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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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三神晶葉が教える彼女の思い

 〝強化〟のコードを発動しながら、一心に走る。夜の景色を街灯の明かりと共に置き去りにしながら学校を目指すが、普段は大して長いとも感じない道のりが酷く遠く思えた。


 もうとっくに現界期は始まっているはずだ。綾辻がそう簡単にやられるとは到底思えないが、今日感じる悪寒はこれまでのものとはどこか違う。そしてその気配は学校に近づくにつれて徐々に強くなっていく。同時に夢の中の記憶が警報を鳴らしているのか、血の匂いが濃くなっていく感覚を覚えた。


 何が起こってるんだ? 木偶とは違うアウターが出現してる‥‥、いや、にしてはこの不快な感覚は似すぎてる。


 そもそも別種のアウターが一度の現界期に出現するのか、そんなことさえ俺は知らないのだ。関係ないなんて思わず、もっとちゃんと三神に話を聞いておくべきだったな。


 まだ無事だろうな、綾辻、三神。


 そして、巨大な怪物のように鎮座する黒い裏山の姿が見えてくると、陵星高校は目前だ。俺は酸素不足に喘ぐ肺に鞭打って一息の内に夜道を駆け抜け、そのままの勢いで校門を乗り越える。〝強化〟のコードを発動している今ならこの程度のことは苦でもない。


 それよりも、無理矢理押し入ったにも関わらず結界を破った感触がほとんどしなかったのが気がかりだ。間違いなく三神の力が弱まっている。このせいでアウター共の気配が漏れ出していたのか‥‥、いや、そういうレベルの話でもなさそうだな、これは。


 これまで綾辻たちと共に戦ってきた木偶とは明らかに別次元の気配が、学校の敷地を覆っていた。その場に居る者の感情を不快感と恐怖に侵していく禍々しい雰囲気は、三神が言っていたように現界期の進行が進んでいるせいなのか。


 とにかく急いで裏山に向かわねーと。


 そう思ったところで、あることに気が付いた。学校の一部屋に明りが灯っていた。綾辻も三神も何だかんだマメな性格をしているので、戦いに出る時はしっかりと教室の電気を消してく。


 何より、その明かりの点いている部屋が普段の教室ではない。あそこは確か、保健室か。


 そのことに気付いた瞬間、俺はまた走り出した。向かう先は裏山ではない。


 暗い廊下を歩き目的の部屋の前まで来ると、その扉を開く。扉の隙間から漏れ出ていた蛍光灯の明かりが眩しく目を焼き、その明るさに慣れた瞬間、何かが俺の身体に寄りかかってきた。


「なっ!?」


 敵か、と思ったのは一瞬のこと。俺の胸元に顔を埋めるようにしている亜麻色の頭には見覚えがあった。


 三神だ。

 

 そして、そのまま崩れ落ちるように膝を折る彼女を危ういところで支える。その身体は驚くほどに熱く、すぐ近くで聞こえる呼吸は細かくて浅い。

 

 嘘だろ、思った以上に症状が重い。


「おい三神! しっかりしろ!」


 呼びかけると、緩慢とした動作で首が後ろに倒れ、薄く開いた瞼から眠たげな目が俺を見る。良かった、まだ意識自体はある。


「なな‥‥せ‥‥?」

「そうだ俺だ。悪いな、居ても立ってもいられなくて来ちまった」


 答えながら、俺は三神の膝裏に手を回して持ち上げる。女の子をお姫様抱っこするなんて男としては憧れる状況だが、そんなことがどうでもよくなる程衝撃的なことがあった。


 持ち上げたその身体は、いくらなんでも軽すぎたのだ。本来人間の身体は女の子であっても脱力すればそれなりの重さになる。それが、命の重みだ。


 だが、今の三神にはまるでそれがない。微かな柔らかさの下にすぐ感じ取れる骨の感触。ともすれば、このまま空に上って消えてしまいそうな程に、俺の腕の中にある三神は儚かった。


 よく見れば、その顔は頬がこけ眼も落ち込んでしまっている。


 たった数日でこんな‥‥。体調が悪いとは聞いてたが、ここまで?


