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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
20/80

咲良綴が教えるヒロインの存在意義

すいません、随分遅くなってしまいました。

「七瀬くん、綾辻さんと付き合ってるって本当ですか?」


 いつも通り女の子のイラストが微笑んでいる文芸部の扉をあけると、出し抜けにそう声を投げかけられた。

 そこには珍しくも小説を出していない咲良が居て、いつも通りの惹き込まれるような瞳でこちらを見ていた。


「は‥‥?」


 付き合う? 誰と誰が?


 そもそもその付き合うってのはあれだよな、ちょっと買い物に付き合ってよとかいう鈍感な主人公が間違える方ではなく、男と女、近しい男女が仲良くランデヴーする方の付き合うだよな? ランデブーではなくランデヴーなんだと声高に主張していたのは何の漫画のキャラだっただろうか。


 そんなことはどうでもいい。今咲良は何と言った? 俺と綾辻が付き合ってるかと聞いた気がするが、つまりそれは俺とあの駆逐系金髪女と男女のランデヴーなんとかということか?


「あ‥‥」


 あり得ない、と笑って言おうとしたら、声が詰まって変な音が漏れた。


 それは咲良の顔が冗談を言ってるようなものではなく、本当に真偽を確かめるような、そんな表情だったからだ。少しでも俺と綾辻が付き合っていると思われたのがショックだったのか、綾辻がそういった方面に興味を持っていて驚いたのか、正直俺自身分からない。 


 ただ、噂の力というのを甘く見た数時間前の俺は愚かだったということは間違いない。


 とりあえず否定しなきゃと口を開くが、そこから上手く言葉が出てこなくて、そもそも何で俺はこんなムキになって否定しようとしてるんだ。別に咲良に誤解されていても、軽く「そんなわけないだろ」と言ってそれで終わりのはずだ。


 考えがまとまらず、開いた口からは空気だけが吐き出される。恐らく傍から見れば、酸素を求めてパクパクと口を開閉する金魚のように見えていたのではないだろうか。


 そして咲良はと言えば、俺のおかしな様子に少しキョトンとした様子を見せはしたが、すぐにふわりとした表情に戻って言った。


「なんか今の七瀬くんの顔見てたら私が変なこと聞いたみたいですね。取りあえず座ってください」

「お、おお」


 言われるがまま、いつも通り咲良の対面に腰を降ろした。


 そして、既に準備してあったのか咲良は湯呑に急須からお茶を淹れると、俺の前に置く。なんだろう、この見透かされている感覚。気を使われているというわけではなく、まるで包み込むように無言でお菓子を出してくれた婆さんを思い出す。年若い少女にその評価もどうかと思うけど。


 咲良は自身の湯呑にもお茶を淹れると、口をつけた。それに釣られるように俺も熱いお茶を飲む。お茶のおかげなのかなんなのか、随分落ち着いた。


「いえ、私もおかしいとは思ったんですよ?」


 ちょっと気恥ずかしそうに口火を切ったのは、咲良の方だった。


「何だかクラスが凄い騒がしいなあと思ったら、綾辻さんの名前が凄い飛び交っていたんですよ。別段それは珍しくもなかったんですが、いきなり七瀬くんの名前が飛び出すから、つい聞き耳を立てていたら、付き合っているんじゃないかなどなんだのと」

「それで、真相を確認しようと思ったと」

「‥‥はい、どうせ尾ひれがついて泳いで来た類だろうとは思っていましたけど」


 その言葉に、はぁと俺はつい息を漏らす。


「たまたま綾辻と放課後に知り合う機会があってな。その件で呼び出しをくらっただけだよ」


 うん、嘘は言ってない。


「ほー、それだけ聞くと、なんだかライトノベルの始まりみたいですね」

「‥‥冗談言うなよ。あんなキツイ女がヒロインとか笑えないぞ」


 確かに今の俺の発言だけを聞くと、最近読んでいるライトノベルの導入にも似ている。実際、隠した事実の部分を鑑みれば、俺の置かれている状況はまさしく漫画かライトノベルかと言ったところだ。


 問題は、それがフィクションではなくノンフィクションということであり、咲良の想像しているであろう学園ラブコメとはかけ離れた世界観ということだ。


 現実を改めて思い返してげんなりとした気分になっていると、咲良が少し首を傾げた。


「‥‥どうした?」

「いえ、思ったより仲良さそうだなと思いまして」

「そうか?」


 突然何を言い出すのだろうか、こいつは。


 なにやら含みのある笑顔の咲良だが、それはまるで子供の恋愛を見守る近所のおばちゃんのようだった。さっきから女子高生とはかけ離れた印象ばかり出るのは、人柄ゆえの褒め言葉になるのかどうか。少なくとも本人に言えば「失敬ですね!」と頬を膨らませるような気はする。


