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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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10-①

 アウルは部屋の窓から空を見上げた。

 青い空だ。

 まだ思い通り動かない腕に力を入れる。ほんの少しだけ動かしただけで、痛みが走った。


(これじゃあ、マデリンを抱き上げるのはだいぶ先だな)


 つい口から出た約束を思い出して、アウルは苦笑する。

 あのときはマデリンを守るのに無我夢中だった。

 マデリンに向かって振り下ろされた剣先。あのままの軌道を通っていれば、確実にマデリンは死んでいただろう。

 あのときのことを思い出すだけで、この身が震える。


(もどかしいな)


 動かない手を見ながら、アウルはため息ついた。

 今ごろ家で怒られていないだろうか。

 痛い思いはしていないだろうか。

 トルバ侯爵はマデリンに厳しい。今回のことで叱責されるのは間違いないだろう。

 アウルはマデリンを送り出したことを後悔した。

 アウルはベッドから降りると部屋を出る。

 怪我をした左腕は上手く動かすことができないが、歩くのは平気だ。

 廊下を歩き、家族が集まるサロンに顔を出すと、両親と祖父が神妙な顔で一枚の手紙を見つめていた。


「みんな葬式みたいな顔で集まって、どうしたんですか?」

「アウル……」


 母はこまったようにアウルを見上げた。父も祖父も何も言わない。

 すぐに何かよくないことが起きていると、直感した。

 祖父の隣に座ると、父が手に持っていた手紙を無言でアウルに差し出す。

 アウルは何気ない気持ちで読んだ。


「これは……」

「婚約を撤回したいという申し出だ」


 アウルの右手が震える。

 たしかにそう書かれていた。


(これは、誰の字だ? なぜ、こんな悪戯……)


 悪戯でなければおかしいではないか。

 なぜ、婚約を撤回する必要がある?

 ルイードの計画は阻止した。ナターシャは死ななかったし、アウルはその罪を着せられることはなかった。

 アウルは手紙を握りしめ、両親を見た。


「なぜですか?」


 アウルの問に、母は言葉を探すようにゆっくりと答えた。


「前トルバ侯爵が、今回のアレス家の件に関与していたそうよ」

「前……?」

「昨日、トルバ家の爵位は息子に移ったと通達があった」


 父が補足する。


「それと婚約の撤回が何か関係があると言うのですか!?」


 アウルは思わず叫んだ。

 マデリンの父が今回の件に関係していることなど、想定済みだ。

 しかし、それと婚約破棄はまた別の話ではないのか。


「トルバ家の元当主はアウル、あなたを排除しようとした」

「それが何だというのですか!? それを阻止したのはマデリンだ! マデリンがいなければ今ごろ……」


 左手に力が入ってアウルは痛みに震えた。

 奥歯を噛みしめる。


「父上も母上も、これに賛成なんですか?」

「トルバ家が今後どうなるのかわからない」

「当主が交代したのであれば、そんな心配はありません。それに、トルバ家と婚姻を結ぶくらいで、うちが傾くわけではないでしょう?」


 ようやく、手が届くところまで来たのに、なぜ手放さなければいけないのだろうか。


「父上、どうか、どうかこの結婚は私の好きにさせてください。今まで以上に努力します。ルート家をもっと大きくすると誓います。だから……」


 アウルの声は震えていた。

 深く頭を下げる。

 どうしてつかんだ手を離すことができるだろうか。

 トルバ家が撤回を申し出ても、こちらがそれを了承しなければ、婚約は続行される。


「アウル……」

「私にできることは何でもします。だから……」


 アウルの目から一筋の雫がこぼれた。アウルは慌てて拭う。

 すると、突然祖父が口を開いた。


「いいじゃないか。家の事情なんて」

「お祖父様……」

「トルバはだめでも、マデリンまではだめにならん」

「それはそうですが、好奇の目にさらされるのはアウルなんですよ?」

「婚約をなしにしても続けても好奇の目は向けられる。マデリン以上にいい子は知らんよ」


 祖父はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。そして、アウルの頭を乱暴に撫でる。


「怪我まで負って守った女性との結婚、認めてやりなさい」

「ですが、婚約の撤回は向こうの意志ですよ?」

「父上、母上。時間をくれませんか? トルバ家と、いや、マデリンと話をしてきます」


 一方的な提案に納得ができるわけがない。

 マデリンが今、何を考えているのか知りたかった。

 両親はしばらくのあいだ悩んだあと、顔を見合わせ頷いた。


「……そうね。あなたがそこまで言うなら、しっかり話てきなさい。私たちは二人で決めたことを尊重するわ」

「この手紙の返事は保留にしておく。だが、相手の気持ちもきちんと汲み取りなさい」

「はい。ありがとうございます」


 アウルは再び頭を下げた。


 ***


 マデリンは部屋の中、ベッドの上で転がっていた。

 ベッドの上で銃弾を転がす。


「お嬢様、いいお天気ですよ? もう謹慎が解けましたし、お出かけになられては?」

「そうね……」


 マデリンはボーッと空を見上げる。

 いい天気だ。

 空が青い。こんなにいい日は馬に乗ったら気持ちがいいだろう。


「なんだか疲れているから、今日はやめておくわ」

「お嬢様……。最近そればっかりですよ?」


 マデリンは枕に顔をうずめた。

 これ以上、聞きたくない。そういう意味を込めて。

 父の処罰は兄が王族と相談して決めたようだ。


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