第二十四話 王との面談
気負うことなく現れた王様は私とリリィの向かいに座り、お茶とお茶菓子が用意されるとさっき私がしたように使用人が下げられた。
「さて、まずはこれは正式な謁見でもなんでもはなく、あくまで家族が個人的に席を共にしているだけであることを宣言させていただく。大げさな物言いで悪いが、必要なことだ。構わないかね?」
「もちろんです」
この宣言は前に結婚の話を内々にお願いされる時にもされた。その時は家族じゃなく友人同士と言っていたけれど、王様としてそう言う前置きがないと腹を割って話すのが難しいのだろう。
私のしたことは王への裏切りと言ってもいい。王として叱責することもできるわけだけど、まずそれはないと、私を身内だと宣言してくれたのだ。少しホッとする。
「ありがとう。わざわざ王都に来てもらってすまなかったな。この部屋は話し声程度なら外にもれることはないから、気負わず話して構わない。礼儀も気にしなくていい」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。それではさっそく、本題にはいらせてもらってもいいだろうか? エレン殿」
「はい」
何を言われるのだろうか。思わずドキドキする私に、王様は入ってきた時から変わらない真面目な顔のまま、自分の膝にそれぞれ手をついて、ばっと頭を下げた。
「大変、申し訳ないことをした。エレン殿の話を聞かずにこちらの都合を押し付けた。すまなかった。王として謝罪することはできないが、エレン殿が気が済むよう個人的な謝罪はいかようにでもさせていただく所存だ」
「え、え? い、いえいえ、そんな……え? お、王様が謝る話じゃなくないですか?」
あ、びっくりしすぎて本当にめちゃくちゃ砕けた話し方になってしまった。王様と言う呼び方も本人にしないものだし。
「いいや、私のせいだ。あまりに条件がぴったりで、あの時点ではそれしか選択肢がなかったのは事実だが、きちんと信頼関係を築けていればエレン殿も話してくれていただろう。結果的に、本人の意思で婚姻生活を続けていくことになったのだとして、エレン殿を苦しめたことには変わりない。謝罪させていただきたい」
「……わかりました。謝罪をうけいれますから、頭をあげてください」
王様のその真剣な謝罪に余計に申し訳なさが募ったけれど、とにかくこれは受けないと話が進まなさそうなので私はそう言った。
そして王様が頭をあげたのを確認してから、今度は私が頭を下げる。
「私も、性別を偽っていてすみませんでした。王家に対する反逆と言われても抗弁できません」
「あい、わかった。許そう。とはいえ、性別の届け出が誤ってされ、たまたま女性らしい装いをしていなかったためにその誤解が解かれなかったことは罪ではない。エレン殿本人は当然、マックレーン家にも悪意はなく、不幸なすれ違いだと認識している」
「……ありがとうございますっ」
王様はあっさりとそう言って、許してくれるだけではなく、そもそも罪とかじゃないけど? みたいな扱いにしてくれるらしい。
そう言われて考えて見ると、実際に親や本人を確認して提出するわけじゃないから届け出が間違っていて、名前の綴りが違ったり性別が間違っていたりと言うのもあり得ない話ではないのだろう。
王様……、めちゃくちゃいい人。さすがリリィの叔父さん。さすがに、許さない死刑、とは言われないとは思っていたけど、周りへの体面もあるし考慮して軽くしてくれても罰金とかの何らかの罰則はあるかと覚悟していたのに。
「また、これは別の話になるが、できるだけ近いうちに法律上の性別による制限を撤廃しようと考えている。性別は個人の性質や優劣に寄与するものではないからゆえにな」
「お、王様……! 偉大なる王の治世に携われたこと、この身に余る光栄にございます!」
感動の余り、前に覚えた謁見時の決まり文句が出てしまった。王様に向かっての特大の感謝の気持ちを伝える言葉がとっさにでなくてつい。リリィ相手なら大好きと言って抱きしめたいくらいの気持ちだ。
罰しないだけではなく、今後同じようなことがないよう、私と同じような不自由がないようにと法改正まで考えてくれていたなんて。
特別悪法とは思わない。ずっとそれで回ってきていたのだ。だけど、そのせいで私は性別を偽ることになった。誰のせいでもないけれど、当然、喜んで受け入れてきたわけではない。
私が領地を守るのだと意気込んだこともあった。成長するにつれて複雑な立場に思うところもありつつ、好きだったから役に立ちたかった。だけどそれすらかなわなかった。無理が出てしまう前にお役御免になってほっとしたような、肩透かしのような、そんな気もしていた。勇者にならなければ、私は何者でもないままだったかもしれない。
法から変えようなんて考えたこともなかった。だけど、そうか。変えられるのか。さすが王様だ。こんなにも度量が広くて、視野が広くて、人のことを考えられる。そんな王様の国で、本当によかった。アドバイスをもらって考えたこの決まり文句が、今、本当に心からの言葉になった気がした。
