第29話 罠
レオポルドとエミリアはエルンストが遣わしてくれた馬車に乗って、レオポルドの屋敷へと向かっていた。ちょうど雨が降り始めていたので、馬車移動になったのは運が良かったというべきか。
「エルンストさんって優しい人ね。レオポルドのことを本当に気にかけてたっていうかさ」
エミリアはエルンストの本性も知らずに良い方向へと評価する。
「妙なんだよな……」
レオポルドはいつものエルンストの姿を見ているから、今日のエルンストに態度がおかしく感じられた。その事情を知らないエミリアはレオポルドを叱る。
「レオ、せっかく優しくしてもらってるんだから、妙とか言ったら失礼じゃない」
「いや、いつもはあんな人ではない」
「どういうこと?」
エミリアはレオポルドの発言に疑問を抱く。
「いや、これはお前には関係のないことだ。今日は黙ってエルンスト兄上のご好意に甘えるとしよう」
そうして会話している間に、レオポルドたちは屋敷についた。
「おかえりなさいませ」
「ああ、留守番ご苦労さま」
レオポルドの従者たちが一斉に出迎える。
「お食事の用意が出来ておりますが、いかがなさいますか」
「今日は疲れたから、俺とエミリアの分を、俺の部屋に持ってきてくれないか」
「かしこまりました」
従者たちはレオポルドの意向に従う。
「じゃあ行こうか、エミリア」
レオポルドはエミリアを連れて、自分の部屋へと向かった。
部屋について、食事の用意が出来て、二人は会話をしながら夕食をとる。しばしの間、沈黙の時間が続く。
「ねえレオ」
「ん?」
レオポルドはエミリアから唐突に質問を受ける。
「さっき言いかけてたけど、エルンストさんが妙ってどういうことなの?」
エミリアから鋭い指摘を受ける。エルンストの本性が冷酷であることをエミリアに伝えるべきか、レオポルドは悩む。その結果、再びしばらくの沈黙が生じた。
「ねえレオってば」
答えを急かすエミリアに、レオポルドは意を決した。
「実はエルンスト兄上は、俺を陥れようとする筆頭なんだよ。いつもならもっと皮肉ったことを言うのに、今日は気持ち悪いくらいに優しかった。単にエミリアがいるからとは思えないんだよ。だから妙なんだ。兄上に何かあったのかもしれない」
エミリアはレオポルドの発言に驚いた、エミリアからしてみれば、エルンストは好青年そのものだったのに、裏切られた気分になった。
「なにそれ! 男のくせに女々しいことするのね、あの男は!」
エミリアの態度が急変する。レオポルドはそれを諌める。
「やめておけ、王族批判は重罪だぞ」
「それでも……」
エミリアがなにか言いかけた瞬間、従者の叫び声が聞こえた。それに続いて、誰とも知らない男の声が聞こえる。
「我々は王都警備兵である! エルンストさまの命により、王の暗殺の張本人、レオポルド=リオス=アインフォーラを粛清しに参った! レオポルドさま、王国の秩序を乱されたその罪、命を以って償ってくだされ!」
レオポルドとエミリアはその声に呆然とする。今日王都に入ったばかりのレオポルドに暗殺などできるわけがない。ましてや、育ての親である王を暗殺など、レオポルドにはできるわけもない。レオポルドはエルンストにはめられたのだ。これを機に、エルンストはレオポルドを王都に滞在させ、レオポルドを亡き者にすることを狙ったのだ。やはりエルンストの異常な優しさには裏があった。
「やはりそうだったか、エルンストめ! 俺をハメやがったな!」
レオポルドが怒りに震える。声色が完全に変わりきっている。エミリアはレオポルドの聞いたことがない声に畏怖する。
「レオ……?」
エミリアはこの状況をどう乗り越えるのかをレオポルドに聞こうとした。が、レオポルドの答えは尋ねるまでもなく、返ってきた。
「お前だけは守ってみせる!」
レオポルドがそう答えた直後、警備兵達がレオポルドの部屋へと入ってきた。数は10人ほどだろうか。いや、レオポルドにとってはそんなことはどうでもよかった。とにかくエミリアを守れることのできる敵の数だったことがわかれば、それ以上はどうでもいいのだ。警備兵の一人が口を開く。
「レオポルドさまとお見受けいたす。その罪により、お命頂戴いたす!」
「ふざけやがって……。かかってこい!」
レオポルドのエミリアを守りながらの圧倒的不利な戦いが始まった。
10人もの警備兵が一斉にかかってくる。エミリアがいなければ、レオポルドの相手ではないのだが、守りながら戦うとなると、分が悪い。
「はああっ!」
レオポルドはエミリアを守ることに全力を尽くしていた。自分はどうでもいい、ただエミリアを失いたくない。その一心で戦っていた。
レオポルドは一人、また一人と、着実に敵の数を減らしていく。
「レオ……」
心配そうにレオポルドを見つめるエミリア。突如、警備兵の一人がエミリアを倒せばいいことに気づいた。
「おい、あの女を捕らえろ!」
捕らえやすくするように、怪我を負わせるための短剣が投げられた。
「きゃあっ!」
エミリアはかわす間も無く、ただ悲鳴をあげて、目を閉じることしかできなかった。彼女は生きた心地がしなかった。どういうわけか、自分の体には痛みはない。しかし、目を開けて前を見ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「レオ!」
「ぐぅ……」
レオポルドはエミリアをかばったのだ。致命傷にはならなかったようだが、レオポルドの左肩からは真っ赤な血が滝のように溢れ出ていた。
「大丈夫か、エミリア……」
レオポルドは苦しそうに声を出す。
「うん、大丈夫だよ! レオが守ってくれたから、なんともないよ!」
エミリアがレオポルドの元へ駆け寄ってレオポルドの心配をする。
「全く馬鹿な男だ。自分の命より、女の命を優先するだなんて、こいつは大バカ野郎だぜ。さあ、今楽にしてやるからよ!」
「これまでか……」
レオポルドが諦めかけたその時、突如、警備兵達の悲鳴が聞こえる。
「何事だ!」
「わかりません! 曲者です、ぐあぁ!」
警備兵達を倒してレオポルドの前に現れたのは、なんとシルヴァだった。
「無事でいらっしゃいますか、レオポルドさま」
レオポルドは安堵した。
「よく来てくれたな、シルヴァ。でもどうしてこうなることがわかったのだ?」
「私はレオポルドさまを一人で王都に行かせるほど愚かではありません。こっそり後をつけておりました」
「世話をかけるな」
「お気になさらずに。とにかく、この状況を切り抜けましょう! あの窓から外へ出ますよ!」
「わかった! エミリア、いくぞ!」
「ちょっと、なにすんのよ!」
レオポルドはエミリアをとっさに抱いて、シルヴァとともに窓から飛び出し、この窮地を切り抜けた。外に降っていた雨は、いつの間にか大雨に変わっていた。




