第26話 王都観光
翌日、レオポルド一行は王都アインフォールへと到着した。
「またやってきたな……」
レオポルドは、王都アインフォールの門が開き、賑やかな様子を目にしてそう思った。王都の中心街は非常に栄えている。ここはアインフォーラ王国の文化、商業の中心地だ。民衆たちは慌しく動き回っている。
「うわぁー!」
エミリアが興奮しながら、街を馬車の中から眺めている。
「エミリアがここに来るのは初めてか?」
「ううん、初めてじゃないけど、前に来たのが随分前だから、何も覚えてないの。だから何か新鮮でさ」
レオポルドはエミリアがメガロシュから出ているのを見たことがないとふと思った。エミリアをここで楽しませてやりたいと思った。
「少し遊んでいくか?」
「えっ、いいの!?」
エミリアの顔が無邪気な幼子のように明るくなる。レオポルドは忙しいと思っていたので、予想外の展開が嬉しかったのだろう。
「ああ、構わないさ。俺もこれから始まる精神的苦痛に耐えるために、今のうちに遊んでおきたいしな」
エミリアはレオポルドにいつもの態度で接する。
「そうなの。いいわよ、どうしてもっていうんなら一緒に行ってあげるわ!」
エミリアはそうは言っているが、顔からは、私が行きたいのだ、という言葉がひしひしと伝わっていた。
「はいはい、行きたいですよ」
レオポルドがそう答えると従者たちが次は発言した。
「それでは私たちはレオポルドさまの王都の邸宅でお待ちしています。ごゆっくりお楽しみください」
「ああ、ありがとう。じゃあ行こうか」
「早く早く!」
二人は馬車から降りて、人混みの中へと進んでいった。
「うわぁー! すごいすごい!」
馬車から降りて、ほんの数分間、あたりをうろうろしているだけでエミリアはレオポルドそっちのけで一人騒いでる。
「少しは静かにしろよな。恥ずかしいぜ」
レオポルドは子供のように騒ぐエミリアを見る目を自分も同様に受けて、自分まで恥ずかしくなっている。
「いいでしょ、本当に久しぶりなんだから!」
「まあそうなるのも無理はないか……」
レオポルドはもうエミリアを鎮めるのを諦めた。
二人はあたりをぶらぶらしていると、いろいろな声が聞こえてくる。
「さあいらっしゃい! そこのお二人さん、見ていってよ! 綺麗な装飾品がたくさんあるよ! 首飾りにイアリング、指輪だってあるよ!」
その店の店主の声にエミリアは惹かれたようだ。
「ねえレオ、私あのお店行ってみたい!」
「ああ、いいぞ」
レオポルドはエミリアとともにその店に入った。
「さあゆっくり見ていってくれ。気に入ったものを選んで買ってくれよ」
店主の声にも気づかずに、エミリアはいろいろな宝石に見入っている。メガロシュでは滅多に見られないものだ。レオポルドは時間を割いてやろうと思った。
「欲しいものがあったら言えよ」
「えっ、いいの!?」
「ああ、せっかく王都に来たんだ。久しぶりなんだろう? 思い出に残るものができるならそれでいいさ」
レオポルドの太っ腹な発言にエミリアは大喜びだ。
「じゃあ待ってて! ゆっくり選ぶから!」
エミリアはじっくりと品定めをしている。その間にレオポルドは店主と話していた。
「最近の王都の様子はどうだ?」
「いつも通り賑やかだよ。ただ……」
店主の声が言葉に詰まる。
「なんだ?」
「何かいつもとは違う感じがあるんだよな。なんていうか、うまく説明はできないんだが、王都が慌しい感じがするんだよな」
店主はいつもとは違う様子があることを指摘した。レオポルドは王都に不穏な動きがあるかもしれないことを心に留めた。
エミリアはまだ選んでいる。
「俺としてはこれなんかいいと思うんだが」
レオポルドはエミリアに提案をした。それは大きな赤いルビーのついたネックレスだった。とても派手だ。
「ええ、レオポルドって意外と趣味悪いのね。そんなの私には似合わないわ。おしとやかに見えるものが欲しいわ」
「悪かったな。まあゆっくり選べばいいさ」
