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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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白紙が教える俺の葛藤

 俺の望んでいた日常は、意図せずして手元に転がり込んで来た。


 一日で傷の後遺症から立ち直った俺は綾辻からのメールに気付き、どういうことかコンタクトを取ろうとしたがメールは返信が返って来ず、直接会おうにもまるで捕まえられない。


 明らかに、避けられている。


 俺はちゃぶ台に頬杖をついてシャーペンをメモ帳に着くが、白いままの紙面には先ほどから一文字も文字が浮かぶことはない。


 外の明かりは既に薄くなり、手元を照らす蛍光灯の光がどこか不自然に感じる。

 何度目になるか、間を持たせるようにして湯呑に手を伸ばすが、その中ではもはや冷め切った茶が底を濡らすだけだ。


「‥‥」


 そもそも俺が怪我をしたあの日から、学校では三神を見かけない。どうやら休み続けているようだが、それは始め戦闘にも参加していないのだと思っていた。それだけ体調が悪いのだと。


 だが、それが間違いだと気付かされたのはつい最近のことだ。


 俺とて馬鹿じゃない。あんなメール一通で納得いくこともなく、かといって学校で接触できない以上、会う方法はたった一つ、現界期に学校に赴くしかない。


 しかし数日前学校に向かった際、俺はある厳然な事実を突きつけられた。


 校門をよじ登ろうと手をかけた瞬間に走る小さな痛みと反発力。微力ではあるが、校門に触れた俺の手を弾いたのは、紛れもなく三神の張った結界だ。それが意味することは、三神は変わらず現界期に学校に居るということ。そして、あの二人が本気で俺を守り人の仕事から外そうとしているということである。


 破ろうと思えばそれこそ一歩踏み込むだけでも容易く結界の内側に入ることが出来ただろう。しかし、あいつらからの無言でありながら明確な拒絶の意思に、俺は踵を返して学校を後にした。


 果たして先の戦いで不甲斐ない姿を見せた故なのか、あるいは一般人である俺が怪我をしないようにという配慮なのか。


 三神を守ってくれと言った綾辻の願いに対し、それに応えられなかった以上失望されるのは仕方ない。だが、もし理由が後者なら、


「‥‥後者なら‥‥なんだ?」


 俺は所詮一般人でしかない。確かに綾辻と俺は三神を守る約束をしたが、それは俺自身に危険がない範囲でという話だ。傷を負ってしまった以上、素人である俺を遠ざける判断はプロとしては当然。


 なのになんで俺は、こんなに、


「七瀬くん?」


 かけられた声に反射的に顔を上げると、対面に座った咲良が不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


「ど、どうした咲良?」


 彼女はいつも通りチョコンと対面に座って軽く首を傾げている。手元にはノートが開かれており、シャーペンはその動きを止めている。珍しく読書ではなく創作活動に勤しんでいるようで、プロットを練っているらしい。


 ちなみに内容は全く見せてくれず、「乙女の秘密を暴こうとするのはデリカシーに欠けますよ?」と至極真面目な顔で言われた。本当どの口が言うのか、そう思いつつ視線を向けた先にある可愛らしい口元を見てしまっては、俺は無言で退くしかなかった。咲良さんマジ狡い。


 咲良はそんな桃色の口を動かして言う。


「いえ、随分釈然としない表情をしていたので」

「そうか?」

「はい、頭の中のプロットを実際に書き起こしてみたらストーリーが全然つながらないみたいな」

「そんな創作あるあるで例えられても‥‥いや、なんとなく分かるけど」


 確かにそれはモヤモヤしそうではある。


 俺が妙に納得していると、咲良はシャーペンを置いて俺の湯呑を手に取り、自分の分も含めてティーバッグを放り込んでお湯を注ぐ。


「はい、どうぞ」

「おお、どうも」


 咲良から手渡された湯呑からは湯気が上り、お茶の芳醇な香りが立ち込める。その向う側では咲良が両手で持ったお茶を静々と飲んでいた。炬燵に湯呑という庶民的な絵面にもかかわらず、咲良がそこにいるだけで雅やかに思えるから不思議なものだ。


 咲良はお茶で一息をつくと、改めて俺に向き直った。


「ふむ、何か御悩み事ですか?」

「悩み事‥‥って程のものでもないけど、なんか納得がいかないというか」

「ほほう」

「別に率先してなにかをしたいなんて欠片も思っちゃいないんだが、勝手にお前なにも出来ないじゃんと決めつけられたような気持ち‥‥みたいな」


 自分で言いながら、うまく言葉がまとまらない。それは恐らく俺自身が自分の感情を把握し切れていないからだろう。想いは確かにここにあるのに、それが言葉となって明確な形を持つことが出来ずに澱となって淀んでいく。


 視線を落とした先、俺の手元で白紙のまま置かれたメモ帳は無言でこちらを見つめていた。


「そうですか、中々難しい問題ですね」


 俯いた俺の頭に、咲良の柔らかな声がかけられる。


 こんなこと言われたところで彼女からすれば「何言ってんだこいつ」状態のはずだ。詳しい事情を説明したところで「‥‥本当に何言ってんだこいつ」になる未来しか見えない、というか新しい小説のネタと勘違いしそうだな。


 しかし咲良は少しもそんな素振りを見せることなく続ける。


「事情を知らない私が口出し出来る話でもないとは思いますが、一つだけ聞いてもいいですか?」

「まあ、簡単なことなら」


 流石に関わっている人物と詳しい背景は説明出来ないが。


 咲良はそこで一つ息を吐く。俺が顔を上げた先に居た咲良は、存外に真面目な表情でこちらを見つめていた。その瞳はまるで星を散らした夜空のように触れることのない彼方でありながら、人を惹き込む怪しげな光を湛えている。


 なぜこいつはいつも人に対してこんなに真摯な顔で向かいあうことが出来るのか、俺には分からない。


 咲良はいつもと変わらない口調で、静かに言った。




「私から見ると七瀬くんは今自縄自縛に陥っているように見えますが、一体なにが気がかりなのですか?」




 どこまでも純粋に真剣な態度で臨む彼女は、故にこそ相手にも目を背けることを許さない。咲良の問いは、透明な刃のように俺の胸に深く突き立った。


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