「そうですね。ついでですし、ちょっとばかりヒロインの存在について話しますか?」

「え、なにが始まんの‥‥」


 話の展開が急だな。咲良なりにこの話は終わり、ということなのだろか。綾辻の話題からヒロインの話になるのは些か以上に遺憾だけども。


「まだ七瀬くんの書いてる小説を見せてもらってませんけど、七瀬くんの小説にもヒロインは登場しますよね?」

「まだって言うか読ませる機会は来ないぞ。まあ、一応登場はするな」


 実はあの日咲良にライトノベルについての講釈を聞いた後にもちょこちょこ書いていたのだが、当然その中にはヒロインも登場する。


 どこか気弱で、けれど芯の通った神官の少女という設定だ。ツンデレも嫌いではないけど、なんとなくそういうヒロインを書きたくなったのである。


「いずれ読ませてもらいます、というのは置いておきましょう。では七瀬くん、ヒロインにとって重要なこととはなんだと思いますか?」


 なんでそんなところで諦めの悪さを見せてしまうのか‥‥、まあ見せないからいいけど。


「ヒロインにとって重要‥‥というと、可愛さじゃないか? 性格も含めての」


 可愛くないヒロインが登場する小説って、誰も買わないんじゃないか。いや、でもアメコミ系の作品のヒロインて、たまに男顔負けでゴツいヒロインとか出るからその限りでもないのかもしれない。


 まあ、少なくとも俺ならゴリラ系ヒロインはお断りだ。綾辻はガワがいいだけで内面ゴリラよりも怖いミュータント系女子なので守備範囲外である。


 咲良は俺の言葉に頷くと、


「それは大事な要素ですね。性格が可愛くないヒロインはそれだけで読者離れを起こしますから」

「ん、性格だけなのか? 見た目も可愛くないと売れない気がするんだけど」

「ええ、確かに容姿が可愛いに越したことはないんですけど、実は文章中だと容姿が描写されていても、可愛いとは言われてないこともありますよ?」

「え、そうなの?」


 今まで読んだライトノベルのヒロインは全員美少女だったけど。


「ライトノベルはイラスト、という強い要素が付きますからね。ヒロインのイメージがどうしても視覚情報に引きずられがちという短所もありますけど、その代わり強固なイメージに支えられながら読み続けられる長所もあります。作中で描写があろうがなかろうが、ぶっちゃけイラストレーターが上手いかどうかでヒロインの人気と売り上げが変わるのがライトノベルの世界です」

「‥‥なんというか、切ない世界だな、それは」

「勿論性格が悪ければ人気はいくらイラストが可愛くても人気は出ませんけどね」


 そう言って咲良は笑う。


 そうは言っても、本来文章が主役の小説が、イラストの出来によってクオリティを左右されるというのは何とも言えない話だ。自分が傑作だと思って書いたものが、場合によってはイラストのせいで低い評価を受けることもありえるのだから。


 当然、逆もしかりだろうけども。


「元々ライトノベルというジャンル自体が作家と絵師による合作という珍しいジャンルですからね。最近だとライトノベルに限らず漫画的イラストが描かれる小説も多いですからその限りではないですけど」


 ただ、と咲良は続けた。


「ヒロインには作品の中でもっと求められる『存在意義』があります」

「存在意義? なんか物々しいな」


 しかしこうして聞かれてみると、ヒロインは大体どの創作でも必ず登場するから、わざわざその存在意義について考えたことなどほとんどなかった。大体の作品では男が登場すれば女が登場する。男の主人公にはヒロインが登場するのが世の常だ。


 つまり、

「あれだ、恋愛要素をいれるためじゃないか? どんな話を書くにも盛り込まれるだろ?」


 文学的知識に乏しい俺ですら知っている源氏物語はまさしく恋愛物語。名作と名高いロミオとジュリエットだってそうだ。


 それくらい恋愛要素というのは遥か昔から需要があったということに他ならない。たぶん。


 個人的には中々いいところ突けたんじゃないか? 誰でも考えつくという点には目を瞑れば。


 答えを求めて咲良を見ると、彼女はお茶を飲んでから頷き、カッ! と目を見開く。


「間違いなく恋愛要素は必須と言ってもいい要素です。古今東西変わらず需要のあるジャンルですからね。けれど、恋愛はあくまで副産物、更にその大前提となる要素をヒロインは所持しているんです。昨今の作品の中にはこれを疎かにしたせいで、取り繕ったような恋愛模様が空回りする物までありますから、この存在意義を理解しているかどうかで作品の質が大きく変わるんです」


 一気呵成とばかりに詰め寄る咲良に、俺は思わず仰け反りそうになった。


 本当に、こういった蘊蓄を話す時は目を爛々に輝かせる。もしこの姿を学年の連中が見れば、ランキング十位以内には確定で選出されただろう。


 とりあえず顔が近くに寄り始めていて危険なので、乗り出す彼女の肩を掴んで座らせる。なんで女の子の肩ってこんなに小さいんだろうと湧き上がる雑念を抑え込みながら、なんとか座らせることに成功した。


「待て待て、落ち着けって。で? その存在意義ってのはなんなんだ?」

「ああ、すいません私としたことが取り乱しました」


 いや、君は大体いつもこんな感じだよ?