レオポルドはバツが悪そうにそういう。
「お二人は恋人同士かい?」
「!?」
エミリアは店主の唐突な質問に取り乱す。
「なんていうか、その、私たちは幼なじみなんだけど、好きとかそういうのは全然なくて、ただの友達って感じよ! そう、そうよ!」
エミリアはレオポルドに好意を寄せていることを悟られないように、必死でレオポルドとの関係について説明する。
「ああ、俺たちは幼なじみで、彼女は大切な友人だ」
レオポルドの釈明にエミリアはムッとする。どうして私が好きなことに気づいてくれないのか。そう思って、不満そうな顔になる。
「何怒ってんだよ?」
レオポルドはエミリアの不機嫌な様子に気づいて、そう尋ねた。
「なんでもないわよ!」
エミリアのよくわからない一連の言動にレオポルドは困惑する。それを見ていた店主が二人に口を挟む。
「はっはっは! 兄さん、その子、大事にしておやりよ?」
エミリアの気持ちは皮肉なことに、店主には見破られていた。それでもレオポルドはエミリアの気持ちに気づくことはなかった。
しばらく経って、エミリアは気に入ったものを見つけたのか、ある首飾りの前でずっと立ち尽くして、それを見つめている。
「これが欲しいのか?」
それは綺麗な青色のサファイアのネックレスだ。エミリアは黙って頷く。
「綺麗じゃないか。おーい、店主!」
「待って!」
エミリアが、首飾りを買おうとして、店主を呼ぼうとするが、それを制止する。
「どうしたんだよ?」
レオポルドは訳が分からず、エミリアに理由を尋ねる。
「欲しいけど、すっごく高いよ? 本当にいいの?」
レオポルドは値札に目をやる。
「50000ギルか……」
この国ではギルという単位の通貨が使用されている。平均的な国民の月収は5000ギルである。そのことを考えると、いくら王族のレオポルドであっても、平民の給料10か月分に相当する額を払うのはかなり厳しいはずだ。ましてやレオポルドは民衆のために、ほとんど受け取っていない。エミリアはレオポルドのことを彼女なりに気遣ったのだ。
「やっぱり他のにするよ」
エミリアはそう言って、また探しに行こうとする。
「買ってやるよ」
エミリアはレオポルドの発言に耳を疑った。
「あんた、バカじゃないの? 50000ギルよ? そんなに高い宝石、私一つも持ってないわよ! それにレオポルドの給料ってあんまり多くないんでしょ?」
エミリアはレオポルド懐具合を気にしている。
「でも、気にいっているんだろう?」
「うん……」
レオポルドの質問にエミリアは申し訳なさそうに答える。
「気に入らないものをもらったって嬉しくないだろう? それに気に入ったものなら大事にするだろ? ならいいじゃないか。俺は欲しいものなんてないから50000ギルぐらいすっかり貯まってるし、たいした金額じゃないさ」
「本当にいいの?」
エミリアはレオポルドに再び同じ質問をする。
「ああ、本当だ」
「がとう……」
エミリアは何か言っている。
「なんだって?」
レオポルドはエミリアがなんと言っているのか気になるようだ。
「ありがとうって言ってんの! 高いのに、私のために買ってくれて……」
「そんなことか、構わないさ。お前が喜ぶんなら、50000ギルぐらい、安いもんさ」
レオポルドはそう言って、店主を呼ぶ。
「お客さん、お目が高いね! これはここにも滅多に入ってこない品物だよ! この宝石は、好きな人を守ってくれるって言われているんだよ! 好きな人を守ってあげな、姉ちゃん!」
店主はそう言って、エミリアに微笑みかけた。レオポルドを守ってやれと言わんばかりに。レオポルドは顔を赤くするエミリアに尋ねた。
「好きな奴なんているのか?」
レオポルドは本当に鈍い。エミリアは怒ったように返事をする。
「いるわよ! その人守ってってお願いするから!」
「はいはい、しっかり守ってやってくれ」
そう言ってレオポルドは、守られるのが自分とも知らずにエミリアにサファイアの首飾りを買ってやった。




