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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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孤軍奮闘が教える守ることの難しさ

 三神晶葉が目を覚ましたとき、頬に冷たい感触を覚えて自分が倒れていることを知った。


 ――なにが‥‥?


 つい先ほどまで、自分は日々乃の支援を行いながら木偶の掃討を行っていたはずだ。そうしていたら、突然近くにいたはずの七瀬凛太郎が突然呆然と立ち尽くして動きを止めた。それはまるでスイッチの切れたロボットのように、こちらの声はまるで届かなくなり、揺すっても反応しない。


 そして、気づいた瞬間日々乃の猛攻から辛うじて逃げ出した一体の木偶がつっこんできたのだ。


 何とか張っていた結界に力を注いで強化しようとしたが、所詮は自分がプラスコードで作り上げたもの。その防御力は推して知るべしといった程度だ。


 当然、結界がその攻撃を阻めたのはほんの一瞬。迫る刃が七瀬の顔を貫こうとしたその瞬間、寸でのところで七瀬がそれを掴んで受け止めた。直後、半身を失っていた木偶が爆散するかのような勢いで胸から下を消失し、苦悶の声を上げて砕け散る。


 正直、晶葉はその時呼吸も忘れる程に驚愕した。


 確かに七瀬が木偶を倒せるだけの力を持っているとは聞いていたが、それにしたって自分の目で確認したわけではない。これまで知識としてあったものを、しかし事実として認識していなかったのだ。


 それは、これまで幼少の頃から積み上げてきた力をもってしても、木偶の一体すらまともに倒せない晶葉だからこそ大きな驚きを感じたのかもしれない。あの突発的な状況からでも、怪物を一瞬にして破砕せしめた七瀬を見て。


 故に、反応が遅れた。


 足元が揺れ、何かが起こる気配に気づき声を挙げたが、晶葉はそれに対して何もすることは出来なかったのだ。


 棒立ちしているところを強引に七瀬に抱え上げられ、地面から伸び上がる根を視認した瞬間から記憶がない。


(‥‥気を失っていたの? まさかただ動いていただけで気を失うなんて‥‥)


 自身の不調は当然自覚していたが、まさかそれだけで気絶するとは思っていなかった。一体あれからどれくらいの時間が経ったのか、日々乃は、七瀬はどうなったのか。


 上手く動いてくれない身体になんとか力を込めて顔を上げると、そこは丁度川べりのようで、今更ながらせせらぎの音に気づく。


 だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


「なな‥‥せ‥‥?」


 三神の視線の先でジャージを着た男が立っている。ここ最近で見慣れたその服装は、所々が裂け、滲んだ血に汚れているのが夜目にも見て取れた。背筋にも感じるじっとりとした不快な気配に、まだ現界期が終わっていないことを悟る。


(守られてた?)


 本来であれば素人の七瀬を戦わせるわけにはいかない。まず最優先で〝治癒〟のコードを使って彼を治療しなければならない。そう感じた三神が立とうとした時、聞き覚えのある声が響いた。


 日々乃の透き通るような声ではない。本能的に恐怖を呼び起こさせる、怪異の叫び。


 ゴッ! と地を蹴る音が響き渡り、七瀬の更に向こう側から闇夜を割いて木偶が現れるのが見えた。それも、音は一方向からだけではない。自分を囲うようにして複数から足音が聞こえ、木偶が向かってくるのが分かる。 


 結界を張らなければ、そう頭で考えてはいても、身体が思うように動いてくれない。晶葉に出来たのは迫り来る死を前に、目を背けないことだけだった。


 そして、嵐が吹き荒れる。


 粉砕された木偶の欠片が弾け飛び、周囲で凄まじい破砕音が夜を揺らした。


(なっ!?)


 ――なにが起きたの!?


 そう叫びそうになる晶葉の視線の先で、掴んだ木偶をそのまま振り回してぶん投げたらしい七瀬と目が合った。



     ◆ ◆ ◆



 崖の下がそこまで深くなかったのは幸いだった。


 正直な話、落ちている時は死さえ覚悟したが、崖とは言っても断崖絶壁というわけではなく傾斜があったようで、途中で背中から地面に激突し、そのまま転がり続けて底まで着いたのだ。


 胸に抱いた三神は大丈夫かと痛む身体をこらえて確認すると、何とか息はしているようで一安心だ。もしこれで三神になにかあれば、俺はあとで綾辻に殺されるだろう。


 三神を優しく地面に横たえ辺りを確認すると、どうやらここは川のすぐ近くらしい。比較的開けているから不意打ちに会う危険性は少なさそうだが、その分囲まれやすい。どちらにせよ三神が居る以上、逃げ惑うことも出来ないが。


 そこで立ち上がって分かったのだが、どうにも全身が鈍い痛みに包まれていた。よく見ればジャージのいたるところが破けているし、痛みの強い頭に触れてみたらなにやら赤黒い液体が指に付着した。どうやら石か何かで切ったらしい‥‥夜に見ると本当に禍々しい色をしてるな、おい。


