リリィの着せ替え人形になる話2
「まあ、よく似合っているわ。私の見立ては間違いなかったようね」
「……」
三着目を着せられた私は、何も言えなくなってしまった。リリィが初夜の日に着てくれていたような薄い透けた夜着だったからだ。丈も短めでもうこんなの適当でいいのに、私のサイズでちゃんと用意してるのが、もう。
さっき以上に昼間着る服じゃない。恥ずかしすぎる。下着も脱がされてるから普通に胸が透けて見えていて、寒さで縮こまっているのが見える。
だけど、いやこんなの着たくないとは口が裂けても言えない。だって私の為に二回着てくれて、うち一回目は無駄にさせたわけだし。二回目喜んでた身としては、とてもじゃないけど言えない。
改めて、リリィが私の為に自主的にあの服を着て待っていてくれたことへ感謝する気持ちが湧いてくる。でもそれはそれとして、めっちゃくちゃ恥ずかしい! なんにも言えなくなっちゃうよ!
「うふふ。ごめんなさい、だけどこんな機会でもないと、着てくれないでしょう?」
「う、うう。でも、あの、今着るくらいなら夜に着させてほしいです」
確かにいきなり夜寝室に入ってこれに着替えてって言われたら、えー、いやーって断ってただろうけど。だからって昼間にこれはしんどすぎるでしょ。最初に閉めてくれたカーテンが乱れてないか何回も見ちゃうよ!
「あら、いいの?」
「うん。さすがに恥ずかしすぎるから」
「私は構わないけれど、だけど、ベッドでその格好をされて、ただ褒めるだけとは限らないわよ?」
「……うん」
こんな格好して何もなくただ褒められているだけの方が辛いから、普通にそう言うこともしたいのだけど、さすがにそれを言うのは憚られたので頷くにとどめた。
そしてこんな場合でも言い回しが直接的じゃなくてどこか品があるところリリィの育ちの良さを感じて、お姫様にそんなことを言われていると自覚してきゅんとしてしまう。
とにかく脱がせてもらう。リリィが胸の前にいる状態で服を脱着するのもさっきまでと意味が変わってしまうので、できるだけ意識しないように無心に着替えた。
「うん。いいんじゃないかな」
「でしょう? こういった可愛らしいのも似合うと思っていたわ」
四着目はさっきとは打って変わって肩もちゃんとあって、手袋までつけさせてもらって露出はほぼなし。フリルが多いけどきらきらしすぎていない控えめなドレスだった。
いや、多分かなり女子女子してるだろうけど、完全に感覚がマヒしている気がする。10代半ばの子が着るような可愛らしいドレスでは?
でも鏡を見ても全然マシと思ってしまう。さっきまでの肌が出て頼りなくて心細くすらなってしまう服じゃない。ちゃんとした服だと感じている。
「それじゃあ、次で最後よ。疲れたかしら? 一度休憩しましょうか?」
「いや、お茶菓子とかないから持ってきてもらわないとでしょ? リリィ以外に見られるのは嫌だから、先に着たいかな」
「そうね。いいわ」
そうして最後の服に着替えた。最後の服は、途中の二着はネタに走ってたの? と思うくらいまともな服だった。
女性用でリリィの乗馬服のようなぴったりしたズボンと、上着はややシルエットのわかりにくいふんわりしたセーター。腕の付け根が大きくとられていて少し変わっているけど、なんだか可愛らしい。それでいて飾り気はなくシンプルで、恥ずかしさもそうない。
「これは、いいね」
化粧をされているのもあるけど、これなら女性に見えるけれど普通に私に似合っていると思う。元々私は男性として通るくらい、女性にしては高身長なのだ。もしまともな貴族女性として育てられていたとしても、身長は変わらないのだから可愛らしいものが似合うタイプではない。こう言う女子女子してない方がいい感じだ。
「でしょう? あなたの長所を生かした、無難な普段着と言ったところね。質はいいけれど、派手さはないからこれなら街にいても浮かないでしょうね」
「まあそうだね。私が貴族をやめて平民の女として暮らしてたら、こんな格好してたかもね」
「あら、思いのほか乗り気なのかしら?」
「え? ……いや、違うよ? この格好で街に出てもいいという意味じゃないからね?」
これまでの服に比べたらマシで、客観的に見てもおかしくない自然な恰好と言うだけで、普通に私が化粧して女性に見える格好してるっていうのは恥ずかしいからね?
「リリィ以外に見られて、もし女だってばれたら問題だし、ばれなかったとして女装趣味だと思われるのも嫌だからね? そこはわかってるよね?」
「いやね。わかっているわ。だけど、旅先で誰も私たちのことを知らない、ただのリリィとエレナとしてなら、女性として見られても問題はないわよね?」
「いやいやいや」
なんてことを企んでいるのだ。冗談にしたって笑えないので、苦笑しながら手を振って否定する。
確かに言っていることはおかしくはない。元々私が女として生まれ女の格好をしてもおかしくないことがわかったのだから、勇者としての私を知らない人しかいない場所でなら、勇者ではないただの女として振舞えば、別に問題はないだろう。
まして化粧までしてしまえば、以前に勇者として面識がある程度では気づかないだろう。自分でも別人っぽく感じているし。化粧していても気づきそうな相手にはもう女だと知られているわけだし。
でもだとしても、普通に女性として見られて扱われるって言うのがもう抵抗ある。恥ずかしいし。黙ってただ立っているだけなら女に見えても、振る舞いが男性的な自覚もあるし。
リリィが喜ぶし、どんな私でも褒めてくれているから二人っきりだしまあいいかなって今は楽しんでいるけど、さすがに外に出るのは話しが変わりすぎる。
「どうしても、嫌かしら?」
「えっ、本気で街に出たいの?」
眉尻をさげて真面目な顔で小首をかしげて質問されて、私は焦ってしまう。とりあえず言ってみたとかじゃなくて、本気で言ってる?
