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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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決戦が教える王樹の力

 深く沈遂した刃が、蛇の如く地を這う。


 落ちた葉と土を切り裂きながら重牙は影を縫うようにして走り、猛然とこちらに向かってくる木偶の横合いに突っ込んだ。鎖を伝って手に圧し掛かる重みを、綾辻日々乃は強引に振りぬく。


 黒い朽ち木の破片が弾け飛び、数体の木偶がその一撃で粉砕された。アッシュブロンドの髪に伸ばされた歪な腕が取り残されたように宙を舞う。


 今ので倒したのは何体目だろうか。とうの昔に数えるのは止めたが、既に三桁には突入しているだろう。


 それでも尚後ろから後ろから押し寄せる木偶の波に、日々乃は内心で舌打ちした。麻痺した時間感覚の中で不気味な奇声が共鳴するように四方八方から聞こえてくる。


 ――やっぱり、雑魚をいくら倒したところでキリがない。


 月明かりの仄かな光で翡翠の目が輝き、迫る木偶の向こう側を睨み付けた。闇に沈んだ樹々の下に蠢く、巨大な何か。


 識別名『王樹』。木偶共を従えた大樹の化生。


 他の木偶とは明らかに違う威圧感と悍ましさがこの距離からでも痛切に感じ取れる。この山そのものを夜闇と共に支配したかのような存在感に、日々乃はアウターではなく自然災害に相対するかのような理不尽さを覚える。


 春、数多の守り人と共に立ち向かった時、この大樹の木偶は無数の従者を召喚して自らの周囲を固めることで守り人を寄せ付けなかった。その際は日々乃を含めた少数精鋭のチームで強引に突破したが、今日々乃の隣には誰もいない。


 いつも後ろを守り彼女を支援し続けてくれた晶葉も、保健室に残して来た。


 日々乃がたった一人でしなければならないことは二つ。まず保健室で寝ている晶葉の元へ木偶が向かわないように、ヘイトを自分に向けさせること。


 そして二点目はこの朽ち木の囲いを貫いて王樹を殺すこと。たとえこの現界期をやり過ごせたとしても、この目標を達成出来なければ晶葉の呪いが解けない以上なんの意味もない。


 幸いというべきか、王樹が存在するおかげで奴の意識さえ自身に集中させることが出来れば一つ目の目標はクリア出来るので、結局のところ日々乃がすべきことは一つだけ。


 たった一人でもこの朽ち木の樹海を食い破って王樹に牙を突き立てる。


「言葉にしてしまえば簡単なものよね」


 不快な声を響かせながらじりじりと距離を詰めてくる木偶共の気配を感じながら、日々乃はそう自嘲気味に呟いた。


 やることがシンプルなのはいいことだが、それがどれ程重い関門であるかも日々乃は理解している。両手首から下がる重牙を揺らし、最も効率的なルートを探るために視線を尖らせて脚に力を込める。


 その瞬間、日々乃は微かな違和感を感じ取った。


「っ!!」


 足元を何かが蠢く感覚。

 それは数日前の戦いの時、七瀬と晶葉を分断させられた忌々しい攻撃の予兆だ。


 反射的に日々乃は地を蹴って空へと逃れる。直後、それを追うようにして大地から根が飛びだし、槍の如き鋭さを以て日々乃を狙う。


 空気が引き裂かれる叫びを上げ、一瞬にして地表を埋めた剣山は、さながら地中から獲物を喰らう顎のようでさえあった。


「‥‥」


 宙を舞う日々乃は〝強化〟のコードを用いながら微かな月と星の明かりを頼りに限界まで観る。周囲の木偶の配置を、そして王樹の位置を。


 日々乃の所有するエクストラコード〝重力〟は非常に強力なコードだ。コード・アームに用いるだけでなく、自身にかかる重力のベクトルを変化、もしくは無力化させることで空を飛ぶことすらも可能となる。


 つまり、やろうと思えば上空から王樹を狙うことも不可能ではない。


 ガッ! と射出された重牙が日々乃の斜め下前方、つまり王樹の方向へと、そこにいた木偶を貫いて地面に突き刺さる。同時に、自身にかかる重力のベクトルを同方向へと変化、重力加速度に加えて重牙の鎖を巻き取りながら一気に加速する。


 凄まじい速度で夜空を横切り飛翔する日々乃。だがその行動に、これまで佇むだけだった王樹もまた、闇の中で蠢き出す。夜よりも尚暗い洞が開き、その深淵を覗かせる。


 直後、雄叫びが上がった。




 ――オオォォオォオオオオオオォオォオ!!




 それは、どこまでも不快で不浄に。さながら神経を素手で鷲掴みにされるような声。


「ぐっ!」


 瞬間、着地した日々乃は頭を揺らす酩酊感と、心臓が竦み上がる悪寒と緊張に身体を縛られ呻いた。


 そう、空から王樹を狙うことも不可能ではないが、奴にはこれがある。


 〝恐慌〟のコードを用いたハウリング。空での移動はコード以外に頼れるものがないが、この〝恐慌〟の叫声を聞いてしまえば集中して飛ぶことは難しくなる。そして一度体勢を崩してしまえば、それは哀れな的でしかない。


 前回の戦いの際、日々乃だけでなく〝飛翔〟のコードや同様の力を持つフォルダーが空からの強襲に挑んだが、王樹はこの声と自身の周りに密林を形成してその行動を阻害し、各個撃破されてしまった。


 何より面倒なのが、


 ――オオオオォォオォオオオオオォオ!


「まあ‥‥、そう来るわよね」


 四方八方から浴びせられる声に、日々乃は吐き捨てるように言った。恐ろしいことに、このハウリングは共鳴するのだ。四面楚歌とはこのことだろう。これまで木偶だけであった時は連携など欠片もなく、この〝恐慌〟のコードもさして脅威ではなかったが、一体指揮を執る王樹が居るだけでその脅威度は何倍にも膨れ上がる。


「っ‥‥!!」


日々乃は襲い来る精神汚染を下唇を噛み切った痛みで誤魔化し、瞬間的に全身に力を込めて重牙を振るう。


轟っ!! とコードの力によって重さを得たそれはまさしく暴虐の嵐。龍がその身をうねらせるように、重牙は大地に不規則な軌跡を刻み付けながら触れた木偶を容易く粉砕する。


 恐慌の宴を強引に断ち切った日々乃はそのまま地を蹴りつけて疾駆した。


 重牙を手元に戻しながら、日々乃が目指す先は当然王樹の方向だ。アッシュブロンドの髪を靡かせながら力押しで開けさせた空間を〝強化〟と〝重力〟のコードを併用しながら駆け抜ける。


 しかし兵士たる木偶も案山子ではない。当然王への道を妨げるように群れて壁となり、枯れ木の音をかき鳴らす。それはさながら亡者の軍勢のように、味方への被害も厭わず声を上げながら我先にと日々乃へと手を伸ばして迎え撃った。


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