 携帯で分かれた綾辻と連絡を取ろうにも、間違いなくあっちのが大変だろうし、こうなれば現界期とやらが終わるまで三神背負ってどこかで隠れてやり過ごすか‥‥。


 そんな俺の甘い考えは、首筋を焼く危機感に切って捨てられた。


「‥‥くそ」


 静かに、けれど確かに大地を踏みしめる音が聞こえる。


 一体こいつらは何体現れてるんだよ。もっと強い奴がすぐ上で無双してんだから、そっち行けばいいだろうに‥‥、雑魚から倒すのが鉄則ってか。


 背後から聞こえる消え入りそうな吐息に、もう抱えて逃げるような無茶は出来なさそうだ。


 そういや咲良が守られるといった要素によってもヒロインになるとかなんだとか言ってたな。出来ることなら、こういった非日常にヒロイックな展開を望んでいるやつにくれてやりたいものだ。俺はどちらかといえばラッキースケベに塗れた純愛物とかがいい。スケベで純愛とかもうよく分からんけど。


 ‥‥さて、現実逃避気味していてもどうしようもない。


 闇の帳を捲り上げ、幾体もの従僕たちが顔覗かせる。嫌だろうが、不運を嘆こうが、今回は間違いなく俺の呆けていたのも原因だし、愚痴をこぼしたところで現実は変わらない。


 俺は無言で拳を握り、コードを使うための準備を進めた。




 それから、どれ程の時間が経っただろうか。


 夜は昼よりも時間の経過が分かりづらい。戦っている感覚では随分長いことこうしている印象だが、実は大した物でもないのかもしれない。


 全身を蝕む鈍痛に顔を顰めながら上を見上げると、そこに広がるのは薄暗い闇夜のみ。まだ綾辻が応援に来てくれる様子はなさそうだ。


 あと何体倒せば終わるのかという疲労と、三神の体調から来る焦燥感は着実に体力を消耗している。綾辻に格好よく「あいつら程度何の問題も無い」なんて啖呵切ったにも関わらずこれだ。


「は‥‥」


 格好悪いなんてもんじゃない。迷惑かけた挙句に三神も守れませんでしたとなれば、俺は俺を許せなくなる。所詮は素人だからとか、巻き込まれただけだとか、そんな言い訳ほど下らないものはないだろう。二度と咲良にだって顔向け出来なくなる。


「なな‥‥せ‥‥?」


 そんなか細い声が聞こえたのは、そんな時だった。

 どうやらお姫様のお目覚めらしい。


 ようやく起きたのかと安堵するも、それを見計らうようにして再び従僕たちが現れる。それも一体ではなく、こちらを囲うようにしてだ。せめて回復ぐらいはしてもらいたかったが、一丁前に波状攻撃でこちらに休憩の隙を与えない気らしい。


 疲労によって鈍化する思考の中、どうすれば迫ってくるこいつらを効率よく処理出来るか考える。身体が重い。傷がジクジクと痛み、視界はボヤけて揺れ始めた。


 そして、その一瞬の隙を木偶は見逃さない。


 ゾンッ! と空気を裂く音と共に木偶が肉薄し、それと同時に三神へと迫る気配を幾つも感じ取る。


 それは、ほとんど考えての行動ではなかった。


 自身へと向かってきた従僕の攻撃を受け流しながら、その手を掴み振り返る。


 視界に入るのは倒れ伏す三神と、俺の隙を狙うようにして四方から向かってくる従僕たち。


 俺はそいつらに向けて掴んだ従僕を振り回した。


 〝強化〟のコードが燐光となって散り、まるでメイスを振り回すような勢いで振るわれた従僕は周囲の同属を一瞬にしてへし折り、粉砕する。


 樹の破片が月光に照らされて舞う中で、俺はその瞬間三神と目が合った。今の今まで眠そうな顔を少しも変えようとしなかった彼女の顔が驚きに染まり、声を上げようと口を開く。


 大丈夫だ、分かってるから。


 ただ、分かっていてもどうしようもないことってのは確かにあるというだけで。




 ズンッ! と骨の奥まで揺らすような衝撃に、噛み締めた歯の隙間から息が漏れた。




 「‥‥かはっ!」


 遅れて堪えようの無い吐き気がこみ上げ、口を開いた瞬間粘ついた黒い血が零れ落ちる。


 見れば、胸の部分から槍と化した従僕の手の切っ先が突き出していた。傷つけられた肺から溢れ出した血が逆流して息が詰まる。遅れて貫かれた部分が熱を持つようにして痛みが広がっていく。


 先の一瞬、俺が掴んだ従僕の他にもう一体後ろから突撃してきていたのは分かっていた。ただ、それに対処すれば三神に危害が及ぶ。そう判断したからこそ後ろの連中を倒す方を優先したのだ。


 いや、実際はそこまで考えたわけじゃない。回らない頭よりも先に勝手に身体が動いてしまったのだ。その結果としてこの様じゃ笑い話にもならないが。


「‥‥七瀬!」


 三神の悲痛な叫びに、こいつもこんな声を出せるのかと場違いな思いが頭をよぎる。早いとこ後ろで人様を串刺しにしてる輩をぶちのめさないと、いつまた三神に従僕が襲い掛かってくるか分からない。 


 ああ、糞。まともに身体を鍛えてこなかったツケがここで回ってきてる。この程度の傷なのに、思うように身体が動こうとしてくれない。


 ――早く‥‥振りほどいて、それから‥‥。


 霞む視界の中、泣きそうな程に歪んだ三神の顔を見たのが、その時俺の見た最後の景色だった。


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