リリィが本当に本気で望んでいるとなると、また話が変わってしまう。リリィが望むことはなんでもしてあげたい。それが私一人でできることならなおさらだ。
でも、えぇ……うーん。いや、この格好で、外に出るって。
リリィの表情と鏡の中の自分を見比べながら確認する私に、リリィはそっと私の頬に触れて、まっすぐに私を見つめあいながら微笑んだ。
「ええ。本気で、今のあなたと出かけられたら素敵なことだと思っているわ」
「そ、そうなんだ……」
「あのね、私はエレナの男性のように頼りになったり、凛々しくて格好いいところが好きよ。だけどね、女性のように愛らしく可憐なところも、子供の様に無邪気で可愛いところも、全部好きなのよ。だから、色んなエレナと一緒に時間を過ごしたいわ。そう思っている私の気持ちは知っていてちょうだい」
滔々と、なんでもないようにリリィはそう言った。その言葉のどこをとっても、リリィのその目にも、声音にも、表情の端々にまで、深い愛情が感じられて、胸が熱くなる。リリィに愛されてるって知ってる。私がリリィの全部を好きなように、どんな私も受け入れてくれる。
それでも、こんな風に言葉でまっすぐそれを伝えられて、嬉しくならないわけがない。
「……ずるいよ、リリィ。そんなこと言われたら、断れなくなっちゃう」
「ふふふ。そうしたくて言っているのだもの。だけどもちろん、本当に嫌なら構わないわ。無理強いをしたいわけではないし、二人きりの時だけでも楽しいもの。だけど一緒に姉妹のようにデートをするのもよいと思わない?」
言われて思わず想像してしまう。リリィと女同士として、お姉ちゃんに甘えるようにするデート。
異性と思われていればあんまり人前で甘えるのは気恥ずかしいところがある。だけど女同士ならそれほど人の目を気にしなくていいかもしれない。
うーん、悪くないどころか、魅力的だ。さすがリリィ。私の動かし方をよくわかっている。
「うん……いいと思う。うぅん」
「言い出したのは私だけど、少しでも嫌なら、断ってくれても構わないわよ。私はあくまで、一緒に楽しみたいだけだもの」
肯定しつつも、でもやっぱり抵抗があってうなってしまう私に、リリィは私の頬を一撫でして手を離し、目線をおとしてぽんぽんと私の腕を叩くようにしながらそう言った。
その姿はどこか恥じらって目をそらした少女のように可愛らしくて、それでいて実際には私に圧をかけすぎないようにあえて顔をそらしてくれたんだろうとわかっている。
リリィはいつも私を気遣ってくれていた。最初は自分ばかり犠牲になろうとすらしていた。そんな彼女が、私に気を使いつつもちゃんと自分の主張をしてくれるようになった。それが嬉しいからこそ、リリィの意志を尊重したい。リリィの望みをかなえたい。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。まあ、恥ずかしいのは間違いないし、抵抗もあるけど。格好だけ女らしくしても振る舞いが男らしいとちぐはぐでやっぱりおかしいだろうし。でも、嫌ではないよ」
リリィが笑ってくれるなら、嫌なことなんて何もない。私の返事に、リリィは顔をあげた。見つめあうと、リリィは柔らかく笑ってそっと私の手を取って両手で握った。
「そう。……じゃあ、振る舞いは私が教えてあげるわ。大丈夫よ、私も化粧の腕前は教えてもらったばかりでまだまだ未熟だもの。一緒に頑張りましょう」
まるで励ますようにそう言うリリィに、おかしくなる。本当に、リリィにはかなわないなぁ。
「うん。ただ、一つだけ約束してもらえるかな?」
「あら、何かしら?」
話は決まったけれど、これだけは再度はっきり言っておく必要がある。真面目な顔を作る私に、リリィはきょとんとする。
「もし、万が一誰かに私の正体が知られた時は、私が女だとばれない様にだけじゃなくて、あくまでリリィに惚れた弱みで言うことを聞いているだけで女装趣味なんじゃないってちゃんと相手が納得するまで説明してほしい」
これだけは約束してほしい。外にでれば誰に会うかわからないのだ。使用人抜きで身元を隠して旅をしたとして、絶対に何があろうとばれないとは限らない。
ばれた時、女装趣味の勇者とだけは思われたくない。私だって自分が勇者なのにちょっとくらいは誇りってものがあるのだ。事実ならまだしも、そうじゃないのに思われるのは嫌すぎる。これだけはほんとに嫌。
「ふふっ。ふふふ。可愛いわね、エレナは。だけど、私が好きすぎて惚れた弱みで女装をしてしまうと思われるのはいいのかしら?」
「それはまあ、事実だから」
実際こうしてリリィが望むならまあ、と女装しはじめて二人きりならまんざらでもなくなっているわけだし。
「そう。ふふふ。ええ、もちろんいいわ。約束しましょう。もし万が一エレナの正体がばれた時、私はエレナが女装趣味の勇者様だって思われないよう、きちんと説明いたします」
リリィはそう言って、楽しそうに微笑んだ。それからさっそくとばかりにリリィに女性としても振る舞いを教示されてしまうのだった。
最初は一日だけ付き合うはずだった、リリィによる私の着せ替え人形遊びだけど、こうしていつのまにか話が大きくなってしまったのだけど、まあ、いいか。リリィが楽しそうだし。と呑気に教えられるままスカートの扱いに感心する私は、夜になって寝室にはいったところでえっちな夜着をさせられることはすっかり忘れているのだった。




