第49話 未来に向けて
レオポルドらとハインリヒ率いるスコターディア帝国軍はともにメガロシュを目指していた。
「本当にスコターディア帝国を信じてもよろしいのですか? あのハインリヒという男、何かを企んでいるように見えますが」
シルヴァはスコターディア帝国をまだ完全に信じきれていない。それもそうだろう、スコターディア帝国が、レオポルドらを助ける理由などどこにもないのだから。聡明なシルヴァにはそれがわかっていた。
「確かに完全に信じているというと嘘になる。それでも今この状況では企みがどうであれ、スコターディア帝国を信じるほかないだろう」
レオポルドはとにかく使えるものは利用しようという考えだ。たとえそれが自分たちを利用することになっても自分たちがまず助からねば意味がない。
「でもよ、レオ」
アレクセイが口を挟む。
「これからどうするつもりなんだ?」
アレクセイは将来の見通しが立っていないようだ。
「決まっているだろ」
レオポルドは考える間も無くアレクセイに答えた。
「アインフォーラをぶっ潰してやるよ。それから、この天下を治めてやる」
シルヴァとレオポルドには、この時のレオポルドの顔が恐ろしく見えた。まるで復讐に燃えているもののようだった。もうゴリモティタは近くに迫っていた。
ゴリモティタが目前に迫った頃、先導してくれていたスコターディア帝国軍の方から、伝令が走ってくる。
「レオポルドさま、ゴリモティタの門を開けて欲しいとのハインリヒさまからのお伝えです」
「了解した」
レオポルドは二つ返事で快諾した。ここでもレオポルドは一人でスコターディア帝国軍の中に入っていった。
ハインリヒの元へ向かうまでに、レオポルドはスコターディア帝国軍の兵士の表情を見た。それはひどいものだった。目には光がないもの、希望を抱いていないもの、戦に疲れ切ったもの、目的もなく、ただ戦っているもの。そんなものばかりだった。レオポルドは真正面からこの状況を直視できなかった。
「おう、レオポルド、来てくれたか」
スコターディア帝国軍の最前には、ハインリヒがどっしりと構えていた。
「俺がいないと入れないだろう」
「そう、だから呼んだんだよ」
レオポルドとハインリヒの会話は円滑に進む。
「ゴリモティタ領主のレオポルドだ! 門を開けよ!」
レオポルドは門の前で大きな声で叫ぶ。その声に応えて、門番たちが大きな門をゆっくりと開いていった。
中に入ると、ハインリヒは驚いた。ゴリモティタは甚だしく繁栄していた。商業をするものが数多く、中には農業に従事しているものもいた。もっともレオポルドにとってはこの光景は普通なのだ。しかし、ハインリヒにとっては新鮮なものであった。
「おお……」
ハインリヒは思わず気の抜けた声を出す。
「どうかしたのか?」
レオポルドは普段は抜け目のないハインリヒがこんな間抜けな声を出したことを疑問に思う。この光景はレオポルドにとっては普通なのだから。
「いや、よく栄えているなと思ってな。ここに住むものはさぞかし幸せだろうな」
ハインリヒはこの光景を作り出したレオポルドに心から感銘を受ける。
「まあとにかくゴリモティタに着いたんだから話をしなければな。それでは早速、領主邸に向かうとするか」
レオポルドはハインリヒらを連れて領主邸へと向かった。それにシルヴァ、フェリスらも同行した。
一行が領主邸について、ハインリヒはまたまた驚いた。領主邸がスコターディア帝国のものに比べとても粗末なものに見えたのだ。ハインリヒは驚嘆した。
「どうしたんだハインリヒ?」
レオポルドはハインリヒの顔を覗き込む。
「お前ら、こんな小さなところに住んでいるのか?」
ハインリヒは素朴な疑問をレオポルドに投げかけた。
「そんなに小さいか? 仕事をするには十分な広さだと思うがな」
そう言うレオポルドにフェリスが続ける。
「スコターディア帝国では、いい暮らしをなさっているようですね」
失礼な発言にレオポルドは焦る。
「おいフェリス、失礼だろう! すまんなハインリヒ、気を悪くしないでくれ」
「いや、その通りかもしれん」
謝るレオポルドを他所にして、ハインリヒは真剣にスコターディア帝国のことを考えている。
「とにかく話をしようか。入ってくれ」
一行は領主邸へと入った。
レオポルドは女性陣には休憩をするように言って、シルヴァとアレクセイに、自分についてくるように命じた。ハインリヒも従者を一人つけている。
「ハインリヒ=ゲオルグ=スコターディアの従者を務めております、エルマーと申します」
ハインリヒの従者が自己紹介を終えるとハインリヒが口を開く。
「さあ、では本題に入ろうか」
ハインリヒは領主邸の会議室で話を始める。
「さっきの問いに答えてもらおう」
レオポルドはハインリヒと対等に話し合おうとする。理由は明白だ。スコターディアがレオポルドらを何らかの理由で必要としている限り、レオポルドらも強気に出れるからだ。
「何故お前たちを助けたか、だったな」
ハインリヒは一呼吸おいて、話し始める。
「今、スコターディア帝国が版図を拡大しているのは知っているな? その中でいきすぎた侵略行為を良しとしない動きが国内にあってな。それに対処するためにどうにかしないといけないと思っていたところなんだ。そこに、お前たち、レオポルドが独立を果たしたということを耳にして、これを保護することで国内の反対派を抑えようとしているんだよ。お前らを守ることで、スコターディア帝国のイメージは向上するしな」
一見もっともそうに聞こえるハインリヒの事情説明だが、レオポルドがそれが建前であることに気づいた。シルヴァとアレクセイはうんうんと頷いているが、レオポルドは狙いは他にあるとすでに気づいた。
「だから、この国を挙げて、レオポルドたちを支援することになったんだ。事情はわかったか?」
シルヴァとアレクセイは納得したが、レオポルドだけは納得しなかった。それでもレオポルドはまだ聞くのは早いと思った。
「そうだったのか。それはありがたいな。とにかく今日はパーティを開こう。もちろん主役はハインリヒ、君だ」
レオポルドはパーティで聞き出そうとする魂胆だった。一方のハインリヒもそれを見抜いていた。その上でレオポルドの提案を受け入れた。
「おお! それは楽しみだぜ!」
二人は互いの心の中を完全に見抜いていた。二人は何か思惑があるかのように不敵に笑う。二人の頭脳戦はここから繰り広げられるのだった。




