第45話 度重なる離別
レオポルドらが会議を終えて会議室から出ると、そこにはエミリアがいた。
「どうして、お父様は死んだのかちゃんと教えて?」
エミリアは事態を飲み込んで、レオポルドに怒りというよりは単純に疑問を込めているようだった。
「シルヴァとアレクセイは領民の避難用意を。エステバンは1000の兵の出陣準備をしておいてくれ」
レオポルドはエミリアと話す前に、他の三人をその場から離した。レオポルドはその問いに答えられなかった。
「早く答えて!」
エミリアの目には涙が浮かぶ。
「ダリオは俺たちを守るために、俺たちの退却のしんがりをかって出てくれた。俺は止めようとはしたが、もう遅かった。俺たちはダリオに生かされた。俺の力不足だ、本当に申し訳ない」
レオポルドはエミリアに深々と頭を下げた。もちろんこんなことで、レオポルドは許されるとは思っていない。しかしこうする他、レオポルドには何もできなかった。
「レオを守って死んだんなら、きっとお父様は幸せだった。いつも言ってたもの、俺はレオポルドさまに仕えられて幸せだって」
エミリアはレオポルドは悪くないと思っている。それでもやはり、エミリアは涙を止めることてゃできなかった。
「ダリオはエミリアに伝えてくれと言ったことがある。『この身朽ちようとも、我が魂はいつもエミリアのそばにいる』。そう言っていたよ」
レオポルドがそう告げた瞬間、エミリアは大声を上げて泣き崩れる。レオポルドは責任を感じずにはいられなかった。レオポルドの拳は強く握り締められていた。
「いいの、きっとお父様は幸せだった。だから、レオが責任を感じる必要なんかないわ」
エミリアの意外な言葉にレオポルドは驚いた。これにエミリアは続けた。
「でも約束して。お父様がレオと見たかった世界を必ず実現させて。そうでないとお父様が報われないわ。約束よ、レオ」
エミリアの願いにレオポルドはエミリアの手を固く握りしめて誓う。
「ああ、俺は必ず、天下を治めて平和な世を作ってみせる。ダリオのため、なにより、ここにいるみんなのために」
レオポルドの誓いをエミリアは何も言わずに聞いていた。
「レオポルドさま、領民の避難準備と、エステバンさまの出陣準備が整いました」
シルヴァの報告をレオポルドは領主邸の前で受ける。
「そうか、ご苦労だった」
その中にはフェリスもいた。フェリスは素朴な疑問を持った。
「お父様が出陣ってどういうこと? お父様も一緒に逃げるんじゃないの?」
いや、逃げないよ。エステバンはその身を以って、俺たちに退却させるんだ。こんなことは言えるわけがなかった。レオポルドとシルヴァが黙っていると、そこにちょうど、エステバンが姿を現わす。フェリスはエステバンに駆け寄る。
「お父様、一緒に逃げるのですよね? これから戦いに行ったりしませんよね?」
フェリスの問いにエステバンは笑って答える。
「いいかフェリス。私はレオポルドさまとこのメガロシュ領民、そして何より、フェリスが無事に退却できるようにエルンストのやつと戦ってくるのだ。だから、一緒には逃げれんのだ」
「どうして!?」
フェリスは必死にエステバンを説得する。
「お父様、そんなことしたら、死んでしまいますわ! そんなことはあってはなりません! 一緒に逃げましょう、レオからも何とか言ってよ!」
レオポルドは黙ったままでいる。フェリスの必死の説得はエステバンの心には届いていた。フェリスがこんなに優しく育ったことが純粋に嬉しかった。しかし、エステバンはその優しさに甘えることはできなかった。
「それはできん」
エステバンはその言葉しか言わなかった。これ以上話してしまうと、娘に泣き顔を見せてしまうかもしれない、そう思ったからだ。
「どうして!? 一緒に逃げましょう!」
「いい加減にしろ!」