「よいよい。そのようにかしこまることはない。エレン殿は可愛いリリィの婿なのだから、私を父と呼んでも構わないのだぞ」
「お義父様……っ! では私のこともどうか呼び捨てで、いえ、よければエレナとお呼びください」
「エレナ、か。うむ。可愛らしい愛称で呼びあう家族になるお主の提案、嬉しく思うぞ、エレナよ」
エレナ、と柔らかな微笑みと共に呼ばれたことで、本当にこの人に私の全部が受け入れられた気になる。
思わず前かがみになってしまいそうになったところで、ふいに私の手が包まれる。隣のリリィが、私の手を握ってくれたのだ。顔を合わせると、ふわりと微笑んでくれる。
その微笑みを見ると軽くなった心が浮き出してしまって、耐えられなくってその手をぎゅっと握りしめて、肩を寄せて右肩をリリィに寄り添わせて軽く頭の横をぶつける。
そしてすぐに頭を離して、型はくっつけたままリリィの顔を覗き込む。驚いた顔をしていて、とっても可愛くて愛おしい。
「リリィ、ありがとう」
「え? ど、どうしたのよ、急に」
「リリィのおかげで、お義父様とこうして、ええっと、こういう話ができたから」
こうして和解できた、と言おうとしていや別にもめてはなかったし、と言葉を選んだ結果なんだかふわっとした物言いになってしまった。自分の中で一方的に苦手意識があっただけだ。
「そ、そう……? んん、それなら、よかったわ。じゃあそろそろ、次の話をしましょうか」
「そうだね」
リリィに促されて肩を離す。触れ合った体温がなくなるだけで少し寂しくなって手は握ったまま、私はお義父様に向き直る。
「お義父様、失礼しました。お義父様の偉大さについ興奮してしまいました」
「う、うむ……」
私の中でも家族枠になったとはいえ、王様には変わりない。王様がリリィに似た柔らかな笑みを見せてきた上にリリィの笑顔を見たものだから、つい興奮して軽くだけどいつもみたいにリリィに触れてしまった。
さすがに気恥ずかしい。謝罪したけど、お義父さまもやや気まずそうだ。
「御父様、さきほど仰っていた法改正のお話についてお伺いしても?」
「お、おお、そうだな。リリィが察している通りだ。爵位継承については少し時間はかかるだろうが、婚姻についてはそれほどかからんだろう。すでに渡した魔王討伐の褒章の一部であり後処理にすぎんからな」
「ありがとうございます。今後については改めてエレナと話していくつもりですので、ひとまずそれで充分かと」
うん? 急に変わった話と真面目そうな二人の会話に脳がついていけなくて混乱する。リリィはなにやらほっとしたように微笑んだので、悪い話ではないようだけど。
法改正って、さっきの話で爵位継承が女でもできるようになるって話だったはずだ。婚姻?
あ! そうか……さっき王様は法律上の性別による制限を撤回すると言ったけど、爵位継承についてとはいってない。つまり、法律上の全ての性別の制限を撤廃するつもりだったのだ。
それはつまり、婚姻において、結婚する相手が同性ということも……? え? さすがにそんなことできるの? もう教会の領分では? しかもなんか簡単そうな言い方じゃなかった?
というか法律上の全ての制限って範囲広すぎじゃない? そんなにたくさん法律を変えるなんてさすがに王様が言ったからって簡単に変えられるものじゃないよね?
「あの、そのようなことをしていただいて、大丈夫なのでしょうか?」
「うむ。簡単なことではないが、エレナが王位を譲ってくれたことに比べたら些末なことだ。それに、法とは国をよくするためのものだ。常にその時々の世に合わせて変えていくのは当然のことだ」
「そ、そうなんですか……」
なんかとんでもないこと言われてしまった。王位を譲った? え? そんな覚えはないけど。前の勇者が王様になっていたことを考えると、私が望めば拒否できないくらいなのはまあ、理解してるけど、譲ったはさすがに拡大解釈では? 一回持ってたことになってるじゃん
でもまあ、言ってることはその通り、かな? 私がきっかけではあるけど、法律は変えてはいけないものではない。たしか使用頻度が低く残っていた昔の法律を悪用されたことがあって変えたりとか、そう言う歴史もあったはずだ。定期的に見直すのは悪いことではない。
「何かこちらで必要なことがあればいつでも仰ってください」
「ああ。ひとまず婚姻だけなら今年中に可能だろうし、こちらはさほど混乱も起こらんだろう。その際にはいくらか書類を届けるが、処理はうちうちに行うことになるから、あまり口外はせんようにな」
「あの、お義父様。あまりの早さに全然ついて行けていないのですが、とりあえず私の戸籍が女と正しされた上で、リリィと婚姻状態を継続できる、ということで間違いないでしょうか?」
「うむ。その通りだ」
あまりにとんとん拍子に話がすすんでしまった。リリィと結婚させてください、くらいの心づもりだったのだけど、いやまあすでに結婚してるから当たり前かもだけど。まさかそんな話があるなんて。




