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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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諦観が教える綾辻日々乃の願い

 直後、王樹は一気呵成の攻めに転じた。


 日々乃の身体程もある槍と剣が振り下ろされ、大地を砕いて突き刺さる。逆巻く風に煽られながら、日々乃は体捌きだけでそれらをなんとか回避していく。


 巻き上がる土砂に視界が遮られる中、一瞬前の自分を殺していく巨木に冷や汗すら流れる暇もない。ただ周囲をまるごと圧殺する連撃のおかげで周囲の木偶が近づけないことだけが救いだろうか。


 しかし、そんな淡い希望すらも打ち砕かんと、直線的な動きの合間に茨の鞭が飛んでくる。空気を切り裂き唸りをあげながら、不規則な軌道で迫る鞭は回避が難しいだけでなく、迎撃も捌いて受け流すことも不可能。


 すんでのところで躱すが、茨によって腕を引き裂かれ、更に追い打ちをかけるように横振りも追加された剣が日々乃を翻弄する。


「はぁっ‥‥ぁ‥‥」


 時を経るごとに呼吸が荒くなり、酸素が足りないせいか血を流し過ぎたのか視界が点滅する。もはや反撃に出るための思考すらまともに回っておらず、日々乃はただ反射的に攻撃を躱し続けることしか出来なかった。


 気付かぬうちに額を切ったのか、左の視界が赤く染まる。周囲の音が遠くなっていき、宵の中で微かにあった色が褪せていった。いつの間にか髪ゴムは千切れ、血の飛び散った髪が頬に纏わりつく。


 永遠にも感じる死の舞踊は、恐らく時間にして数分のものだった。


 静かに地面を割って現れた根が、日々乃の脚を繋ぎ止める。それは恐らくこれまでのように貫くのではなく、動きを止めるために気配を殺して忍び寄らせていたのだろう。苛烈な攻めの中に織り交ぜられた狡猾な技は、完全に獲物たる日々乃を捕らえていた。


 どこか冷静な頭がそうと理解し、そしてその時には何もかもが遅い。


 極限状態において遅延する世界、自らの身体を両断せん勢いで薙ぎ払われる大剣が緩慢な速度で迫る。だが、見えていても身体はそれに追いついてはくれない。


 風圧に霞む目を強引に見開き、防衛本能に従って大剣を防がんと重牙を構える。日々乃に出来るのは、それだけだった。


 しかし、それは目前へと肉薄した脅威に対してあまりに頼りない防壁だ。



 直後、全ての時が正常へと回帰する。



 ゴッ!! という音が耳を貫いて頭を内側から殴りつけたのは、果たして斬られた瞬間であったのか、あるいは地面に叩きつけられた時だったのか。


「ぅぐっぅ!」


 王樹の大剣を真正面から受けた日々乃の身体は、冗談のように跳ね飛ばされた。間一髪のところで重牙を割り込ませ、〝重力〟のコードによって斥力の力場を作ることで両断されることだけは防げたが、どちらにせよ大剣は重さも大きさも鈍器として十分すぎる殺傷力を持つ。


 受け身を取ることも止まることも出来ない日々乃はごろごろと地面を転がっていき、幾度となくその身体を叩きつけられる。もはや天地がひっくり返る感覚だけが意識を失っていないと自覚出来る材料だった。


「‥‥ぁ‥‥」


 視界が回復し、空に浮かぶ月を見とめた時、初めて日々乃は自分が仰向けに倒れていることを知る。手に持っていた重牙はどこかに飛んでいったらしく、自分の身体を斬り付けなかったことが奇跡に近いかもしれない。


 全身に力が入らず、あるはずの痛みさえも感じない。致命傷だけは辛うじて避けられたと思うが、頭を打ったショックか身体は弛緩し、思考は霞がかって今にも雲散霧消しそうだっ た。


