第50話 外交革命
レオポルドはフェリスとエミリアに声をかける。
「なあ、これからパーティーを開くんだが、お前たちは参加するか?」
レオポルドの言葉にフェリスとエミリアは耳を疑う。とにかく返事はしようと思った。
「いえ、私たちはいいわ」
断るフェリスとエミリアにレオポルドは驚く。二人はパーティーがとても好きなのにどうしたのだろうかと思った。
「どうしてだよ? 一緒に楽しもうぜ」
その言葉をレオポルドが発した瞬間、エミリアの表情が怒りのものへと変わる。
「レオ、ふざけないで!」
突然エミリアは大声で怒号を上げる。レオポルドには一体なぜかがわからなかった。レオポルドは口を開けて立っていた。
「私たち今とっても辛いの! お父様を二人とも一度に失って、それの私なんてお父様にこれまでのお礼もできなかった! そんな中で私たちにパーティーに参加しろだなんて、どういう了見なの!? 不謹慎にもほどがあるわ!」
さらにエミリアが続ける。
「レオ、少しは私たちのことを考えてよ」
レオポルドはハッと気付いた。今レオポルドはハインリヒから本音を聞くことに必死になっていた。そのために自分たちのために命を捨ててくれたダリオとエステバンのことを早くも忘れかけていた。レオポルドはパーティーの本当の目的を話そうと思ったが、今更遅かった。言って自分を正当化しようとしても、ダリオとエステバンの忠義を忘れたことは変わらないし、絶対に間違ったことだからだ。
「すまない。そこまで意識が回らなかった。もう俺は今のことに必死になって二人のことを忘れかけていた。俺はもう人間としてダメだな」
レオポルドは心から申し訳なく思って、フェリスとエミリアに謝罪する。
「仕方ないのかもしれないわね。レオはとっても忙しいから、今のことに全力で取り組む。でもそれは逆に言うと、今のこと以外には意識がいかなくなるってことなのかもしれないわ。だからお父様達のことをいつも考えてとは言わないわ。でも、たまには思い出してあげてほしいの。それだけなの……」
フェリスがレオポルドを思いやって譲歩の発言をする。レオポルドはダリオとエステバンのことを決して心から消さないことを誓った。
「ああ、本当にすまなかった。二人はパーティーには無理に参加しなくていい。重要なものに変わりはないが、今は休むべき時だな」
エミリアも怒りを収めた。
「ええ、私たち抜きで楽しんできて。いきなり大きな声だしちゃって悪かったわ」
エミリアの謝罪にレオポルドは無言で頷いた。
「おお、すごいパーティーだな!」
パーティーが始まった。ハインリヒは普段の質素な感じとは違って、パーティーは盛大なものだったので、その差に驚いた。
「ああ、他国の要人を招いているんだ。ぞんざいに扱うことなどできんだろう。金は領民のためとこういうところで使うと心得ているんだ」
レオポルドは金の使い方を知っている。それにハインリヒは感心する。
「すごいな。さすがアインフォーラの王子だな。有能と聞いていたことだけはある」
そこにリンダとエレオノーラがやってくる。
「レオ、私たちも来たよ!」
リンダがドレスを身にまとって現れた。その態度に前のような恥じらいはなかった。
「初めての人達ばっかりなので、なんだか恥ずかしいですぅ……」
エレオノーラがむしろ恥じらいを感じていた。しかしその姿はさすが三大諸侯のマイヤー家のものといったところだろうか、玉のように美しい姿であった。レオポルドもハインリヒも思わず見とれる。
「そんなに見ないでください……」
エレオノーラの表情はますます赤くなる。
そんな中でリンダがハインリヒに質問をする。
「ねえ、ハインリヒさんって、スコターディア帝国の人なんでしょ?」
レオポルドはリンダの率直な質問がハインリヒを不快にしないかハラハラしていた。
