第二十九話 海へ
弟は私と兄弟と言えるほど交流はなくてとても気まずかった。でもちゃんと祝ってくれて、いい子に育ってたな。まあ両親が育てているんだから問題ないだろう。
そして一泊だけさせてもらい、私達は気分よく旅に出ることができた。前回と違って憂いのない見送りはいいものだった。
やっぱりちゃんと直接会って話してよかった。
そして同じくらいの距離を移動していく。リリィの体調を鑑みて、適宜休憩や街で一日宿泊を挟んだりしているので、非常にゆっくりした旅だ。
そんな旅は、正直私としては窮屈なものだ。急ぎの旅で押し込まれるように移動して体が固まることだってあったけど、その方が期間は短く済むし、気を張っていたので気にならなかった。馬車じゃなくて徒歩や馬に乗ることも多かったしね。
だからこそ、逆にこんな風にゆったりしてずっと馬車移動の旅の方が、なんだかなれなくて窮屈に感じていたのだけど、さすがにここまでずっとそうしてきたので慣れてきた。
「リリィ、見えてきたよ、海だ」
「そう。いよいよね。わくわくするわ」
私が窓に張り付くようにして、ついに見えてきた街並みとその向こうの水平線を教えたところ、リリィときたらそんな風に楽しそうに相槌を打ちながらも特に窓を覗き込むこともなく平然としている。
リリィは海が初めてなのでもっとはしゃぐかと思ったけど、そうでもないのかな?
とちょっと拍子抜けながらも、到着した海辺の港町にやってきた。
リリィは宿の前まで来てから馬車を降りて、そのまま案内されて偉い人勢ぞろいで大歓迎の挨拶をしてもらってから、最上階のとっても広くて高級そうな部屋に通された。
「まあ……海は、水平線と言うのよね。美しいわ……」
リリィは従業員がいなくなった途端、すぐにいそいそと窓辺に向かい、扉を開けてバルコニーに出た。そうしてどこまでも続く水平線の絶景を見て、そううっとりするように言った。
本当はこんなに楽しみにしていたのに、ここまでそれを出さないように我慢していたの、普通に可愛い。それでいて、わずかに目を細めて微笑みながら海を見るその姿、めちゃくちゃ絵になる。
私にしてもこの高さから海しかないこの光景は綺麗で感動するのだけど、その感動もそこそこにリリィの美しさに見とれてしまう。
「うん。本当に、綺麗だね……」
「ええ……。うん? ……どうしてこんなに綺麗な海を前にして、私を見ているのかしら?」
「もちろん、リリィが綺麗だからだよ」
ふと目が合って微笑み私に気づいたリリィは、一瞬不思議そうにしてから、いつまでもそのまま目をそらさない私にジト目になって質問してきたので、私はそんな表情の変化も可愛いなぁと思いながら即答する。
「……」
無言で頬に触れられて、そのまま軽くつねられた。いや、指で挟むようにもたれた、と言う方が近いか。全然痛くないので。
リリィから触れてくることってないので、ジト目のままなのにドキッとしてしまった。思わずにやけてしまう私に、リリィは眉を寄せて睨んでから、ふっと手を離した。
「もう、どうして笑顔を保てるのよ。意地悪なあなたに思い知らせたかったのだけど、あなたは全然焦らないから、意地悪のしがいがないわね」
「あー、なるほど? ふふふ、可愛い意地悪だったね」
別に悪戯したつもりはないし、むしろごく当たり前のことしか言ってない。リリィがあんまり美しいから見つめてしまうのは当然だ。そして本当に心から感動するほどそう感じているから、ついつい素直にその気持ちを伝えてしまうだけだ。
だけど恥ずかしがり屋なリリィからしたらいちいち口に出して言うのを意地悪と感じるのも、まあ、わからないでもないけど。
でもリリィが好きすぎてあふれる気持ちを言葉にくらいしないと所かまわず抱きしめてしまいそうだし、それを聞いて照れたり驚いたりするリリィも、照れ隠しに怒ったふりをするリリィも、時々素直に喜んでくれるリリィも、その全部が可愛いから、うーん、やっぱり言っちゃうよね。
