10-②
今回は主犯ではなかったこと。しかし、ルイードの計画の全貌を知っていて止めなかったことを加味した処罰となった。
北の王族領での十年間の奉仕を言い渡されたようだ。
都会で生まれ過ごしてきた父には、寒さの厳しい場所での労働は堪えるだろう。
(無事に終わってよかった)
マデリンはホッと安堵のため息をつく。
トルバ侯爵は正式に兄が継いだ。
今回のことで、トルバ家は王族から見放されるかと思った。しかし、危機的状況をマデリンが阻止したことが評価され、トルバ家自体はお咎めなしとなったのだ。
マデリンは銃弾を一つ手に取る。
アウルからもらった銃弾だ。
マデリンにとって、最後の思い出になってしまった。
(これでよかったのよね?)
アウルの優しさにつけ入る日々に終止符を打った。――ルート家に婚約撤回の手紙を送ったのだ。
アウルは「危険に晒しておいて今更」と怒っているだろうか。
それとも、「やっと解放された」と安堵しているだろうか。
(もっと早くこうしておくべきだったのよ)
この結婚はマデリンが望んだものだった。
アウルにも利があったから受け入れたのだろう。
しかし、内情はアウルばかりに負担を強いるようなひどい状況だった。
その上、トルバ家のイメージも下がっている今、アウルがマデリンと結婚するメリットはないに等しい。
(もっと早くこうしていれば……)
アウルは怪我をしなかった。
マデリンは枕を抱きしめる。
「お嬢様……」
侍女の控えめな声が聞こえる。
聞こえないふりをしようか迷った。眠っていることにすればいい。
しかし、侍女は返事をしないマデリンに向かって続けて言った。
「お嬢様、お客様がおいでです」
「お客様?」
「はい。アウル様がお嬢様とお話しがしたいと」
胸が跳ねた。
「アウルが?」
「はい。応接室にお通ししておりますが、お帰りいただきますか?」
おそらく、婚約撤回の手紙を見たのだろう。
トルバ家の今の状況を考えれば、すぐに了承の返事が来ると思っていたが、待てども返事は来なかった。
「いいえ、会うわ。準備を手伝って」
ここで逃げても、意味はない。
きちんと終わらせよう。二人の友情も、マデリンの恋も。
五年続いたこの関係を終わらせるときが来たのだ。
***
マデリンとアウルは庭園を並んで歩いた。応接室では息が詰まると思ったからだ。
「ここに来るのはすごく久しぶりな気がするな」
「うちにくるのが久しぶりでしょう?」
「そうだった。最近はいろいろあったからな」
いろいろ。そのいろいろを思い出し、マデリンは小さく頷いた。
アウルがマデリンのもとに毎日通ったころ、こんなことになるとは露ほども思わなかった。
「怪我は? どう?」
「だいぶいいよ。抱き上げるのはまだ難しそうだけど」
アウルはぎこちなく笑う。
そして、左腕をゆっくり上げて見せた。
「無理は禁物よ。あんなひどい怪我をしたのだから、当分は休んだほうがいいわ」
何より、マデリンがアウルの痛々しい姿を見たくなかった。
沈黙が流れる。マデリンは耐えきれなくて、少しだけ歩く速度を早める。
庭園の中ほどにはガゼボがある。
アウルはガゼボを指差して、「あそこで休憩しよう」と言った。
提案どおり、二人は並んで座る。二人のあいだには人ひとり分の距離が空いていた。
アウルは神妙な表情でマデリンに言う。
「先日、君のところから婚約撤回の手紙が届いた」
「そう……」
「あれは君の意志か?」
マデリンはしばらく沈黙したのち、小さく頷いた。
「理由を聞いても?」
「もう、私を縛るものは何もないわ。だから必要なくなったの」
マデリンは用意していた言葉を口にする。
聞かれたらそう答える。決めていた。
「お兄様は私の意思を尊重してくれるわ。だから、あなたは私と無理に結婚する必要はないということよ」
マデリンは早口で言った。
思ってもいないことを口にするのは胸が痛い。
本当は何も知らない顔をして、アウルの妻になれたらどれほど幸せだろうか。
「だが、トルバ家にとって、うちと婚姻関係になるのは悪い話ではないだろう?」
アウルはすがるような目でマデリンを見つめた。
そんな目で見ないでほしい。
「それはそうね。トルバ家のイメージは今のところ地の底だし。でも、それはフェアではないわ」
トルバ家から差し出せるものは何もない。
マデリンとアウルの婚約は、トルバ家とルート家の家格が同等で、二人とも婚約者を失ったというマイナスを補えたからこそ価値があった。
「私のせいで、たくさん迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「君のせいじゃない。この傷だって、あの男がつけた傷だ」
「私と婚約していなければ、こうはならなかったわ」
マデリンは立ち上がった。
彼に表情を見られたくなかったからだ。
マデリンは嘘が苦手だ。
「このまま結婚したら、アウルばかりが損をしてしまうわ」
声は震えていないか。
いつもどおりに聞こえるか。
そればかり気になってしまう。
マデリンは勇気を振り絞って、振り返った。
「友達って、一人ばかりが損をするものではないでしょう?」
ここ一番の笑みを浮かべる。
アウルは眉根を寄せた。
「昔の賭けを覚えているか?」
「もちろん。まだ賭けは継続中でしょう?」
忘れたことはない。
その賭けにマデリンはどれほど救われ、どれほど苦しめられてきたか。アウルは知らないだろう。
それこそが、アウルとの唯一の繋がりだったのだから。
「あなたは友達としてとても私を助けてくれたわ」
友達以上だ。
こんな大怪我まで負ってしまった。
「だけど――……」
「その賭け、もう終わりにしよう」
アウルの言葉にマデリンは目を丸くした。
次回最終話は明日の朝7:40に公開予定です。