 そんな俺の困惑を余所に、気付かないほどに小さな力で三神が俺の腕を握った。


「なな、せ‥‥、お願い、私を‥‥日々乃のところに‥‥」

「何言ってるんだお前‥‥、そんなこと出来るわけないだろ」


 こんな状態の少女を戦場に連れていくとか、どんな馬鹿でもするわけがない。お前がまず真っ先に行くべきなのは病院だ。


「薬とかはないのか? とにかくお前は寝てろ。事が終わったら真っ先に病院に連れてくからな」


 そう言って三神をベッドまで運び、出来うる限り優しく横たえる。ベッドの乱れ具合からして、恐らく意識が戻ると同時に部屋を出ようとして俺と鉢合わせたのだろう。まともに歩けもしないというのに、凄まじい精神力だ。


 彼女のためにも一刻も早くアウターを片付ける必要がある。


 そう意識を改めた時、三神の手が俺の腕を離していないことに気付いた。


「おい」

「お願い。薬なんて‥‥ないし、病院だって意味ない。‥‥だから、日々乃のところ、に」


 その言葉は、弱々しくも決して折れぬ意思を持っていた。振りほどこうと思えば簡単なはずの手は、けれど万力よりも強い力で俺を縛る。


 薬がないなんておかしいだろう。綾辻がこの状態の三神を放置していたとは思えない。なにかしらの対策を打っているはずだ。もしあるとすれば、それは三神の言う通り病院ではどうしようもない時‥‥。


「‥‥あ」


 そこまで考えた時、俺の中で全てが、繋がった。


 そもそもおかしいのだ。三神は自前で〝治癒〟のコードを持っている。あれは本来外傷だけでなく、病に対しても効果を発揮するコードだ。並大抵の病気なら三神が自分で治せるだろうし、それが出来ないほどの大病であれば綾辻が病院に放り込んでいるに決まっている。


 しかし、その全てが意味を成さない原因が存在したとしたら。


 脳裏を過ぎるのは、この世界で初めて従僕と遭遇した時のこと。徐々に悪化していく三神の体調。そして現界期に現れ続ける朽ち木の群れ。


 ――『朽ち木の従僕』と呼ばれるこの怪物は、〝恐慌〟と〝呪殺〟の秘言を核に生まれた魔物だ。

俺自身が、あの時そう思い出したはずだ。


「呪い‥‥なのか」


 そう口にした瞬間、三神の目が揺れた。


 気付いてしまえばもはや疑いようもない。三神の身体に纏わりつくこの陰鬱とした死と退廃の気配は紛れもなく呪いのそれだ。


「っ‥‥!」


 どうしてもっと早く気付かなかった。もう少し気を付けていれば、ほんの少しでも体調が悪いと知った時疑問に思って居れば簡単に気付いたはずだ。


 ふざけんなよ。


 こんな身体であれだけの結界を維持したまま、俺を守ってくれていたのだとしたら、それはどれだけ辛かったのだろう。どれだけ苦しかったのだろう。


 三神が呪いだと分かれば、今この学校に満ちる気配にも、綾辻が俺を遠ざけたのにも納得がいく。何故なら呪いを解く方法はたった二つだけ。特殊なコードによって解呪するか、呪いをかけた者を殺すかだ。


 そして、そこらの雑魚がかけた程度の呪いであれば綾辻が逃すはずがない。


 俺の考えを肯定するように、三神が苦し気に口を開く。


「私‥‥が、ヘマをしたから‥‥。お願い、あんなのと一人で戦ったら‥‥日々乃が、死んじゃう」


 腕を掴んだ手に一層の力を込めて、三神が言う。喋るどころか、意識を保つだけでも苦しくて仕方がないはずなのに。


「日々乃は、こんな‥‥こんな私を、必要としてくれたっ‥‥! 一人だけなの‥‥日々乃だけ‥‥! だから」


 きっと気付いてはいないだろう。どれだけ呪いが辛くても、戦いの中で傷を負っても、泣き言一つ言わなかった少女は泣いていた。


 ポロポロと薄く開いた眼から、感情が溢れて零れ落ちる。それはただ一人だけを想って、自分のことすら顧みずに大事な人のために流す、純粋な涙。


 三神晶葉は、自分が売られたのだということを知っている。貧しかった両親が、気味の悪い力を持った少女を金のために国に売ったのだ。そんなことは機関に引き取られた時から気付いていたし、別段哀しいとも思わなかった。そして、新しい環境である機関でも、器用貧乏にしかなれず訓練にも付いて行けない晶葉は落ちこぼれだった。憐憫の目で見られ、影で嘲笑される毎日。


