第23話 過去
フェリスとエミリア、リンダがシルヴァとレオポルドの出会いについて話していたようだ。
「シルヴァさんって、とっても賢いんだね! びっくりしちゃったよ!」
「レオよりも賢いかもしれないわね」
二人が口々にシルヴァについての評価を下す。
「そんなことは俺が一番よく知っている。少なく見積もっても、シルヴァの能力は俺なんぞをはるかに凌いでいる」
「恐れ多いことです」
「思ってないだろ?」
「ばれましたか」
二人は大きな声を上げて笑う。フェリスとエミリアも笑っていた。
「シルヴァさんって面白いんだね! 頭も良くて、面白くて、かっこいいとか、完璧な男の人だな」
リンダがそう言って甚だしく褒める。
「そんなに褒められると照れてしまいます」
シルヴァは女性との関わりに慣れていないようだ。顔が少し赤い。そこからレオポルドがさらに評価する。
「今回の戦争だって、シルヴァの働きがなかったら勝ててなかったよ。俺は有能な家臣に恵まれて幸せだよ」
「そうらしいわね。この戦争の作戦、シルヴァさんが立てたって聞いたわ。レオもすごいけど、シルヴァさんもすごいのね」
エミリアも畳み掛けるようにシルヴァを褒める。
「でもこいつには欠点が一つだけあるんだよ」
「何?」
レオポルドの発言にフェリスが食いつく。
「こいつは自分の才能を一番だと思ってるんだよ。本人がそんなことはないと言っても、それは態度に表れているからすぐにわかる」
「例えばどんな態度?」
エミリアが尋ねる。
「それはな、何か言った後に必ず口角が少しだけ上がるところだ」
レオポルドは気づきもしないようなところを指摘した。
「さすがレオポルドさまです。それは私の師にも注意を受けた点です。『お前は自分への自信が態度に溢れているから注意しろ。お前の身を必ず滅ぼすことになる』と」
シルヴァはレオポルドの観察能力に感服した。
「そうだったのか。ところで師とは誰だ? そんな人物はお前の家にはいなかったと思うのだが」レオポルドがシルヴァに知識をつけた人物のことを気にした。シルヴァが彼の師について笑顔で語り出した。
「私の師は素晴らしい人でした。戦争で両親も兄も失って、路頭にくれていた私を引き取って養ってくれたのです。学問、武術にとどまらず、兵法、さらには遊びまで知り尽くしておりました。私は師からたくさんのことを学びました」
三人は笑顔で語るシルヴァに聞き入った。しかし途端にシルヴァの顔が暗くなったのを三人は見逃さなかった。
「しかし、師も戦争でいなくなりました。スコターディア帝国に望まないのに駆り出され、そこで命を落とした。私は戦争が嫌いだ! 家族を奪った戦争が! だから私は戦争をなくそうと思った!」
四人の顔も暗くなる。シルヴァがレオポルドの方を見つめる。
「レオポルドさまなら私の理想を実現してくれると思いました。これは師が最後に与えてくれた運命だったのでしょう。師には感謝してもし切れません」
シルヴァの顔が再び明るいものへと変わる。レオポルドがこんなに感情をあらわにするシルヴァを見たのは初めてだった。
「辛い人生を歩んできたんだね……。でももう大丈夫! レオとシルヴァさんの理想は一致してるから!」
フェリスが笑ってそういう。
「そうよ。レオは頼りになるわ」
エミリアもフェリスと同じ意見だ。
「私もレオの事は信頼しているよ。私のこと助けてくれたし」
リンダも実体験を元にレオポルドがいかに人徳者かを説く。
「そんなに期待されては困るな」
レオポルドが困ったように笑うが、シルヴァはそれについて嬉しそうに反応した。
「こんなにも信頼されている人物にお仕えすることができて幸せです。これから長い間、宜しくお願いします」
「ああ、俺こそだ」
「そういえばレオにもお兄さんっていたよね?」
フェリスの質問がレオポルドに昔のことを思い出させる。
「ああ、いたな」
レオポルドはその質問に力なく答える。
「レオにもお兄さんいるんだ! どこにいるの?」
リンダが無邪気にレオポルドの兄に会いたがる。だがそれは叶わない。
