、残っているのは純粋な生気という話なのだろうが、気分のいい話ではない。


 それにしても、


「朽ち木の王か‥‥」


 俺の知る知識の中に、そんな魔物は存在しなかった。恐らく朽ち木の従僕という名がついている以上、その王も向うの世界で確認はされていたのだろう。もしかしたら、俺の不完全な記憶の中に埋没しているだけなのかもしれない。


 生気を喰って蓄えるというのも、そういったコードを所有しているのか。神々の惨禍より生まれ、決して潤わぬ渇きに呻き生者を追い求める魔物は、何故ここに現れたのか。


「まあ、そんなことはどうでもいいか」

「? 何か言った?」

「いや、なんでもねーよ」


 こいつの出自なんぞ、考えた所で今が変わるわけじゃない。重要なのは、三神を呪いに侵し、綾辻を殺そうとした人類の大敵であるという事実だけだ。何があろうと俺はこいつを殺す、それ以外は今はいらない。


 そう覚悟を新たにした時、王樹に動きがあった。少し距離が開いたにも関わらず、距離を詰めるのではなく腕を一本振り上げ、


「マジ、かっ!」


 その動きの意図を理解したと同時、俺は横抱きにしていた綾辻を左肩に抱え上げ、右手をフリーにする。突然の動きに綾辻が呻き声をあげたが、それを気に掛けている余裕はない。


 次の瞬間、軌道上の木偶を粉砕してそれが来た。


 獲物に喰いつく蛇の如く、大地に傷を刻みながら走るのは棘の付いた茨の鞭。瞬く間に距離を潰した鞭は不規則な軌道でありながら、確実に俺たちの身体を引き裂かんと迫る。


「シッ!」


 焦らず、限界まで引き付けた上で、見据えて打つ。


 大振りでなくていい。脇を締め、鞭の中心を確実に捉えて殴り飛ばす。


 パアァン! と破裂音のような音を立てて鞭が大きく弾かれ、同時に俺は追撃されないよう距離を取った。鞭とは言ってもその大きさは俺たちからしてみれば太い綱くらいはあるのだ、勢いをつけずとも適当に振り回されるだけで十分脅威だ。


 そこに、感心するような呆れたような声で綾辻が話しかけてきた。


「‥‥よくあんなやり方で迎撃出来るわね」

「いや、あれは避けるべきだな。棘のせいで拳を切った」

「何度も言うようだけど、そういう話じゃないと言っているのよ」


 じゃあどういう意味だよ。なんか切られたっていうか棘で抉られた感じだからめっちゃ痛いんだけど。


「というか、お前まだ動けないのか? そろそろ重いんだが」

「二度とその言葉を口にしない方がいいわよ。ね?」

「悪かった、悪かったから暴れんな! というか動けんじゃねーか!」

「この体勢はこの体勢で辛いのよ!」


 突き出される木偶に攻撃を躱し様拳を叩き込み、モゾモゾと動く綾辻の身体を改めてしっかり固定する。あーもう柔らかいなちくしょう!


「たぶん、そろそろ動けるようになるとは思うんだけど、もう少し王樹に近寄れないかしら?」

「そんなに怒ってんなら遠回しに言わずにストレートに言って欲しいかなあ」


 あれだろ、死ねってことだよね?


「さっきの話はとりあえず今は忘れなさい」

「分かったよ。‥‥今は?」

「私の重牙も時間を取ってコードを練れば、十分あれに通用するはずよ。でもそのためにはある程度距離を詰める必要がある」


 俺の素の疑問は当然の如く無視され、綾辻は言う。


「で、何秒持たせればいいんだ?」

「一分」

「は?」


 冗談だろ? 王樹のあの六本腕の攻撃を捌いて綾辻を守りながら、その上周囲の木偶も対処しなきゃいけないんだよな。いや、王樹の攻撃が苛烈なら木偶は近寄れないから、それは考えなくてもいいのか。ほとんど救いにもならんが。


「その間は動けるのか?」

「ある程度避けたりは出来ると思うけど、迎撃は無理ね。たぶんあの鞭は厳しい」

「普段似たようなの使ってんじゃねーか」


 思わず溜息を吐きたくなる思いを押し込めて、俺は王樹を睨み付ける。振るわれる茨の鞭は、その動きの大元を見据えていれば不規則な軌道にも予測がつく。幸いにも木偶は鞭のおかげで蹴散らされているので、そこを掻い潜れば距離を詰めることは可能だ。


「出来る?」


 そう問われた声は、あの昼休みの時を思わせる声色だった。それはこの数日、俺があれだけ望んでいたはずのもの。


 当事者でなくても、素人でも、蚊帳の外に居たくないとここまで走った結果がここにある。大体、ついさっき俺は自分がやると言って綾辻に無茶な選択を突き付けたばかりだ。


 だから、どんなにそれが困難であっても答えなんて決まっている。


「任せろ、お前には傷一つ付けさせやしない」


 正直言えば滅茶苦茶不安だし怖い。けれど、そんな様子を見せずに俺は答えた。こんな時ぐらい、格好つけてもいいだろ。


「震えてるわよ」

「おいこら」


 格好つけさせろや。そりゃ完全に密着してるからすぐ分かるんだろうけどさ!


 日々乃は俺の身体に顔を押し付けるようにして笑って、そしてこちらを見て言った。


「任せるわ、七瀬」


 その顔は、これまで見せていた笑みとも違う、年相応で影の無い太陽の如きものだった。戦闘中でなければ見入っていたことだろう。出来ることなら、平和な時に見たいもんだ。


「おう」


 そのためにも、まずは目の前のデカブツをぶっ飛ばして三神を助ける。

 俺は改めて〝強化〟のコードを発動し直し、王樹までのルートを確認した。


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