第55話 出陣準備
レオポルドとハインリヒは同じ部屋で朝を迎えた。朝日が燦然と輝く。目覚めのいい清々しい朝だった。
レオポルドが目をさますと、すでにハインリヒが体を起こして、朝の支度を始めていた。
「ずいぶん寝坊がひどいな。普段の明晰さに傷がつくぞ」
ハインリヒは目覚めの悪いレオポルドを咎める。
「これが俺のいつもの起きる時間だ。仕方ないだろう」
そう言ってレオポルドも支度を始める。今日は反乱軍鎮圧のための出陣の日だ。それは二人ともわかっていた。
「いよいよ今日だな」
レオポルドはすでに臨戦態勢に入っていた。
「やるのはお前だ。俺は特に協力はしないさ。エレオノーラを助けられるといいな」
レオポルドはハインリヒの態度にムッとした。昨日盟友になることを約束したのに、日が変わるとすっかり他人のふりだ。
「ああ、必ず助けてみせるさ。だが、お前の助けが必要になる時もあるかもしれない。その時は力を貸してくれ」
レオポルドはハインリヒに頭を下げる。
「気が向いたらな」
ハインリヒはレオポルドに見向きもしなかった。レオポルドの苛立ちはさらに募った。だがそんなことをしていても仕方がないので、レオポルドは諦めて、出陣の準備を進めた。
「これで大丈夫だな」
食料、戦闘用具、兵士、すべての準備が整った。その中には派手で目立つ500の孔雀の羽も含まれていた。
「これは何に使うんだよ?」
ハインリヒは疑問に思った。
「そのうちわかるさ」
レオポルドは明らかにしない。
「まあいいけどよ。出発か?」
ハインリヒは準備を何一つ準備の手助けをしなかった。レオポルドは必死に苛立ちを抑えた。ハインリヒは物資を運ぶ手押しぐるまに寝そべっている。
「ああ、そろそろ行こうか」
レオポルドが出発をしようとした時、偵察兵がレオポルドのもとに走ってきた。
「レオポルド殿であられるか?」
偵察兵は息を切らしている。
「ああ、そうだ」
「申し上げます! 皇帝陛下のお達しで反乱軍の本拠を偵察したところ、高貴な身なりの女性が囚われているとのこと!」
間違いない、エレオノーラだ。レオポルドはそう確信した。
「そうか、ご苦労様。協力に感謝する」
「はっ! ではこれにて!」
偵察兵はどこかへと走り去った。レオポルドは情報も伝えてもらったところで、出陣を決めた。
「皆の衆!」
レオポルドは大きな声を上げる。その声に兵士たち全員が顔を上げる。兵士たちは半ばこの戦いを諦めかけている。10000に対して1000などとても太刀打ちできるわけがない。兵士たちは死を覚悟していた。
「この度、俺のわがままで、俺に協力してくれること、本当に感謝してもしきれない! 皆の中には、ここで命を失うことを予期しているものもいるだろう! だが、俺は一人も死なせないつもりだ! 俺は今から大切な人を助けに行くんだ! 人の命を助けるために人の命を犠牲にしては、本末転倒ではないか! 俺は決して皆を死なせない! だから、俺に皆の力、貸してはいただけないだろうか!?」
レオポルドは兵士たちに向かって深々と頭を下げる。
「何考えてんだ、あいつ?」
「俺たちに頭をさげるなんて……」
兵士たちはざわつく。ここスコターディア帝国では、指導者が頭をさげることなどありえなかったからだ。レオポルドはそのジンクスを破った。自分の地位を誇らないレオポルドなら信じられるかもしれない。兵士たちはレオポルドになびきかけていた。しかしまだ完璧ではなかった。そんな中、レオポルドの隣にスコターディア帝国皇子が並ぶ。
「このレオポルドは本当に頼りになるやつだ! お前たちを死なせない作戦も、武勇もある! だからこんなレオポルドに力を貸してやってはくれないか!? 俺からも頼む!」
そう言ってハインリヒも頭を下げる。兵士たちは驚愕した。スコターディア帝国皇子が頭を下げたのだ。ありえないこと続きで、レオポルドがこの帝国の何かを変えた。兵士たちもそれを暗に感じ取っていた。兵士たちは完全にレオポルドについていくことを決めた。
「レオポルドさま、万歳!」
「あんたなら信じられるぜ!」
口々に兵士たちが賞賛の声を上げる。レオポルドはこのきっかけを作ってくれたハインリヒに感謝した。今まで何もしなかった男が、一番大切な仕事を引き受けてくれたのだ。レオポルドはハインリヒという男がどんな男なのか垣間見た気がした。この勢いのまま、レオポルドは大号令をかける。
「よし、皆の命、預からせてもらう! では、いざゆかん!」
野郎たちの雄叫びが響き渡る。レオポルドたちは反乱軍鎮圧とエレオノーラ救出に向けて最高のスタートを切ることができた。
レオポルドとハインリヒは馬に乗って、並んで道を進んでいた。兵士たちはみな意気揚々と進んでいる。レオポルドはハインリヒに声をかける。
「ハインリヒ、さっきは助かった、ありがとう」
レオポルドは頭を下げる。
「ん? なんのことだ?」
ハインリヒはまるで何のことかわかっていない。
「さっきの号令の時だよ。俺が完全に皆の心を掌握できていないことを悟ると、お前が追い打ちをかけてくれたおかげで、皆は心を一つにしてくれた。お前のおかげだ。ありがとう」
ハインリヒはそんなことかと言わんばかりの表情だった。
「別に俺が好きでしただけだ、気にすんなよ。だいたい、お前、頭を下げすぎなんだよ。もう少し自分には威厳があるってことに気付けよ」
ハインリヒは兵士たちと対等に立つことをよしとしていないようだ。
「そうか。だが、俺はこのやり方しか知らない。忠告は痛み入るが、変えられそうもないな」
レオポルドは笑っていた。
「だったら勝手にしろ」
ハインリヒも笑みを浮かべていた。
空はすっきりと晴れていた。雲ひとつない綺麗な空だった。そんな美しい景色の中を彼らは勇ましく進んでいた。戦いはすぐそこに迫っていた。