フェリスの同じ言葉の繰り返しに、エステバンは望まない叱責をしてしまう。
「今ここでレオポルドさまが亡くなられれば、ここにいる全員の未来はない! それにこんな老いぼれにこの先できることなどないのだ! お前たち若者たちがこれからの世界を作っていくのだ! そのためにもこれは必要なことなのだ! なぜそれがわからんのだ!」
エステバンは心を鬼にして、フェリスをしかった。フェリスも諦めたようだ。フェリスはエステバンに抱きついて、今上の別れを嘆く。
「すまん、すまんなフェリス……」
エステバンの目元は濡れていた。そんな状況を見ていた誰もが涙を流さずにはいられなかった。そんな親子の絆を感じさせるシーンは長くは続かなかった。
「エルンスト軍がすぐそこまで迫っています!」
「いよいよか……」
レオポルドらは撤退の準備、エステバンは出陣の準備をそれぞれする。
「じゃあエミリア、エレオノーラ、リンダ、フェリスは馬車に乗ってくれ、もう時間はない」
フェリスを除いた全員が馬車に乗る。フェリスはエステバンを馬車の中から見送ることなどできなかった。レオポルドもフェリスを急かさないでいる。レオポルドはシルヴァに命じて、先にレオポルドとフェリス以外を出発させた。
「では行ってまいります、いざ出陣ぞ!」
エステバンは号令をかけて軍を進めた。
「お父様!」
フェリスはエステバンを追おうとするが、レオポルドに手を持たれ、止められてしまう。その声を聞いたエステバンが振り返る。
「レオポルドさま! これからの未来を作るのは、若きものですぞ! このエステバン、その役目、あなた様にお任せしましたぞ!」
「ああ! 俺は必ず成し遂げてみせる!」
エステバンの呼びかけにレオポルドは固い意志とともに返事をした。
「フェリス! この私がいなくなっても、お前は一人ではない! エミリア、エレオノーラ、リンダ、それにレオポルドさまがお前のそばにはおられる! 生きるのだ! そして、たまにでいい! たまにでいいから、この父のことを思い出してくれ! そうすれば、父は永遠にお前の中で生き続ける! ではさらばだ!」
「お父様!」
フェリスは父を呼ぶことしかできなかった。レオポルドはフェリスに父との別れをちゃんとさせてやりたかった。しかし時間がなかった。
「フェリス、行こう」
「うん……」
そう言って、レオポルドはフェリスを馬に乗せて、フェリスを前にして、馬に乗る。レオポルドが馬を出そうとする。
「嫌……」
フェリスのつぶやきはレオポルドの耳には届いていた。それでもレオポルドは構わず、馬を全速力で出した。
「嫌! レオ、馬を止めて! 私もお父様と一緒に死ぬ! 下ろして!」
フェリスの気持ちは痛いほどよくわかった。それでもレオポルドはエステバンにフェリスを任された以上、このフェリスの願いを叶えることはできなかった。
「すまん!」
レオポルドは馬の速さを落とさない。
「レオ、下ろして、下ろしてってば!」
フェリスは馬の上で手を振り回す。それがレオポルドの顔に当たる。普段のフェリスなら、こんなに荒れることはない。しかし、状況が状況だ。レオポルドは顔の痛みに耐えて、馬を走らせる。「下ろして!」
そう言ってフェリスはなおも暴れ続ける。フェリスの手がレオポルドの顔に何度も当たる。レオポルドの顔からは既に血が出ていた。しかし、この痛みはフェリスの心の痛みに比べれば、痛くも痒くもなかった。
「お父様!」
フェリスの悲痛な叫びはレオポルドの耳元で何度も反芻された。フェリスは必ず守ってみせる。馬を走らせながら、レオポルドは思った。若者が未来を作る。レオポルドの頭の中ではエステバンの言葉が鳴り響き、新しい世界を作ることを心に固く誓った。彼らの未来を照らすように空は明るく晴れていた。




