閑話 夢が教えるあの日のこと
秘言使いの中でも、魔物の狩りを専門に行う人間を『言霊士』と人は呼ぶ。
騎士のように国を守ることを専門とするのではなく、神の秘言によって変質した魔物を殺し、様々な素材を集めながら滅んだ文明の宝を探すトレジャーハンターにも似た職業。
彼らは時に人からの依頼を受けて魔物の討伐に向かうこともあり、俺とそいつが樹海に向かったのも依頼を受けてのことだった。
「うーん、リンカル樹海はやっぱり湿気が酷くてあんまり好きになれませんねー」
そんな言葉をぼやきながら、眼帯をした女は貫頭衣のような裾の広い上着をはためかせながらヒョイヒョイと地面の代わりに盛り上がった根を歩いて行く。
相変わらず、とても目が見えていないとは思えない挙動だ。
彼女の言う通りこのリンカル樹海は湿度が高く、大地も見えない程に生え広がっている大樹の根の表面は苔に覆われている。当然歩きやすいとは言えず、言霊士として世界を旅することに慣れた俺でも滑らないように気を付ける必要がある。
こっちは鋲の付いたブーツを履いているのにも関わらず、向うは薄い革の履物だ。本人曰く足で地面の感触が分からないと動き辛いとのことだが、その明らかに滑り易そうな代物で俺より軽やかに進んでいるのは納得が行かない。どんな体幹してんだ。
「なあ、今回の相手は仮にも竜だぞ? どうやって探すつもりなんだ?」
そう、俺たちが依頼を受けてこの樹海まで討伐しに来たのは、『掌風竜』。普段はリンカル樹海の誇る大樹に登って生活している魔物であり、風を操り空を飛ぶ翡翠の竜。依頼主は海を渡って交易を行うために、この魔物の翼膜がどうしても必要らしい。
しかしながら掌風竜は空を飛べるため活動範囲が広く、あてどもなくこの広大な樹海を歩いていては下手をすれば年単位で遭遇しない可能性だって十分にある。
俺はしっかりと情報を集めてから出た方が良いと言ったのだが、結局掴みどころもなくフラフラと歩いて行くこいつを止めきれずにここまで来てしまったのだ。
既に五日間は彷徨っているが、今のところ手掛かりになりそうなものは見つからない。
本当にどうすんだ、これ。そんなことを思いながら太い樹の根を超えると、そこで珍しく止まっている女を見た。
両目を覆う眼帯を付けた状態で、まるで何かを探すように顔を上に向けて辺りを見渡している。自分でも矛盾した表現だとは思うが、こいつは会った時からそうとしか思えない仕草をよくする。
本人は視えてはないが、見ることは出来ると言っていた。何を言ってるのかさっぱり分からないが、少なくとも彼女にとって世界とは決して不明瞭なものではないということだ。
まあ結局なにやってるのか分からないので、声をかけようとすると、グルリと女の眼帯がこちらを向いた。
そして、
「はい、大体分かりました」
そんなことを宣った。
「は? 分かったってなにが?」
お前、仮にも言霊士なんだからちゃんと主語と述語を使って喋ってくれよ。そう思いつつ問うが、当然のように返答はないまま女は踵を返して歩き始める。
それは先ほどまでよりも軽やかに、跳ねる髪の毛はまるで左右に揺れる尻尾のようだ。
かれこれ三年は一緒に居るが、未だに心情の一つだって読み切れない。多少なりとも何を基準にしているか程度は分かるが、具体的な思考が分からないのだ。
それでも俺は一つ息を吐くと、足に力を込めて歩き始めた。その遠くなりゆく背を追うために。
今回は少し短めです。その代わり明日が長めです。