「さあな、昔の話だ」
レオポルドがリンダに対して雑に答える。リンダはレオポルドの発言の意味がわからなかったから、聞き返した。
「さあってどういうことなの?」
「察してくれよ」
リンダはレオポルドの様子から、自分が図らずもレオポルドを苦しめる発言を何度もしていたことに気づいた。リンダは申し訳なく思う。
「そうなんだ……。ごめんね」
「いや、構わないさ」
レオポルドはリンダを笑って許す。
「まだ見つからないのかな?」
フェリスが疑問をそのまま言葉にする。
「もう会えないさ。あれからずいぶん経つしな」
レオポルドが半ば諦めたような内容の返事をする。レオポルドには王子達ではなく、庶民時代に兄がいた。だがそれはとても前の話なので、もうレオポルドは会えないと思っていた。
「もう会えないって決まったわけじゃないでしょ?」
エミリアはレオポルドのわかりもしないことを決め付けたような発言に不満を感じ、レオポルドに諫言する。
「レオポルドさまにも兄上がいらっしゃったのですか」
シルヴァも話に加わる。
「ああ、頼りになる兄だったよ」
レオポルドは過去を思い出すような顔つきになって、兄について語り出した。
「俺の兄は、ペドロと言ってな。俺よりも3歳年上の優しい兄だった。俺が腹が減って泣いている時は、兄貴は俺に彼の分の食事を分けてくれた。あの頃の食事なんてひどいものだったよ。今から考えれば、兄貴はほとんど食べていなかっただろうな。俺がいじめられている時も兄貴は助けてくれたよ。そして叱られた。もっと強くなれって。今の俺があるのは、兄貴のおかげなんだよ」
「立派なお兄さんだったんだね」
リンダがレオポルドの説明を聞いて、レオポルドをなだめるようにそう言う。
「ああ、立派だったよ。だがそれ故に、兄貴はいなくなってしまった」
みんなが静まり返る。
「兄貴は俺よりも3歳だけ年上だっただけなのに、よく働いていたんだ。家族の生計を立てるためにな。だがある日、風貌の悪い男たちと仕事に出かけたんだ。それ以来、兄貴は帰ってこなかった。もう12年にもなるのか、あれから一度も会っていない。顔もよく覚えていないし、声も覚えていないよ。だから、もう兄貴に会えたとしても認識できないと思うんだ」
レオポルドの兄の話に全員が聞き入る。そこでシルヴァが口を開く。
「会えますよ。望みを捨ててはいけません」
「どこにあるんだ?」
レオポルドはシルヴァの発言に疑問を抱く。レオポルドはもう兄には会えない理由を語ったのに、それでも会えると主張するシルヴァがどういう根拠で言っているのかが、非常に気になった。シルヴァが笑って答える。
「レオポルドさまのお兄さんは生きているかもしれないということです。その限りはどこかで会えるかもしれません。私のように、死別したのならともかく、レオポルドさまには望みがあります」
レオポルドは自分の考えが甘かったことに気づいた。自ら、生きているかもしれない兄に、会えないと決めつけていたのだ。シルヴァとは違い、レオポルドの兄は生きているかもしれない。そう思うと少し会える気がしてきた。
「そうだな、いつか会えるかもしれない。そう思った方が楽しいよな」
「ええ、その通りです」
レオポルドはシルヴァに励まされ、元気が出た。そこで周りの女性陣がレオポルドに言葉をかける。
「いつか会えるって、私もお願いしててあげる!」
「きっと大丈夫よ! レオは心配性なのよ!」
「お兄さん、きっとレオの事覚えてるよ!」
三人が一斉にレオポルドを励ます。レオポルドは有り難く思った。こんなにも彼らとは関係のな事でも、気にかけてくれるのか。彼の顔からは嬉しさが溢れていた。そこで追加の料理が運ばれてきた。
「暗い話はおしまい! 今から楽しむわよ! ほら行くわよみんな!」
フェリスはテーブルへと駆け出した。それにエミリア、リンダが続く。シルヴァも呆れながらも、テーブルへとゆっくりと向かった。
「元気な奴らだな」
そう思ってレオポルドも後を追った。