 思わず言いそうになった言葉を俺はお茶と一緒に飲み込んだ。最近疲れているせいか、特に美味い。


「とはいっても話としては当たり前なんですけどね」


 そこで咲良は一つ呼吸を挟み、


「主人公を主人公たらしめる力、それこそがヒロインの持つ存在意義なんです」


 そう言い切った。


「主人公を主人公たらしめるって‥‥、元々主人公は主人公だろ」


 え、どういうことだ? 別にヒロインが居る居ないに関係なく、作者が決めた人間が主人公に決まっている。ヒロインが登場しない作品だって存在するだろ。


 そんな俺の訝し気な発言に、咲良がふむという顔をする。


「確かにその通りなんですけどねー。実際ストーリー構成が上手い人は明確なヒロインを登場させなくても面白い作品を書きますし。ただですね、どんな物語にも言えることなんですが、キャラクターというのはそれぞれの相互関係によってその立ち位置を確立させているんです」

「うん、ごめん。なに言ってるかよく分からん」

「‥‥まあ簡単に言うと、格好いいキャラは格好良くないキャラによって個性を明確化するということです。物語の中で比較、補完し合うことではじめて『キャラが立つ』んですね」


 ほー、つまるところ今日やったランキング投票みたいなもんか。言い方は悪いが、票の入らない人が居ることで綾辻なんかが目立つわけだ。そう言われると咲良の言いたいことが分かる。


「その上でですね、ヒロインという存在は主人公にその価値を与える存在でなければならないんです。守られることでも、叱咤激励でも、共に戦うことでも、主人公の中で大きな役割を持つことでヒロイン足り得るわけです」


 おお、話がつながった。咲良は言いたいことを言いきってふふんと得意気だ。男ならぶん殴るところだが、とてもいいんではないでしょうか。


「なるほどなー。つまり、そういった所を疎かにすると」

「あれ、このヒロイン必要? という話になるんですねー」


 これまでいて当たり前だと思っていたヒロインがまさかそんな重要なポジションにいたとは。そうじゃなきゃ必須のキャラクターとは言われないだろう。王道の構成にも、ちゃんと意味があったんだな‥‥。


「とはいっても、これは創作に限った話じゃないんですけどね」

「え、そうなの?」


 問いかけると、咲良はとても大事なものを愛でるように言う。前髪で顔を隠しながら、少し照れたような口調だった。


「現実でも自分にとって大事な存在で、自分にとってなくてはならない人だから、一緒になるじゃないですか。だからこそ、人は創作に感情移入するんでしょうけど」


 それは、まるで純粋な瞳だった。今時の世の中、ある意味単純とも言えるほどに澄み切った想いで恋人を作る人間がどれほどいるか、俺には分からない。もしかしたら、そんな考えは夢見がち、少女漫画脳と言われるかもしれない。


 けれど、そう言って笑う咲良は輝いていて、そこに間違いがあるとは到底思えなかった。いや、彼女が語るその正しさを信じたいと思ったのかもしれない。


 いつの間にか手元のお茶は温くなっていて、窓から差し込む斜陽は浅く、薄い暗幕がかけられたようだった。非日常までの時間がすぐそこまで迫っていながら、今こうしていることの方がどこか現実味を帯びていない気がするのはどうしてだろうか。


 心ごと温めてくれるような温もりが逆に怖いのは、きっとそれを失うことの恐怖を知っているからだ。


 俺がこうしてここで咲良の蘊蓄を聞けるのは、あと何回だ? もしかしたら、明日にも俺はここにいないかもしれない。そうでなくても、あの二人の少女が居なくなっていたら‥‥。


「七瀬くん、お茶のお替り要りますか?」

「ん? あ、ああ、もらう」


 咲良は急須からお茶を注ぎながら、手元を見たまま言う。




「別にさっきの話の続きってわけじゃないですけど、私たちは必ず誰かと繋がってるんです。もし七瀬くんが何か困っているんだとしたら、相談してください。こんな私でも、それくらいは出来るんですよ?」


 そう照れながら顔を上げた咲良の顔は、ほんのり赤みを帯びていて。俺は言葉を返すのも忘れて、文字通り桜色に染まった少女を呆けたように見つめていた。


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