 ぼやけた視界の中、月が静かに日々乃を見下ろす。不可思議なことに、異界に侵されたこの空間で眺める月は、訓練の後寝転んで見上げたものと全く一緒だった。


 何を間違えたのか、あるいは最初からこうなる運命だったのか。


 思い浮かぶのはこの学校に来てから晶葉と共に過ごした他愛のない日常。途中から政府に引き取られた晶葉と違い、日々乃は物心ついた時から守り人となるために育てられてきた。当然、一般的な学校に通った経験はない。


良くも悪くも狭い世界の中で育ってきた日々乃にとって、この高校に入学してからの日常はとても新鮮で、きっとそれは楽しいと言えるものだった。


呪いに侵されながらも晶葉が学校に来続けたのも、恐らく同じ理由だろう。彼女もまた普通に勉強して、友達とお喋りをして放課後には遊びに行く、そんな当たり前の生活が懐かしく、そして羨ましかったに違いない。


 いくら羨んでも、手を伸ばしても、月に手が届かないように日々乃たちがそれを普通に手にする日は訪れないだろう。コードを持って生まれた者として、それは避け得ぬ運命だ。


 だから、せめて長く生きようと。戦場の露と消えるような死に方を覚悟しながらも、そうならないために強くなろうと、そう思ってこれまで鍛錬を怠ることなく打ち込んで来た。


 だが、結果がこれだ。


 ゆっくりと周囲から木偶が忍び寄って来る気配がする。逃げなければならないと思いながらも、思考回路が鈍感で強い意思を持つことすら出来そうにない。


 そして、月が暗い影に隠れた。


 樹齢何千年を思わせる太く高い幹の頂点で、髑髏の如き洞が無言でこちらを見下ろしてる。そこには勝者の喜びも優越感も何も存在しない。あるのはただ全てを飲み込んで凪ぐ無情な闇だけだ。


「‥‥ぁ」


 振り上げられた槍が、日々乃の眼前へ掲げられる。このアウターに存在するのは純粋なる殺意のみ。甚振るような真似はしない。


 ここで自分が死んでしまうことに、日々乃は不思議と恐怖は感じなかった。ただあるのは晶葉を助けられなかった後悔と、ここで終わるのかという諦観の思い。


「晶‥‥葉‥‥」




 ――ごめん。




 そう最後に呟いた日々乃へ、槍が振り下ろされる。


 アッシュブロンドの髪が風圧に舞い上がり、瞼を閉じることなく最後の時を見据え続けた日々乃へと槍が一瞬にして迫った。


 そして、




「な‥‥」


 顔に触れる寸前、まさしく目と鼻の先に穂先がある。枯れ木を捩じって作り上げた黒き槍が、あと数センチで自分を貫かんとしている。


「なん‥‥で‥‥」


 だが、それはそこで止まっていた。本来であればあり得ない、処刑のために落とされたギロチンの刃と同じように、この槍が止まるのは日々乃を殺したその時だけのはずだ。


 そう、普通ならあり得ないはずなのだ。


「なんで、あなたが‥‥ここにいるの‥‥」


 掠れた呟きは、問いかけではなく純粋な疑問が口をついて出たものだった。


 勝手な都合で利用して、勝手な判断で拒絶した。だから、ここに来るはずが、居てくれるはずがないのに。


 槍を、一本の腕が横合いから伸びて掴んでいる。


 ギチギチと固く密集した枯れ木の槍に、指が喰い込み音を鳴らす。今こうしている間にも王樹は全力で槍を押し込んでいるはずだが、日々乃の眼前からその穂先は少しも揺るぎはしない。


 そして、腕の持ち主たる彼は槍を文字通り受け止めたまま日々乃を見下ろして言った。


 まるで少しの気負いもなく、いつもと同じように飄々とした口調で。




「俺の選んだ道はここだったんだよ」




 七瀬凛太郎は、コードの光と闘気を剥き出しに、そう言って笑ったのだ。


ブックマーク登録者様が十人を超えました!

本当にありがとうございます。

拙作ではございますが、これからも楽しんでいただけたら幸いです。

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