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平民王子の覇道  作者: 宮本護風
第5章
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第57話 敵本拠攻勢

辺りはすっかり暗くなっていた。レオポルドは高台から星の浮かぶ夜空を見上げる。その表情はどこか寂しげだった。

「エレオノーラ……」

レオポルドは一人つぶやいた。彼は責任を感じているのだろう。エレオノーラを助けられなかったことにではなく、エレオノーラに気をかけなかったことだ。

「こんなとこで何やってんだよ」

不意にかけられた声にレオポルドは振り向く。声の主はハインリヒだった。

「ちょっと考え事をな」

ハインリヒはレオポルドがエレオノーラを助けられなかったことを後悔しているとすぐにわかったが、何も言わなかった。

「そろそろ決行時刻だな」

ハインリヒもレオポルドの隣に立ち、星を見上げる。

「星空がこんなに綺麗だったなんて……。すっかり忘れていたよ。こんなにもしっかりと星を見るのはいつぶりだろうか?」

ハインリヒは忘れきっていた星の美しさに感動する。まるでこれから始まる戦争なんて嘘のようだ。レオポルドにもハインリヒにも感じられた。レオポルドは何も言わずにハインリヒの隣にいた。

「どうせエレオノーラを見てなかったことを後悔してんだろ?」

しびれを切らしたハインリヒがレオポルドにそう言った。レオポルドは答えなかったが、質問の答えはハインリヒにはわかっていた。

「考えるべきは過去ではない、今だ」

レオポルドはハッとする。ハインリヒはそれ以上は何も言わなかったが、レオポルドはハインリヒの言わんとすることが全て分かった。お前が生きているのは過去ではなく、他の何者でもない今という瞬間なんだ。エレオノーラを見守らなかったことは反省すべきだろう。だが、後悔すべきではない。今お前がするべきことは、エレオノーラを救うことなんだ。過去なんか今次第で帳消しにできるんだよ。レオポルドはハインリヒの言葉の裏に隠された思いを完全に読み取っていた。「ハインリヒ、ありがとう」

レオポルドの言葉も少なかった。

「おいおい、俺は何もしてないぜ?」

ハインリヒはそう言いつつも、嬉しそうにレオポルドを見ていた。

「レオポルドさま!」

後ろから声が聞こえる。兵隊長のうちの一人の声だった。

「出陣の準備が整いました!」

レオポルドの心は既に決まっていた。

「よし、それではすぐに出陣だ!」

レオポルドの言葉に迷いは感じられなかった。



陣を後にして、レオポルドとハインリヒは並んで馬に乗っていた。

「なあハインリヒ」

レオポルドが唐突にハインリヒに声をかける。

「何だ?」

ハインリヒはこの期に及んでいったい何かと疑問に思った。

「おそらく俺は部隊1の帰還の際には戻らずにそのままエレオノーラを探すのに、敵の本拠にとどまるだろう。だから俺が帰ってきていなくても、部隊1が集まりだしたら、敵本拠に攻撃を仕掛けてくれ」

ハインリヒは止めなかった。レオポルドの言葉から、秘めた思いが感じ取られたので、彼の思いを尊重して、快諾した。

「分かった」

しかし、こうも付け加えた。

「ただし、必ずエレオノーラを救い出して、生きて帰ってこい」

ハインリヒの言葉も同様に重いものであった。レオポルドは黙って頷いた。



1000の兵は敵本拠のすぐ近くの森に身を隠している。反乱軍はまだレオポルドらの動きに気付いていないようだ。

「じゃあ、俺についてこい。数人を倒して、火が回り始めたら、すぐにここに戻ってこい」

レオポルドは大きな声を出したいのは山々であったが、敵に気づかれてもいけないので小さな声で指示を出した。

「ハインリヒ、あとは頼んだ」

ハインリヒは黙って頷いて、レオポルドを送り出した。



レオポルドが歩みを進める。それに孔雀の羽を身につけた部隊1の兵士たちがぞろぞろと続く。

敵の本陣にたどり着いて、ようやくレオポルドは

大声をあげる。

「ここにいるのは帝国の平穏を脅かす反乱軍だ! 全員、攻撃開始!」

レオポルドの号令に応じて、500の兵が猛り声を上げながら、反乱軍の本拠になだれ込んだ。レオポルドはその侵入の先陣を切っていた。

「なんだ!?」

見回りの反乱軍の兵が気づいたが、もう既に遅かった。彼らはスコターディア帝国兵に斬り殺される。反乱軍はまだレオポルドらの動きを把握できていない。その隙に、スコターディア帝国兵は建物に火をかける。火があっという間に本拠地に広がる。ようやくことの重大さに気づいた反乱軍が動きだす。

「おい、これは一体どういうことだ!?」

反乱兵は仲間と思しき者に声をかける。

「スコターディア帝国兵が攻め込んできているようだ!」

「なんだと!? とにかくすぐに探し出して殺すんだ!」

反乱兵は完全に仲間と思っていた。無理もないだろう、全く同じ身なりをしているのだから。

「それはできないなぁ!」

反乱兵は仲間と思っていた者に突然斬られる。反乱兵は何が何だかわからないまま死んでいった。身につけている孔雀の羽のおかげでスコターディア帝国兵が敵と味方を見誤ることはなかった。レオポルドの作戦はうまくいっている。

「そろそろ退却だな」

スコターディア帝国兵は時を見計らって全員が戦線を離脱した。



「お前もスコターディア帝国兵か!?」

「何を言うか! それは貴様だろうが!」

反乱軍はついに同士討ちを始めた。もう敵であるスコターディア帝国兵はここにはいないのに、見えない敵を探して、どこかにスコターディア帝国兵がいるという恐怖に駆られて、味方同士で疑い、争い始めた。こうなってしまっては、すべてレオポルドの思い通りであり、この戦いの勝利は確定していた。そう、この戦いの勝利だけが確定していた。まだ、たった一人で敵の本拠に残っている男の戦いの勝利は決まってはいなかった。レオポルドはエレオノーラが囚われている場所を探して、一人、敵の本拠を奔走していた。



徐々にハインリヒの元に部隊1の兵士らが集まり始めていた。

「うまくいったぜ!」

「あいつら今頃は味方同士で争ってやがる!」

部隊1の兵はみんなで作戦の成功を喜んでいた。しかし、ある重大なことに気づく。

「レオポルドさまがいないぞ?」

「なんだって!?」

ともに襲撃をかけたレオポルドだけが戻っていない。そのことを部隊1は全体で焦りだす。

「うろたえるな!」

ハインリヒが一喝する。

「レオポルドが戻っていなくても、作戦は続行する。それが本人の願いだ」

部隊1はまずはこの戦いに勝つことに専念した。ハインリヒの元には続々と部隊1の兵が集まっていた。同士討ちもかなり進んでいるようだ。

「そろそろだな……」

ハインリヒは1000の兵での突撃の機を垣間見た。

「よし、これから本拠地に突撃する! 全軍、進めぇ!」

再び、今度は1000の兵が敵本拠になだれ込んだ。

「レオポルド、死んでたら承知しないぞ!」

ハインリヒはそう独り言をいって、敵本拠の中に消えていった。


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