「ああ、その通りだ」
ハインリヒは笑顔で答える。レオポルドはハインリヒはこんな程度のことで腹をたてるような器の小さい男でないというふうに認識した。
「でもその振る舞い方、なんだか高貴な感じがします。貴族の方ですか?」
エレオノーラが今度は質問をする。
「いや、貴族ではない」
ハインリヒがこう言った後、しばらくの沈黙ができた。ハインリヒは再び口を開いて、沈黙を破った。
「俺はスコターディア帝国第3王子、ハインリヒ=ゲオルグ=スコターディアだ。どうだ、驚いたか?」
リンダは仰天する。
「えっ!? 王子様だったの!? とても失礼なことしていたわ! 本当にごめんなさい!」
リンダが深々と頭を下げるが、ハインリヒま全く気にしていなかったようだ。
「いいんだ。王子様に見えない俺が悪いんだよ」
そんなリンダとは裏腹にエレオノーラはそこまで驚いていないようだ。
「そうでしたか。貴族でないとおっしゃられましたが、高貴な感じがしていたので、王族と名乗られても、納得してしまいますね」
ハインリヒが今度はエレオノーラに驚く。
「へえ、すごい肝が座ってるな。エレオノーラといったな、その名、覚えておこう」
ハインリヒはエレオノーラの聡明さに強い印象を受けて、はっきりと記憶した。
しばらく他愛のない会話が交わされていた。
「ところでフェリスとエミリアは?」
リンダは二人がいないことに気づく。
「二人ならまだショックが大きいようだった。だからパーティーには参加しないとのことだ」
レオポルドは先ほどの衝突を思い出して頭が痛くなる。もっとも、悪いのは自分であるのだが。
「そんなこと、早く言ってよ! 二人のところへ行ってくる!」
「待ってください、私も行きます!」
駈け出すリンダにエレオノーラはついていく。ここでレオポルドとハインリヒは二人になってしまった。レオポルドは意を決して、ハインリヒに本音を聞こうと思った。
「なあハインリヒ……」
そう言いかけた瞬間、突然ガラスが割れる。そこから暗殺者たちがが侵入してきた。
「レオポルドはどこだ!」
そう叫びながら辺りを見渡すが、長くは続かなかった。
「オラァ!」
アレクセイが目にも留まらぬ速さで動く。素手にもかかわらず、アレクセイは暗殺者全員を一瞬で殺してしまった。
レオポルドはアレクセイの元に駆け寄る。
「アレクセイ、大丈夫か!?」
「ああ、俺はなんともない」
ハインリヒが声を出す。
「こいつら一体何者なんだ?」
「おそらく、俺を狙ったエルンストからの暗殺者だろう。あいつはこれまでも俺に頻繁に刺客を送ってきているからな」
アレクセイのおかげで危機は脱したが、辺りは騒然とする。
「とにかくもうパーティーは終わりにしよう。これ以上は騒ぎを大きくするだけだ」
ハインリヒはそう提案した。レオポルドはハインリヒのもっともな発言に同意するしかなかった。レオポルドはハインリヒの本音を聞く機会を逃してしまった。
「そうだな、みんな、今日はこれで終わりだ! 今夜は身の回りの安全に気をつけてな!」
レオポルドはそう言って、パーティーの撤収を始めさせた。
「すまないなハインリヒ、部屋を用意してあるから、今日は休んでくれ」
ハインリヒは笑顔で感謝の辞を述べた。
「ああ、ありがとう。あとレオポルド、俺は明日発つから、お前もスコターディア帝国に来い。父上と会う方がいいだろう」
レオポルドはあまりに突然のことで驚いたが、またとないチャンスと思い、快諾した。
「ああ、喜んでそうさせてもらおう」
レオポルドは今回本音を聞くチャンスを逃したが、またとない好機を同時に手に入れた。アインフォーラとスコターディアが手を組むなどありえないことだった。
襲撃が終わってあたりはすっかり静まり返っていた。