特にわかりやすい怒ったような顔って本当に怒ってる時はしないし。わざとらしいというか、照れてるんじゃなくて怒ってるんですアピール顔とでもいうか、めちゃくちゃ可愛いんだよなぁ。普通にしていると綺麗な顔で、表情豊かになると可愛いからずっと見ていられる。
「でも、焦らなかったわけじゃないよ。ちゃんと、ドキッとしたよ」
「え?」
「リリィから積極的に頬にふれてくれたの、初めてだからさ」
一方的にリリィが私を好きでからかってるわけじゃなくて、私だってリリィが好きで一挙手一投足にときめいているんだ。だからお互い様と言うことで、多少の意地悪は許してほしい。
そんな思いでちょっと気恥ずかしいけどそう正直に伝えたのだけど、リリィははっとしたように自分の両手を合わせてもじもじして、また照れてしまう。
「そ……それくらいで。膝枕の時は頬に触れることもあるじゃない」
「それはそうだけど、あの状態はまた別だよ。だからリリィ、もっと私に意地悪してくれてもいいよ?」
照れをごまかす様に腕を組んで私から顔をそらして海を見ながらそう言うリリィに、横顔の美しさに見とれていたけど、もっと見つめていたい気になって、気を引くためにリリィの腰にそっと手をまわした。
「っ、そ……そう言いながらエレナから触れてきたら、無理じゃない、もう」
軽く抱き寄せるように腰にふれて身を寄せた私に、リリィは一瞬びくっとしたけど、ゆっくり体から力をぬいてこてんと私の肩にその頭を預けた。
そうなると顔がみえなくなってしまうので、仕方なく海を見る。綺麗な海だ。それも本当。
南にやや降りてきたからか、いつのまにか夏らしい暑さになっている。ずっとくっついていると熱く感じるけど、それもどこか心地いい。
私は穏やかな潮風と素晴らしい景色を、リリィのぬくもりと一緒に味わう。私は可愛いリリィを堪能して幸せな気持ちになりながら、しばらく一緒に海を眺めた。
〇
「リリィ、本当に海には入らないの?」
「エレナが入るのは止めないのだから、一人で行ってらっしゃいな」
「いや、それはいいよ。一緒に海を楽しみたいだけから。じゃあ、この後は街を回ってみようか。色々屋台も出てるよ」
海を眺めた後、十分休憩もできたし時間はまだ夕方には程遠い。海に遊びに行こう。ということで、海遊びについて教えてもらった。
庶民で一番人気は直接海にはいることらしい。上級者は泳いだりもするそうだけど、基本的には海に入ることで夏の暑さが和らぐので、腰あたりまで入った状態でボール遊びをしたり、水をかけあったり、浮かんで楽しんだりと言うのが一般的らしい。
夏が熱いので、ここでは女性でも靴下をはかないのが珍しくないので、小さな子供でも浅瀬で足先を波にふれさせて楽しむくらいはするそうだ。
海に入るならそれ専用の服である水着があり、丈の短いワンピースみたいな太ももまである上着に、ひざ下かくるぶしまでしっかり隠すぴったりしたズボンで、、脱げにくいしっかりしたサンダルを裸足で履くのが一般的なスタイルだそう。
私は面白そうと思ったのだけど、その水着を見せられながら説明を受けたところで、リリィが難色をしめしたのだ。そんなはしたない恰好を人前ではできないと。
いや、裸足にはなるけど、別に靴下はいていてもいいし、そうしたら露出度合いは同じだし問題ないと思うのだけど、リリィ的にアウトだったらしい。
他にも釣りとか砂浜で遊んだりとか色々あるそうなので、とりあえず散歩してみようと提案して歩いているところだ。
ただ実際に浜辺を歩いてみて、他の一般客が普通に海に入って遊んでいるのが目に入るし、実際に見たら健康的な元気で楽しい感じで、はしたない感じもないから気持ち変わったかな? と思っての質問だったんだけど、まったくそんなことはないようだ。
うーん、残念。でもまあ、違う思い出を作ればいいよね。
ということで砂浜をぐるっと歩いてから、ただ歩くだけだと少し暑いので、そのまま屋台のあった方へ向かう。すぐに行けるように、浜辺のすぐ近くの広場に様々な屋台が出ている。屋台と言ってもちゃんと椅子もそれぞれ用意しているので一息付けそうだ。
