第33話 悲しみの果てに
「さあ、エミリアさま、メガロシュが見えてきましたぞ」
「うん……」
一方その頃、シルヴァとエミリアは馬を王都から駆り続け、ようやくメガロシュへと至ろうとしていた。シルヴァは陽気に振舞おうとするが、それが強がったものに見えてしまうのだろうか、エミリアはどうしても無事にメガロシュへ到着したことをまだ素直に喜べないでいる。
「レオポルドさまはきっとご無事でございますよ」
シルヴァはこの言葉を馬に乗っている間、何度も何度も、エミリアを元気付けるためにかけ続けた。もう幾回かけたのかも忘れてしまった。それほどエミリアは元気がなかったのだ。今回もエミリアの表情は暗いままだ。
そうこうしているうちにメガロシュへと到着した。二人はメガロシュの中心である領主邸へと向かう。その間で、領民たちはシルヴァとエミリアはいるのだが、レオポルドがいないことを疑問に思う。
「レオポルドさまがいらっしゃらないぞ」
「一体どうしたことか」
領民たちの不安が募る。シルヴァは領民に不安を募らせないために、人目につかないように隠れながら領主邸へと向かった。
二人が領主邸に到着すると、そこには玄関を掃除するリンダの姿があった。
「あっ! おかえりなさい、シルヴァさんにエミリアさん! みんなで帰ってくるの待ってたんだよ!」
「そうですか、お待たせしましたね」
「ところでレオの姿が見えないんだけど?」
シルヴァはまだリンダにはレオポルドがいないことを隠そうとする。これを言うのはみんなが揃っているところでないといけない。そう考えたシルヴァはリンダにダリオやエステバンを会議室に集めるように伝えた。
「そのことについてはダリオ様やエステバン様、フェリス様をはじめ、各々が集まったところで事情を話そうと思います。つきましてはリンダさん、皆さんを会議室に集めてはいただけないでしょうか?」
「はい、お任せください!」
リンダは笑顔でシルヴァの頼みを受け入れた。しかし去り際に、エミリアの表情が暗いことに気づき、理由を尋ねる。
「エミリア、さっきから思ってたんだけど、すごく表情が悪いわよ? どこか具合でも悪いの?」
「ううん、少し馬に酔っただけ。心配してくれてありがとう」
エミリアはレオポルドのことで思い悩んでいるなどとは言えない。それを聞いたリンダは何か引っかかっているようだったが、それ以上は追及しなかった。
「なら良いんだ。ごめんに、変なこと聞いちゃって」
そう言ってリンダはシルヴァに言われた通りにみんなを会議室に集めた。
シルヴァとエミリアが帰ってきて、諸々の用意をしたのちに会議室へ向かうと、もう既に全員が集まっていた。
「王都までのレオポルドさまの護衛、お疲れ様でしたな、シルヴァどの。シルヴァどのが心配したように、何も危険なことは起こらなかったでしょう」
エステバンの指摘に、シルヴァとエミリアは真っ向から否定したい気持ちだ。
「エミリアもお疲れ様。私の代わりにレオのお付きの女の人になってくれてありがとうね。あの日体調不良を起こしていなかったら、私がレオと一緒に行けたのになぁ……」
のんきなフェリスにエミリアは怒鳴り散らしたくなった。しかし、今の彼女にそんな元気はなかった。
「エミリア、王都までご苦労だったな。そんなことより、顔色が悪いが何かあったのか?」
ダリオはエミリアの労苦をいたわるとともに、表情の暗さを気にかけた。
「なんでもないわ、馬に酔っただけよ」
「それなら安心だ」
ダリオの親切ささえも今のエミリアには憎らしく感じられた。レオポルドを見殺しにしたかもしれないのに、自分だけがいたわられている状況が許せなかったのだ。
「ところでレオポルドさまのお姿が見えんが、どうなされたのかな?」
「そのことですが……」
疑問を投げかけるみんなにシルヴァは徐々に事情説明をはじめる。
「単刀直入に申し上げます。レオポルドさまは今ここにはいらっしゃりません」
全員の顔が豆鉄砲を食らった鳩のような顔つきになる。
「どういうことなの?」