 壊れた心では悲しさも、怒りも湧いては来ない。ただ鬱屈とした感情だけが募って行く。


 そして、そんな行き場のない膿を吐き出すように、晶葉は偶然会った日々乃に酷く醜い言葉をぶつけたのだ。自分とは違って何もかもを持っていると思っていた少女に。


 だが、違った。彼女も自分と同じように苦悩していて、辛くて、それでも無理して笑っているだけのただの女の子だった。


 そして、それから日々乃は晶葉にたくさんの幸福をくれた。ご飯を一緒に食べ、訓練を共にし、戦いの場では肩を並べてくれる。


 誰にも必要とされなかった自分を、初めて対等に肯定してくれた人。


「だから、お願い! 日々乃を‥‥助けてっ‥‥!」 


 三神は、そう魂を絞り出すように叫んだ。


 自分ではどうにも出来ないと分かっているから。それを誰よりも痛感しているから、三神は形振り構わずこんな頼りない俺に助けを求めた。


 どれだけ悔しく、どれだけ腹が立つのだろうか。大事な人を助けたいと思いながら、それを誰かに託さなければいけないこの状況が。


 だが、いやだからこそ俺にもその願いが間違いだってことくらい分かる。


「三神、それは違う」


 俺は腕を掴む三神の手を取って、優しくその指を外しながら言う。


「どう、して」


 どうしてもこうもない。俺は女の子に背を押されなきゃ行動も出来ないような情けない男だが、そんな俺にだって分かるんだよ、お前の今の願いが正解じゃないってことは。


「日々乃を助けてくれ? 違うだろ」


 外した三神の手をしっかりと握って言う。骨と皮だけになってしまったその痛々しい手を、誰かを守り続けようとした強い手を強く感じながら、胸の中で燃え上がる憤りを冷たい戦意に変えて告げる。






「三神も綾辻も、両方助けるに決まってんだろ」




 ふざけんじゃねーぞ、それ以外の選択なんてクソ喰らえだ。もし片方だけしか助からない未来なんてものがあったとしたら、そんな駄作な結末は破り捨ててメモ用紙替わりにでも使ってやる。文芸部舐めてんじゃねーぞ。


 三神は俺の言葉を聞いた瞬間、眼を大きく見開いて俺を見た。そんな驚かれたような顔をされるのは少し心外だが。


 だが、三神はそれからふっと安心したような顔をして、手から力を抜いた。


「あり、がとう」


 呟くように、小さくそう口にして三神は目を閉じる。俺はそっと手をベッドの上に置いて、保健室を出ようとした。


 そこで、言わなければならないことを思い出す。


「ああ、そういや言い忘れてた。俺もめっちゃ頼りにしてたぞ、お前のこと」


 聞こえてるかどうかなんてこの際関係はないだろう。彼女は既に人に認められるだけの力を持っているのだから。もし本当にそれを分かっているのが綾辻だけだってんなら、全く以て機関とやらは人材不足らしい。


 ああ、本当に苛立ちが治まらない。二人に助けを差し伸べようとしない機関にも、呪いなんていう卑劣なコードを刻んだアウターにも。こんなギリギリの状況になるまで動かなかった自分自身にも。


 非常灯の明かりだけが煌々と光る廊下を歩きながら、俺は静かに深呼吸をした。雑念はいらない。必要なのは、ただ粛々と敵を討つ意志のみ。


 校舎を出た時、月明かりの下でコードが燃え立つ感情のように、光となって散っていく。


 俺は気配の根源を辿るように、地を蹴って駆けだした。


主人公立ち上がるまで長かったですが、次回から本格的な戦闘に入ります。

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