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平民王子の覇道  作者: 宮本護風
第4章
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第41話 真の強さ

レオポルドは領主邸に帰還した。もうすっかり夕食の時間だ。メイドたちは夕飯作りに精を出している。

「その食器はあっち! 今日の飲み物はこれ!」

他のメイドたちに指示を出せるくらいにまで、リンダはメイドに慣れたようだ。

「リンダの働きはどうだ?」

レオポルドは爺に尋ねる。

「ああ、あの娘ですか。ええ、とってもよく働いてくれます。こちらとしても、人手が増えて大助かりです」

爺はリンダの働きに満足しているようだ。



夕飯の支度が整い、レオポルドは食事を始める。しかしエレオノーラの席には、エレオノーラはいない。

「エレオノーラはどうした?」

レオポルドは全員が揃わないと、食事にも手をつけられない。エレオノーラには早く来てほしい一心だ。

「エレオノーラさまは夕飯はいらないとおっしゃっておりました。なにやら体調がすぐれないとか」

シルヴァがレオポルドにエレオノーラの状態を伝える。

「そうか……。みんなで食べたかったけど仕方ないな」

レオポルドは食事に手をつける。

「お気をつけください」

シルヴァは唐突にレオポルドに勧告をする。

「ああ、エレオノーラの事だろう」

レオポルドもシルヴァの言わんとすることを理解している。

「あの様子ではレオポルドさまを襲わないとも限りません。仕掛けてくるとしたら、今夜でしょう。警備をつけるべきかと」

「その必要はない」

レオポルドはシルヴァの提案を退ける。

「何か策でもあるのか?」

アレクセイがレオポルドに尋ねる。

「ああ、まあそんなところだ」

何か策があるのだろうか。シルヴァはそう思ってレオポルドを信じることにした。

「レオポルドさまのことです。また何か策があるのでしょう。私はレオポルドさまを信じるとしましょう」

「ああ、任せてくれ」

夕焼けは消え、あたりは暗くなっていた。



夕食も終わり、もう寝る時間となるほど、夜は更けていた。全員が寝静まった頃、エレオノーラは行動を始める。懐には短刀が収められていた。

「エルンストさまが嘘なんてつくはずがない。私はレオポルドを始末する。そうすれば、もうあいつのことを考えずに済む」

エレオノーラがレオポルドを暗殺しようとするのは、エルンストの命令だから、というわけだけではなかった。もうレオポルドのことを考えたくなかったのだ。レオポルドがいなくなれば、悩み苦しむこともないと考えていた。

暗闇の中を静かに動いて、レオポルドの部屋へと向かう。どうやら誰にもバレていないようだ。この移動の間ですらも。エレオノーラはレオポルドのことを考えていた。

「あいつを殺したら、もうあいつのことは考えなくて済む。なのにどうしてこんなに気分が悪いんだろう」

エレオノーラはずっと悩んでいた。

そうこうしていうるうちに、レオポルドの部屋へと到着した。エレオノーラは、扉を開けて、部屋に入る。部屋は静まり返っている。中を進むと、レオポルドのベッドらしきものを発見した。ベッドは膨らんでいた。レオポルドが寝ているに違いない。エレオノーラは懐から短刀を取り出す。

「これで終わりです!」

エレオノーラはレオポルドの体に短刀を突き立てた。

「!?」

しかし感覚は、人を刺したそれとは違う。何かこう、柔らかいものだった。エレオノーラはレオポルドを始末できなかったことに気づく。

「どうして?」

エレオノーラが動揺している後ろで、奥の扉がすうっと開いて、誰かの足音が聞こえてきた。それを聞き逃すほど、エレオノーラは鈍感ではなかった。

「誰!?」

エレオノーラは即座に臨戦態勢をとる。

「いい構えだ、とても実戦経験が少ないとは思えないな。さすが王都直属の女剣士といったところか」

そこにはレオポルドが立っていた。レオポルドはなぜだかわからないが、微笑んでいた。殺されかけたにもかかわらずだ。エレオノーラはそんなレオポルドの姿に恐れを抱いた。

「どうして私があなたを襲うとわかったのですか!?」

エレオノーラは自身の計画をレオポルドに読まれていたことに動揺する。

「わかるさ、なんせ2、3日、一緒に行動したんだから」

エレオノーラはレオポルドの言葉をまた疑う。エレオノーラはレオポルドの嘘が発覚して以来、まともに信じられないでいる。そのジレンマをレオポルドにぶちまける。

「あなたはわからない!」

大きな声でエレオノーラは叫ぶ。

「あなたはエルンストさまから聞いていた様子とは全く違います! 私と行動してる間は、私のことを気遣ってくれて、そして嘘がバレて、私があなたをないがしろにしても、なお優しくしてくれた! もうあなたのことがわからないのです!」

レオポルドは黙ってエレオノーラに聞き入る。

「ここメガロシュのみんなにも好かれているし、最低の領主としての姿を垣間見ることもできない! どうしてもあなたのことがわからないのです!」

「だから殺すのか?」

エレオノーラの言葉にレオポルドは冷静に返す。エレオノーラはレオポルドの予想外の言葉に何も言えずにいる。

「いいよ、殺しなよ」

レオポルドはなおも繰り返す。エレオノーラはレオポルドを殺せるのだ。それでも彼女はレオポルドを先ほどとは違って、躊躇なく刺すことができない。次第にエレオノーラの手は震えてくる。しばらくそのままで時間が経った。

「それがお前の本当の気持ちだ。お前に俺は殺せない」

レオポルドはその言葉で空隙を潰した。エレオノーラは必死に否定する。

「違う! 私はあなたを殺したい!」

「でも、殺せていないじゃないか」

レオポルドの的確な指摘にエレオノーラは言葉を失う。

「それでいいんだよ」

レオポルドは固まっているエレオノーラに言葉をかける。

「エルンストに何を吹き込まれたのかは知らない。でもお前は俺の姿を垣間見て、俺がその言葉とは違うことを知った。だから殺せないんだ」

エレオノーラは黙ったまま俯いている。

「お前は真に強いのだ」

レオポルドの言葉はエレオノーラには意外だった。

「よく考えて、殺そうと思っても、容易には殺せない。その優しさこそが人を殺すことよりも難しい強さなのだ。これをできるエレオノーラは、1000人を殺したと誇っている戦士よりもきっと強いのだ」

エレオノーラには目からウロコだった。これまで、人を殺すのが強さだと考えていたエレオノーラは新たな考えを知った。

「お前はそれでいいんだよ。無理に変わらなくていい。だってお前はもう十分強いんだからな」

エレオノーラは自分の良さを見つけて、強さを認めてくれているレオポルドを今度こそ信じたくなった。エルンストの言葉が嘘だったことにも気づいた。エレオノーラはレオポルドについていくことを誓った。

「レオポルドさま、これまでの数々の無礼をお許しください。できることなら、あなた様についていきたいと思います」

エレオノーラの申し出にレオポルドは笑顔で頷いて、快諾した。暗闇の中から、日の出が見え始めていた。


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