フェリスは何も状況を理解できていないようだ。シルヴァはさらに深くまで事情を話す。
「レオポルドさまが、王都に訪問された際、ちょうど王都ではエルンスト王子のクーデタが発生しました」
「何だと!?」
ダリオが大きな声で驚きを示す。
「したがって、クラウス王はエルンスト王子により暗殺され、今の権力は実質的にはエルンストさまが掌握していらっしゃいます」
「まさかレオポルドさまはその混乱の中で……?」
勘のいいエステバン。フェリスはあまりの事態にまだ何も飲み込めないでいる。
「はい。エルンストさまは、自身の最大の敵はレオポルドさまだと思われていたようです。そのため、この混乱に乗じて、レオポルドさまを暗殺の首謀者に仕立て上げ、反逆者として、亡き者にしようとしました。そこに私がなんとか参上したのですが、レオポルドさまは怪我を負っていらして、万全の状態ではあられず、私の力ではどうにもなりませんでした。そのためレオポルドさまは、私たちを助けるために、囮となられました。今の所、無事かどうかはわかりません。生きているのかも死んでいるのかも何もわかりません」
「私のせいなのよ!」
冷静に事情を説明するシルヴァの隣で、エミリアが感情的に叫ぶ。
「私がドジだったから、レオは私を守って怪我したの! 私を守るためにレオは囮になったの! 全部私のせいなのよ!」
エミリアはそう言って泣きくずれる。フェリスは状況を理解したのか落ち着いた表情をしている。そんな中でダリオとエステバンは驚愕の意を隠せない。
「レオポルドさまが、まさか……?」
「なんということだ……」
シルヴァも彼らの反応を受けて、うなだれている。しかし、そんな中で、フェリスだけが冷静に、前を向いていた。フェリスは泣き崩れているエミリアに歩み寄り、優しく声をかける。
「エミリア、あなたのせいじゃないわ。もう泣き止んで」
「触らないで!」
エミリアは優しく伸ばされたフェリスの手を乱暴に振り払う。
「フェリスにはわからないわよ! フェリスは良かったわよね、行かずに済んで! だって私みたいに辛い思いをしなくても良かったんだもの、責任を感じなくてもいいんだもの!」
そう言ってエミリアは、また泣き出す。
「馬鹿!」
そんなエミリアをフェリスは引っぱたいた。フェリスの予想外の行動にエミリアを含め、全員が驚く。
「レオがなんであなたを助けたかわからないの!? エミリアに生きて欲しかったから、笑って欲しかったからじゃないの!? 確かに私にはエミリアの気持ちはわからない。でも、レオがエミリアを悲しませるためにエミリアを助けたんじゃないことはわかるわ!」
フェリスの心からの叱咤にエミリアは聞き入る。
「みんなだってそうよ! レオは必ず帰ってくるわ! それなのに、今の状況に絶望して、何もしようとしない! レオがいないこんな時だからこそ、みんなで力を合わせる必要があるんじゃない!」
フェリスの演説はみんなの心に響いた。
「フェリスさまのおっしゃる通りです。レオポルドさまは私にレオポルドさまが不在の間のメガロシュを任されました。私はレオポルドさまを信じて、メガロシュの繁栄に努めます。あなたのおかげで目が覚めました、ありがとう、フェリスさま」
シルヴァはフェリスの激励に自信を取り戻した。
「お礼を言われるようなことはしてないわ。そんなことより、お父様もダリオ様もシルヴァさんと一緒にレオがいない間のメガロシュを治めるのがこれからの仕事ですよ」
「そうだな、お前のおかげで私たちも今すべきことに気づいたよ、ありがとう、フェリス」
エステバンが代表して、フェリスに謝する。
「フェリス……」
エミリアがフェリスに声をかける
「私はやっぱり、レオが帰ってくるまでは安心できないわ。でも徐々に立ち直れるように頑張ってみる。だからフェリス、私を助けて」
「もちろんよ、さっきは手を出しちゃってごめんね?」
「いいわよ、私のためだったんでしょ」
エミリアは胸のサファイアを握りしめた。
「レオはきっと生きてるわ」
目を閉じながら、そう祈った。




