第46話 逃避行
馬を走らせてしばらくしてから、ようやくフェリスは落ち着きを取りもどした。今はただ、状況に呆然としているといったほうがいいだろうか。レオポルドも少し馬の速さを落とす。そんなフェリスにレオポルドは声をかける。
「フェリス、大丈夫か?」
フェリスは何も言わずにこくりと頷いた。
「エステバンのことは残念だった。ダリオだってそうだ。俺たちはこの戦いで死んでいったもののために生きているんだ。だから俺はきっと俺の理想を成し遂げてみせるよ。エステバンやダリオのためにも、そして何よりフェリス、お前たちのために」
レオポルドの決意を耳にしてもフェリスは無反応のように見えた。しかしフェリスは突然口を開く。
「お父様にはもう会えないのね……」
フェリスは悲しそうにそう呟いた。レオポルドの胸はつぶれそうだった。しかしフェリスは前向きだった。
「でもお父様が私たちを生かしてくれた。そんなお父様を私は誇りに思うわ。もうお父様には会えないかもしれない。でも私にはレオやエミリアがいる。これから先、きっと楽しいことが待っているわ」
フェリスの気持ちが少しは希望があるものだった。
「ああ、きっと楽しいことが待ってるさ。そのためにも今頑張らないとな」
レオポルドはニコリと笑って一安心した。
レオポルドたちは馬をかけて、先に出発していたシルヴァ、アレクセイの部隊に合流した。
「レオポルドさま! ご無事でしたか!」
「なかなか来ないから心配したぜ」
レオポルドが二人から歓迎を受ける。とにかくレオポルドはフェリスを乗るはずだった馬車に移して、シルヴァ、アレクセイと話を進めた。
「エステバンとダリオのおかげでなんとか切り抜けられたな」
レオポルドの言葉にシルヴァは顔を暗くする。
「エステバン様にダリオ様、本当に残念です。これからまだまだ二人のお力が必要だったのにもかかわらず、もういなくなってしまわれるなんて……。親交を持ってほんの少しでしたが、私にとってもお二人は大きな存在でした。レオポルド様にとってはなおさらでしょう」
シルヴァは二人の死を心から悼む。
「誰かを助けるために命を捨てるなんて、本当に立派だと思う。会って間もない俺にだってそれくらいはわかったさ」
アレクセイとしてもエステバンとダリオは大きな存在であったことを痛感していた。
「本当に残念だ。でも俺たちは生きているんだ。生きてあいつらに恩返ししよう。絶対に生きて、天下泰平の世を作ろう。そのために俺に力を貸してくれるな?」
「もちろんです」
「任せておけ」
レオポルドは知のシルヴァ、武のアレクセイに支えられてこれからもうまくいきそうだと思った。しかし、レオポルドとしても慣れ親しんだメガロシュを捨てるのは辛いことだった。
「俺は必ずメガロシュの地を取り戻してみせるさ」
そう呟いて隊列を進めた。
一方メガロシュでは、エステバンの奮戦もむなしく、エステバンがすでにメガロシュをその手に収めていた。兵士たちにはレオポルドを捜索させている。
「レオポルドは見つかったか!?」
エルンストはメガロシュ占領後、二日に渡って、遺体の検分を行わせている。エルンストは焦っている。あのような自分の地位を脅かす男は確実に始末したという証拠が欲しかったのだ。
「申し上げます!」
一人の兵士がエルンストの元へと現れる。
「レオポルドの部下、ダリオ=サヴォイアとエステバン=バスケスの遺体が見つかりました!」
その報告はレオポルドにとっては重要だったのかもしれない。しかしエルンストにとってはそんな二人の死などはどうでもよかった。
「報告ご苦労、もう良い、下がれ」
エルンストは傷心している。どうしてもレオポルドを始末したという確証がないのだ。あれこれと考えていると、ふとエレオノーラのことを思い出す。
「そういえばエレオノーラはまだ見つかっていないな……。一体どうしたのだろうか?」
エルンストのつぶやきに一人の側近が答える。
「帰ってくるには遅すぎます。おそらくはレオポルドにうまく懐柔されたに違いありません」
「何!?」
エルンストは驚いた。あんなにも気にかけていたエレオノーラがエルンストを裏切り、レオポルドについたなどにわかには信じられなかった。それが自分の中で事実として受け入れられるにつれて、怒りが増してきた。
「俺があんなにも気にかけてやっていたのに……。エレオノーラめ、許さんぞ!」
ここで兵士が再び報告に現れた。
「ただいま全ての検分を終えましたが、レオポルドの姿は見当たりません!」
レオポルド未発見の報告はエルンストをさらに苛立たせる。
「ええい、もう良い! おそらく奴らはゴリモティタに逃げたのだろう! 今すぐ追討軍を出せ!大急ぎだ!」
エルンストの命令はレオポルドの予想通りに出されていた。エルンストの追討軍が出発したのは、レオポルドらが逃げてからすでに二日が経っていたが、追いつかれるのは時間の問題であった。
「あとどのくらいでゴリモティタに着く?」
「おおよそ二日かと」
領民を連れているということもあって、隊の移動速度は通常よりもかなり遅かった。それに伴い、ゴリモティタまでの所要時間も長くなっていた。
「エルンストは必ず追撃軍を出してくる。それまでにゴリモティタにたどり着きたいのだが……」
そんな器具の中、馬車の中の女四人組は楽しそうに話していた。楽しそうと言っても、リンダとエレオノーラがエミリアとフェリスを励ますためのわざと、おかしく振る舞っているだけだった。
「それで、庭を掃除していたらいきなりネコが出てきて、私に飛びかかってきたんですよ! あの猫可愛かったな〜」
リンダの他愛のない日常の話を聞いて笑っているのはエレオノーラだけだった。フェリスとエミリアは暗い顔のままだ。リンダは気を遣い始める。
「私の話、面白くありませんか?」
リンダは申し訳なさそうにしている。
「ううん、そんなことないわ。今はただ、そっとしておいてほしいの。励ましてくれるのはとっても嬉しいの。でも、今はもうそっとしておいて……」
フェリスは黙っていたがエミリアは自分の気持ちを正直に伝えて、リンダとエレオノーラに気を遣わなくてもいいことを示した。フェリスも同じ気持ちだったのだろう。
「私だけですね、家族がいるのは」
エレオノーラは申し訳なさそうにそう言う。
「私はお父様にもお母様にも大きな愛情を注がれて過ごしてきました。だから、お二人の父を亡くされた気持ちは私にはわかりません。でも、私たちはお二人に、いつも元気なエミリア様と、いつも優しいフェリス様に戻ってもらいたいだけなのです」
エレオノーラの訴えは二人の心に届いたようだ。
「ありがとう。早く立ち直れるように頑張ってみるわ」
エミリアは二人の優しさをありがたく思った。こうして、4人の絆は深まったが、この隊に再び危機が迫っていることを4人は知る由もなかった。




