ゆっくりでいい③
侍女に支えられて城内へ戻って行く王妃殿下を見届けた後、隣にいるカリアス様に振り向いた。まだベルローズ公爵と陛下の話は終わらないからと再び庭を歩き始めた。
「先程の話はどういう意味なのでしょうか?」
「ああ、あれ? 今日、父上が登城した理由だよ。王女に甘々で民の税を無駄な贅沢に使う事を止めない国王のいる国でベルローズ家を継ぐのも、暮らすのも嫌だと俺や母上が言ったら父上はすぐに腰を上げてね。ほぼ母上の言葉しか聞いてはなかったと思うけど……」
愛しい人のお願いは聞いたら即行動を、がベルローズ公爵の矜持でも行動が異常に早い。早すぎる。カレンデュラ様は分かっててベルローズ公爵に頼んだのだ。カリアス様も便乗して。
ベルローズ公爵家は王国の筆頭公爵家にして、防衛の要たる辺境伯家とも強い繋がりを持ち、更に王都を守る重要な役割を担っている。
これは秘密だがカレンデュラ様がベルローズ公爵家に嫁入りした為、妖精達も王都を気に入り自然の魔力で王都を包み常に人間が生きやすいようコントロールしてくれている。
「妖精が力を貸してくれていたなんて」
「知っているのは両親や僕だけだよ。妖精が力を貸しているなんて、他の人に言ったって信じてはくれないだろうし。母上も望んでいない」
「妖精達はそうは思わないのでは」
「多少の悪戯に目を瞑り、国の豊かさを維持していれば妖精は何もしないさ」
「陛下は本当に退位されるのですか?」
「うん。王太子夫妻が新婚旅行から戻り次第、即刻陛下には隠居してもらって、王妃殿下とクリスタベル殿下を連れて田舎の領地に引っ込んでもらう手筈となってる」
優秀と名高い王太子夫妻が新婚旅行から戻る迄まだ五日と掛かるが、その間に面倒な手続きを済ませてしまう勢いでベルローズ公爵家や現国王に不満を抱いている貴族は動いている最中だ。その中にお父様もいる。散々私に対する悪口を社交界に流し続け、挙句、王族としての品位がなく傲慢が過ぎるクリスタベル殿下を止めもせず助長させる陛下にすっかりと愛想が尽き果てたと。
「簡単にいくとは思いません……」
「大丈夫さ。いくらでも切り札はある」
「戦争になったりしませんよね」
「戦争を起こして利益がある人はいない。絶対に起こさせはしない」
「クリスタベル殿下が田舎の領地に行くのなら、グレン様はどうするのでしょう」
「グレンも行くさ。毎日熱烈な愛の告白を王女にしているくらいだ、虫に追い掛けられる王女を毎日助ける筈さ」
妖精のミツバチさん達から掛けられたハチミツの香りから逃れるには、時間の経過を待つしかない。時間が経つにつれ効果が薄れるなら、ハチミツの香りに当てられたグレン様も正気に戻るのではと問うと心配いらないと首を振られた。
「ロリーナ嬢は気にしないで。グレンが正気に戻っても、相手がクリスタベル殿下ならグレンは受け入れるさ」
「そう……ですよね……」
最後まで私よりクリスタベル殿下を優先したグレン様なら、我に返っても少しばかり混乱するだけでその後は全てを受け入れクリスタベル殿下と一緒になる……。
「…………正気に戻るのは王都から離してからだな」
「? カリアス様?」
不意にカリアス様が何かを呟いた気がするも「空耳だよ」と上機嫌に否定されれば納得するしかなく。聞いてみたいが大した事なさそうなので止めた。
「カラー侯爵令嬢」と声を掛けられ、誰かと向けばクリスタベル殿下の侍女がいて。私が来ていると知った殿下が私を呼んでいると。カリアス様に付いてきてもらった。侍女には難色を示されるが殿下と会う時は外で待機することで納得させた。
扉の前に着き、殿下に入室の許可を頂き部屋に入った。
「……」
「ふふ……ご機嫌ようロリーナ様」
部屋にいたクリスタベル殿下の顔色は悪く、頬は窶れ、自慢の髪もボサボサ。妖精のミツバチさん達のハチミツの効果の酷さを見た。私が言葉を見つけられないのはクリスタベル殿下もだがもう一つあった。
グレン様だ。
男性を怖がっていたようだが、やはりグレン様は別のようで。
私からクリスタベル殿下を守ろうと敵意剥き出しに睨めつけるグレン様に対する情は呆気なく砕けた。
「グレンを返してくれてありがとう。グレンはね、虫に追い掛けられ、殿方に追い掛けられる私の為に毎日プロポーズをしに来てくれたの。部屋から出るのが怖かったけど、グレンのお陰で勇気が出てやっとグレンと会えたわ」
「クリスタ話し掛けるな。彼女は散々君を苦しめた相手だ」
……はい?
ハチミツの香りに当てられると記憶も改竄されてしまうの?
…………体の底から湧き上がる苛立ちは決して錯覚じゃない。
好き放題私を罵倒するグレン様にうっとりとするクリスタベル殿下。これで最後だ、と決め、大股でグレン様の前に立った。驚くグレン様に素早く手を振り上げ平手打ちをお見舞いした。
呆然とするグレン様と悲鳴を上げるクリスタベル殿下。グレン様から距離を取った。
「大嫌いよっ!! 私の方が貴方の事を何倍も何十倍も大嫌い!!」
「なっ、え、あ」
「今後、お会いしてもお構い無く。私は貴方以上に幸せになるので!」
言いたい事を終えた私は早足に退室した。
「……正気に戻った時が楽しみだな、グレン」
カリアス様が何か言っていた気がするが、少し興奮している私には分からなかった。
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