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平民王子の覇道  作者: 宮本護風
第5章
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第43話 エルンストの脅威

「何だと……!?」

出陣したレオポルドが目にした光景は驚くべきものだった。本当にエルンストが侵略に出ていたのだ。レオポルドは圧倒的兵力差に戦慄する。

「シルヴァ、何か策はあるか!?」

レオポルドには策が全く思いつかない。

「この状況では何とも……。戦力差がありすぎます。それにエルンストさまは策士と聞きます。さすがにこれではなす術はありません」

シルヴァにもお手上げだった。レオポルドとシルヴァにわからないのだ、ダリオやエステバンに策がないのは言うまでもない。

「力勝負じゃどうにもならないしな……」

アレクセイの槍の技術をもってしても、ここでは無謀な突撃になることは避けられなかった。もはや彼らにはどうしようもなかった。

「まさか独立を決意して、ようやく楽しくなってくるってところでこんな危機が俺の前に立ちはだかるとはな……」

レオポルドは怒りとやるせなさを感じていた。人生とはこんなにも恵まれないものなのか。レオポルドは自分の運命に半ば絶望していた。

「とにかく、黙って立っているわけにはいきません。レオポルドさま、ご命令を」

シルヴァはレオポルドの指示を待つ。

「とにかく軍を台地の隙間の前に待機させて、エルンスト軍を隙間におびき寄せて、そこで力を均衡させて、数を減らしていくしかない」

レオポルドは初めて指示を自信なく出した。メガロシュにはスコターディア帝国の侵略の時にも役立った多くの台地の隙間があるのだが、エルンストにそんな小手先の策略が通用するとは思わなかった。そんな中でも統率者は兵士を鼓舞しなければならない。

「皆の者! 我々の故郷は今、危機に立たされている! それを救うのは俺ではない、君たちだ!メガロシュを救うため、力を貸してくれ!」

そんなレオポルドに兵士たちも猛々しい雄叫びをあげて、レオポルドの思いに応える。その声はエルンスト陣営にもかすかにではあるが届いていた



「レオポルド、やはり生きていたか」

エルンストはぼそりと呟く。

「どうしてお分かりになるのですか?」

そこにはトラヴィスの姿もあった。トラヴィスがエルンストに尋ねる。

「見ればわかるさ。大きな雄叫びが聞こえるだろう。あれはレオポルドの号令に答えたものだろう。レオポルドには人望があるからな、あんな歓声はレオポルドなくしてはメガロシュでは聞けんだろう。俺が警備兵を各地に設置して、取り締まったっていうのに、それを逃れるとはな、しぶとい奴だよ、全く」

エルンストの明確な指摘にトラヴィスは感服する。

「それにしても、レオポルドの奴め! 父上の恩を忘れて、その手にかけ、この国の権力を狙うとは! 父上の仇はこの俺が必ず取ってみせます!」

トラヴィスの目には悔しさと、悲しみの涙が浮かんでいた。クラウス王を手にかけたのはエルンストとも知らずにだ。隣にいたエルンストはトラヴィスを心の中で、頭が回らないやつだとほくそ笑んでいた。

「それでは行こうか、やつは恐らく、台地の隙間に我々をおびき寄せて、そこで力を均衡させ、迎え撃つ気だろう。その裏をついて、我々は台地に上って、上から駆け下りて、または上から弓で攻勢を仕掛けるぞ」

エルンストはレオポルドの策を完全に読んでいた。



メガロシュ軍は台地の隙間の出口の前で待ち構えていたが、一向にエルンスト軍は現れない。それに兵士たちはすっかり注意力散漫になっている。

「まだ来ないな……」

レオポルドとしてもすっかり待ちくたびれている。

「まだ来ないということはエルンスト軍も同様に待機しているか、それとも違う経路で作戦を展開しているかのどちらかですね」

シルヴァの冷静な判断にレオポルドは洞察を働かせる。

「攻勢を仕掛けるにしても、するとしたら、この台地の隙間を通過しなければ、メガロシュへはかなりの遠回りになる。メガロシュからあの距離に陣を張っていた時点で、遠回りはありえないだろう。そう考えると、あとはこの台地を乗り越えるしか……」

ここまで洞察を働かせた時点でレオポルドはある、もっとも怒ってはいけない、最悪の想定をしてしまった。高いところに登った時点で高い方にいる側に優位が決定するという、兵法の基礎をレオポルドは完全に忘れていた。

「そうだとしたらかなりまずいのでは!?」

シルヴァもレオポルドと同じ想定をした。

「まずいとかそんな程度の話ではない! 今すぐ退却するぞ、退却の合図を出せ!」

退却の太鼓が打ち鳴らされる。

「なんだ? 退却か?」

「どうして今退却なんだよ、敵がすぐそこに迫ってきてるってのに」

兵士たちはもはや戦う者としての自覚に欠けていた。兵士たちは退却の合図に無頓着になり、雑に退却を始めた。

「なぜ兵士たちはついてこない!?」

すでに退却を始めているレオポルドとシルヴァ、アレクセイは兵士たちが退却しないことに動揺している。そこにダリオとエステバンも合流する。

「レオポルドさま、これはどういうことでしょうか!?」

ダリオとエステバンは退却の理由を確かめかねている。

「あこに待機したままではエルンスト軍の餌食だ!」

レオポルドがそう言った瞬間、後ろの台地の上から、エルンスト軍が現れた。

「やはり待ち構えていたのか。全軍突撃!」

一斉にエルンスト軍が台地から滑り降りてくる。

「うわあああぁ!」

予想だにしない襲撃を受けたレオポルド軍はなんの対応も取れず、次々とエルンスト軍の餌食となっていく。一方的な攻撃にレオポルド軍は総崩れとなった。

「くそっ、だから退却の指示を出したのに、なぜ退却をしなかった!」

レオポルドは退却命令を無視した兵士を疑わしく思うと同時に、次々と死んでいく彼らに哀れみの念を感じた。

「これからどうなさるおつもりですか!?」

シルヴァも最早この戦いを諦めている。

「とにかくメガロシュ内に戻るぞ! 考えるのはそれからだ!」

レオポルドはそう叫んで、後ろから追いかけてくるエルンスト軍から逃れた。


エルンスト軍はレオポルド軍を完全に駆逐した。その中でのレオポルド探しが始まる。

「レオポルドは死んでいますかね?」

トラヴィスはレオポルドが死んでいることに懐疑的だ。レオポルドはこれまでも様々なところでその悪運の良さを発揮してきたからだ。

「さあな、いずれにしろあのメガロシュを落とせばはっきりすることだ」

そう言ったエルンストは兵士の報告を受ける。

「一通り探しましたが、レオポルドの死体は見つかりません!」

「やはりな、あいつは一体どこまで生き続けるつもりなんだろうな」

エルンストはまだ生きていることレオポルドを完全に腫れものと感じていた。しかし今ではそんなことはどうでもよかった。この勝負はすでに決着がこの時点でついていたのだから。エルンストはレオポルドがどのみち死ぬことを確信していた。


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