この広場はさっき馬車で通る時にもちらっと窓から見ていて、興味があったんだよね。
「海が見えるところでこんな風にのんびりするのもいいね」
「そうね。潮風の匂いにもなれてきて、気にならなくなってきたわ」
「あ、気になってたんだ」
「初めての匂いだもの。多少は鼻につくものよ」
確かに、私も前に初めて来たときはそうだったかもしれない。あんまり細かいことまで覚えていないけど。でも気になっていてもお澄まし顔してたのかと思うと可愛い。
とりあえず喉が渇いたので、リリィに確認してから二人分のお茶を注文することにする。時間が微妙だからか、浜辺で遊んでいる人はまだまだいるが、こちらの広場は比較的空いていて目についたお店も席も家族連れが一組いるだけだ。
「同じ飲み物を頼むんなら、こいつがおすすめですよ! 新作の特別メニューで、二人分あるのにリーズナブルなお値段で、仲のいいカップルさんに是非是非お勧め!」
と声をかけるとそう熱くおすすめされたので、それをお願いしてお金を払い、すぐに持っていくから席についていてと言われたので、適当な席に着く。
「さっき浜辺で大きな傘を広げて椅子に座ってる人いたけど、もしかして借りられるんじゃない? ああいうのも楽しそうだよね。明日やってみない?」
「いいわね。腰を落ち着けて海を眺めるのも心地いいでしょうね」
「でしょ? あとは船にものりたいよね。小舟でもいいけど、折角だしある程度大きいやつにも乗れないか聞いてみようか」
「そうね……ふふ」
「お待たせしました」
「あ、ありがとうございます……あー、なるほど」
話をしていると店員がご機嫌に商品を運んできてくれた。さっとテーブルの横にやってきた店員にリリィが肩をびくりとさせた可愛さに和みながらお礼を言いながら顔をあげ、その想定してなかった商品に変な相槌をうってしまった。
普通の食堂でも、大皿料理をそれぞれ取り皿にとって食べる形式にしたファミリーセットみたいなメニューはたまにあったので、そう言うものかと思っていた。でもそうではなくて、かなり大きなカップに二つの飲み口としてストローが
が付いている形だった。二つのストローは真ん中あたりで繋がれていて、向かいあうようにして飲めるようになっている。
ストローは知っているけれど、子供や病人が飲みやすくするものだと思っていた。それがまさか二つのストローを組み合わせてわざと飲みにくくさせるこんな使い方があるとは。
いや、意図はわかる。二人同時に飲むことで必然的に顔が近づくのを恋人同士で楽しみながら飲めるということだろう。そうそう近距離に顔を寄せることはないので、これで合法的に顔を寄せれるということだ。なるほど。
……すごい発明では? 天才か?
「ありがとうございます、店員さん、これ、いいですね。すすめてくれてありがとうございます」
「そうでしょう? うちのオリジナル商品なんです。流行らせたいんですけどね~」
「絶対流行りますよ、ねぇ? リリ、あれ?」
運んでくれた店員さんにお礼を言ってから、ねぇ? とリリィに話をふったところ、リリィは先ほどまでの穏やかな微笑みから一転、どこかひきつった顔になっている。
「……」
「……あっ」
首を傾げて顔をあわせるも、何も言わないどこか気まずそうなリリィと三秒見つめあって気づいた。これ、嫌がってる。よく考えて見れば二人きりじゃない時に気持ちを伝えるのも恥じらってしまうような奥ゆかしいリリィだ。
「すみません、そこの宿に泊まってるんですけど、部屋に持ち帰って飲んでもいいですかね? カップの代金も払うので」
とは言え、頼んでおいて断ることもできない。一人でこれを飲むのもなんか寂しいし、何より普通にしたいのでそうお願いすることにした。
店員さんはそこの、と指さした目視できる一番背の高い建物の高級宿を確認してから、あの高級宿に泊まる人間につかってもらえたとなると宣伝にもなるし、むしろ運びますよ! と快く許可してくれた。




