第47話 追撃と困惑
レオポルドたち退却部隊は依然として、ゴリモティタに向かって歩みを進めていた。避難民もいるのでやはり移動速度は遅く、まだゴリモティタにたどり着けてはいなかった。
「そろそろまずいな……」
「何がだよ?」
独り言を言うレオポルドの何がまずいのかがわからないアレクセイ。やはりアレクセイはまだ兵法には通じていないようだ。
「そんなこともわからないのか? 前もレオポルドさまはおっしゃっていただろう。必ずエルンスト軍は追撃軍を出してくる。この移動速度では我々はたちまち追いつかれてしまい、殺されてしまうだろう。そのためにもいち早くゴリモティタにたどり着かねばならない。レオポルドさまはそれをまずいと言っておられるのだ」
シルヴァはアレクセイに怒り気味で説明する。
「そうなのか。俺は兵法なんてさっぱりだぜ」
アレクセイは開き直っている。
「しかしそろそろエルンスト軍が追いついてくる頃じゃないだろうか。これはどうしたものやら……」
レオポルドは一人悩む。
「しかし我々はすでに半分を越えているでしょう。エルンストとしてもメガロシュの占領に伴い、諸々の処理が残っているはずです。まだもう少し時間はあると思われます」
シルヴァは冷静な判断を下す。
「まあ、追いつかれたとしてもこのアレクセイが全員ぶっ倒してやるから安心しろ!」
自信過剰なアレクセイにシルヴァは再びしびれを切らす。
「アレクセイ、お前はやはりバカなのか? 相手は確実に10000程度の兵を出してくる。そんな中でお前に何ができる?」
こう言われてしまってはアレクセイも黙っていない。
「お前は何なんだよ!? なんでもわかったような口を聞きやがって! くそつまんねぇ奴だなお前は!」
「なんだと!?」
シルヴァとアレクセイは全く対照的である。従って、こういった対立が生じるのだろう。シルヴァとアレクセイは互いをにらみあっている。
「おい、今は喧嘩なんてしている場合じゃないぞ。そんな暇があったら、この状況をどう打開するか考えろ」
レオポルドは二人の仲裁に入る。ようやく二人は応酬し合うのをやめた。それでもこの二人がこれからも対立することは多くなりそうだ。
レオポルドは馬車に向かってフェリス達の様子を見に行く。
「フェリス、エミリア、気分はどうだ?」
レオポルドは父を失ったショックがいかほどであるか、実際に体験したために、辛いほどわかる。レオポルドは二人を心配せずにはいられなかった。
「ええ、フェリスも私もとてもいいわ。心配ないわ」
エミリアはちゃんと受け答えができるようになっていた。少しずつではあるが、着実に立ち直っているようだ。エミリアもフェリスとともに笑顔を見せていたので、心配なさそうだ。
「ところでレオ、あとどのくらいでゴリモティタかしら?」
リンダはゴリモティタからメガロシュに来た時に比べて、かなり時間がかかっていることに気づいていた。
「領民も連れているから、移動に時間がかかっているんだ。半分は越えているから、あともう半分ってとこだな」
「まだ半分ですか!? 旅路は長いですね……」
エレオノーラはため息をついていた。レオポルドとしても、ため息をつきたいのは同じだった。いつエルンスト軍が現れるかわからないのだから。レオポルドは時間がかかっていることなんかより、その追撃を恐れていた。
「どうしたんですか、レオポルドさま? 顔色が優れませんわ」
エレオノーラはレオポルドの表情の暗さに気づく。彼女らには心配はさせまいと、必死に取り繕う。
「いや、馬に酔ってしまってな! 全く情けない!」
そんな冗談を言っても仕方なかった。なぜなら、もうエルンスト軍が後ろから、迫ってくるのが見えていたのだから。
「レオポルドさま!」
馬車のところへ、シルヴァとアレクセイがやってくる。
「来たのか?」
レオポルドは何が起こったのかを察した。
「はい、エルンストの追撃軍が目視されました! ここに来るのは時間の問題かと!」
「嘘だろ……」
レオポルドには打つ手はなかった。今のこの部隊には戦闘能力は全くに等しいほどなかった。それはシルヴァにも同様だった。
「あいつらが来るまでにゴリモティタに着けなかったな。みんな、覚悟をしてくれ」
フェリス達は思いの外、状況を飲み込みんでいた。レオポルドの表情が暗かったのはこのせいか。エレオノーラはそう確信した。
「ええ、覚悟はできているわ」
そういったのは意外にもフェリスとエミリアだった。父を失ったことで度胸がついたのだろうか。死を恐れていないように見えた。
「よし、それでは……」
レオポルドが命令を下そうとした時、先頭集団からの伝令が走ってきた。
「伝令!」
「なんだ?」
伝令は馬を全速力で走らせてくる。
「申し上げます! 前方にスコターディア帝国軍を確認!」
「なんだと!?」
レオポルドもシルヴァもそれは予想できなかった。全く思いつかないことが起きてしまった。
二人は唖然としている。
スコターディア帝国軍は、一人の黒い軍服を着た男が率いているようだ。その男は黒いマントを翻しながら、馬にまたがって、状況を把握していた。
「ハインリヒ様、如何なさいますか?」
この男の名はハインリヒというようだ。軍を率いていることから、かなりの実力者と見受けられる。
「いいか、我々の目的はエルンスト軍に対する強力ではない。レオポルドの退却部隊の保護だ。それをゆめゆめ忘れんじゃねえぞ!」
側近たちは頷きながら黙って耳を傾けている。
「今から、作戦を開始するが、もう一度言うぞ? 絶対にレオポルドの部隊を無事に保護するんだ! いいな!?」
「はっ!」
そう命令を下されたスコターディア帝国軍はレオポルドたちの保護に乗り出した。
「挟み撃ちにされたのか?」
レオポルドは未だ、なぜこの状況になったのかを理解できていない。
「いえ、今アインフォーラがスコターディアと手を結んでも、アインフォーラ側にはまったくメリットはありません。その可能性は低いでしょう」
「じゃあどうして?」
レオポルドもシルヴァも核心をつくことはできなかった。その間に、両軍はますますレオポルドたちとの距離を縮めていた。
ここでレオポルドは心なしか、スコターディア帝国軍がレオポルドたちからそれて進軍しているように見えた。ここでレオポルドの脳裏にはある考えがよぎった。
「ごちゃごちゃ言ってる暇なんかねえだろ! 戦うしかないんだ、いくぜぇ!」
アレクセイは威勢良く飛び出した。
「待て、アレクセイ! スコターディア帝国軍は我々には危害は加えないようだ! 進軍の経路は俺たちを避けている!」
レオポルドの予想外の発言をシルヴァもアレクセイも理解できなかった。
「そんなはずは……」
シルヴァは信じられなかった。
「本当なんだ! とにかく今はスコターディア帝国軍の経路から完全に外れるように移動しろ!」その命令を下してレオポルドはスコターディアの経路から外れると、レオポルドの思った通り、スコターディア帝国軍はエルンストの追撃部隊と激突した。
なんとか危機は免れることはできたが、そこにいる全員が、レオポルドとシルヴァでさえもこの事態を理解できなかった。
「一体どうなっているんだ……?」
レオポルドは疑問を抱えることしかできなかった。




