第52話 エレオノーラとの別れ
レオポルドとハインリヒは、エレオノーラとともに馬車に揺られていた。
「あとどのくらいで着く?」
レオポルドも流石に到着の遅さにしびれを切らしていた。
「もうすぐだ。あと1日もかからんだろう」
エレオノーラはもう疲れ切って、レオポルドの隣でぐっすり眠っている。
「エレオノーラはこの長旅に耐えられなかったようだ」
レオポルドはそう言ってハインリヒと笑い合う。
しばらく馬車が走ったあと、ハインリヒが重い口を開く。
「今日は何もなければいいんだがな……」
ハインリヒの呟きをレオポルドは聞き漏らさなかった。
「いったい何がだ?」
「スコターディア帝国では……」
ハインリヒが説明しようとしたその時、馬車が大きく揺れる。
「ひゃあ!? 何が起きたのですか?」
エレオノーラは驚いて飛び起きる。
「これのことだよ、俺が言おうとしていたのは」
ハインリヒの表情が真面目なものになる。
「襲撃なのか!?」
レオポルドも確かに襲撃は慣れっこだった。しかし、今回の襲撃は一段階大きなものであると、レオポルドは一瞬で理解した。
「襲撃というよりは、反乱かな」
そう言い残して、ハインリヒは馬車から降りる。
「待ってくれ!」
レオポルドもそれに続いた。レオポルドが馬車から降りると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「な……!?」
レオポルドは思わず息を飲んだ。
「どうだ? 驚いたか? これが俺が説明しようとしていたことだよ。実際に見て、体験する方が早いだろう」
ハインリヒは特に取り乱した様子もなく、冷静に剣を抜いていた。これは頻繁に起こることのようだ。
「レオポルド、ここでお前の剣技を俺に見せてみろ!」
レオポルドは黙って頷き、剣を抜く。
「行くぞ!」
「ああ!」
「おいてかないでください!」
ハインリヒの号令を合図に、二人は勢いよく敵の中へと身を投じた。レオポルドの耳元にはエレオノーラの言葉が聞こえていたが、それに構っている暇はなかった。
レオポルドとハインリヒは剣を振るう。可憐で洗練され、それでいて強いレオポルドの剣に対して、ハインリヒは質実剛健であり、また強さを感じさせるものであった。二人はお互いにそれぞれの剣技を認め合った。
「囲まれたな……」
二人はすっかり敵に囲まれていた。レオポルドとハインリヒは背中同士を合わせて、敵の動きを洞察している。
「だからどうした? スコターディア帝国では、このような状況は切り抜けられないと教えられるのか?」
レオポルドの挑発混じりの言葉にハインリヒは落ち着きつつも、その挑発に乗った。
「言ってくれるじゃねえか。俺にこの状況程度、乗り越えられないはずがねぇ!」
ハインリヒがそう言うと、敵が一斉に飛びかかってきた。
「来るぞ!」
レオポルドが声を上げる。それに応じて二人は敵に向かう。互いが互いの背中を任せている。二人はいい仲間となっていた。
レオポルドは舞を踊るかのように、敵の攻撃をかわし、そして斬る。ハインリヒは敵に攻撃する間すら与えず、敵をなぎ倒していく。他のスコターディア兵士も戦っているので、敵の数は確実に減っていた。
しばらくすると、敵は退却していった。レオポルドらはとりあえず危機を脱した。
「やるじゃないか、エルンストはこんな男を敵に回したのか。まったく愚かな男であることよ。お前以外、アインフォーラの王に相応しいものなどいないというのに、劣るエルンストが王位を継ぐなど、誠、皮肉な話だ」
ハインリヒは、レオポルドの剣技を見て、その実力を認めた。
「ハインリヒこそ、猛き獣のような勇敢な戦いっぷりだった。安心して俺の背中を任せることができた。俺に仕えないか?」
レオポルドも冗談を交えて、ハインリヒの力を認めた。
「笑えない冗談だな」
二人は戦いでさらにその親睦を深めたようだ。
「ところで、これは一体何の襲撃だったんだ?」
レオポルドの問いにハインリヒは俯向く。しばしの沈黙の後、ハインリヒは口を開いた。
「あれは反乱軍だ」
「何だと!?」
レオポルドは驚く。
「本当だ。スコターディア帝国ではその圧政のために、常日頃からあちこちで反乱が起こっているんだ。今のはその一部ってわけだ。それだけスコターディア帝国は腐りきっているんだよ」
レオポルドはスコターディア帝国の栄華の裏に隠された実情を知って、呆然としている。
「このままではダメなんだよな……」
ハインリヒが落ち込んでいるところに、レオポルドはあることに気づく。
「エレオノーラ!?」
エレオノーラの姿が見えない。
「どうした?」
ハインリヒが慌てるレオポルドに声をかける
「エレオノーラが居ないんだ! どこだ!?」
レオポルドとハインリヒは探しまわった。それでも彼女は見つからなかった。
「反乱軍に連れて行かれたか」
ハインリヒの予想に間違いはないだろう。
「だったらすぐにいこう!」
レオポルドはエレオノーラが居なくなったことに動揺して、平静さを失っている。
「落ち着けレオポルド。今はこちらの方が劣勢だ。本拠は大きい、これでは負けることは必然だ。今はとにかく王都へ向かおう」
「エレオノーラ……」
レオポルドは心に不安を抱えながら、王都へと向かう決意をした。




