9-⑬
(ねえ、お祖父様。どうしてアウルはこんな目にあわなければならなかったの?)
理由は簡単だ。
マデリンの婚約者となったから。
マデリンの婚約者にならなければ、アウルはルイードの標的にはならなかった。
怪我をすることも、罪を着せられそうになることもなかっただろう。
こんな状況にもかかわらず、婚約の撤回を言い出してこないのは優しさだからだろうか。
正直、狩猟大会の前に婚約の撤回を相談されても、おかしくはなかったと思う。そして、もし相談されていたら、マデリンは「いや」とは言えなかっただろう。
(私がアウルなら、すぐにでも婚約を白紙に戻したいって言うと思う)
二人はただ利害が一致しただけの関係。
続く友情が終わってしまうかもしれないが、命のことを考えれば婚約を撤回するのが妥当だろう。
いや、マデリンからそうすべきだったのかもしれない。
アウルに危険が迫っていると気づいたときに、手を放すべきだったのだ。
(優しすぎるのよ……)
マデリンは猟銃を抱きしめる。
マデリンはアウルのことを自ら手放すことはできなかった。
それが最適解だと、頭では理解していたのにアウルの優しさに甘えていたのだ。
(けど、このままでいいわけがない)
マデリンはアウルの命を二度も危険に晒した。
すべての元凶はマデリンだ。
アウルの姿を思い出す。アウルが倒れたとき、マデリンは名を呼ぶことしかできなかった。
真っ白になっていくアウルの顔を見て、心臓が止まりそうになったのだ。
(もう二度とあんな姿を見たくないわ)
マデリンは拳を握りしめた。
***
晩餐の時間はとうに過ぎている。
屋敷は静まり返っていた。
マデリンが屋敷に戻ると、すぐさま侍女が走って迎えに来た。
「お嬢様っ! 心配しておりましたよ!?」
「ごめんなさいね。大丈夫だった?」
「私たちは大丈夫です。お嬢様は大丈夫でしたか? いろいろあったとお聞きしました……」
「私は平気。お父様は?」
マデリンの問いに侍女は困ったように眉尻を落とした。
マデリンは首を傾げる。
「旦那様は執務室におります。ですが、行かれないほうが……」
彼女の様子を見るに、父はそうとう怒っているのだろう。
「大丈夫よ。今日怒られるか、明日怒られるかの違いでしょう?」
「お嬢様、その猟銃はいかがするのですか?」
侍女が心配そうにマデリンに尋ねた。
「これ? お父様をバーンってしようかと思って」
「お嬢様!?」
「嘘よ。嘘。お守りみたいなものよ」
カラカラと笑うマデリンに、侍女はそれ以上何も言わなかった。
マデリンはまっすぐ父の執務室へと向かった。
コンコンコン。
三度、扉を叩く。
返事はない。しかし、いることはわかっている。だから、マデリンは気にせず言った。
「マデリンです。ただいま帰りました」
しばらくすると、「入りなさい」と低い声が返ってくる。
マデリンはためらわずに執務室へと入った。
「何をしでかしたのかわかっているのか!?」
扉を開けた瞬間、父の怒号を浴びる。
その声の大きさに、マデリンは思わず顔を歪めた。
しかし、父はマデリンの持つ猟銃に目をギョッと丸くする。
形勢逆転だ。
マデリンは猟銃を構える素振りをして、まっすぐ父を見つめる。
この三日で随分と老け込んだなと思う。そうとうなストレスを感じているらしい。
「私は人の命を救いました。褒められるべきでは?」
ナターシャの命を救ったのは他でもない、マデリンだ。
普通であれば「よくやった」と言われるようなことではないか。
言いつけを破り、狩猟大会に参加したという点を差し引いても。
父はぶるぶると震えていた。
それは怒り?
いいや、恐怖だろうか。
「そ、そんな物騒な物は下ろしなさい!」
「そんなことしたら、私が危険に晒されるじゃありませんか」
「どういう意味だ!?」
「だって、お父様は殺人犯の仲間なのでしょう? 下ろした途端に殺されてしまうかも」
マデリンは低い声で言うと小さく笑った。
(なんだか少し寂しいわね)
父親に銃を向ける日がくるとは思わなかった。
父はマデリンにだけ厳しい。それでも、いつか少しでもわかり合えるかもしれないと願っていた時期がある。
しかし、今、マデリンは父に猟銃を向けている。
これは、生涯の決別を意味するのだろう。そして、その覚悟で来た。
「こわいですか?」
「な、何がだ!?」
父の肩が跳ねた。
ああ、そうか。彼はこわいのだ。
娘が、そして自分の未来が。
マデリンは口角を上げる。
「ルイード・アレスの計画に一枚かんでいると、バレるのがおそろしいのでしょう?」
「何を馬鹿なことを言っている!?」
その慌て方こそが肯定だとわからないのだろうか。
「わ、私は何もしていない!」
「何もしていないなら、堂々としていればよろしいではありませんか」
「おまえが狩猟大会に参加なんかしなければ……!」
「しなければなんだと言うのですか? ナターシャ様が殺されてもよかったと? アウルに無実の罪がなすりつけられてもよかったと?」
「そうは言っていないだろう!?」
「そう言っているのも同じです。お父様は二人の死と引き換えに、何を得たかったのですか?」
手に力が入る。理性を保っていないと、この引き金を引いてしまいそうだと思った。
ルイードの目的は簡単だ。都合のいいマデリンを公爵夫人に据えること。
ならば、父の目的はなんなのだろうか。
アレス公爵家との繋がりは、そんなに重要なものだろうか。マデリンがアレス公爵夫人になったところで、トルバ家の地位が格段に上がるとは思えない。
そもそもトルバ侯爵家の地位は悪いものではないのだ。わざわざ上に取り入る必要ないではないか。
「私がアレス家に嫁ぐことで、お父様はそんなにおいしい思いができるのですか?」
マデリンはまっすぐ父を見つめた。
父は顔を歪める。
「りょ、猟銃を下ろせ! そして、その目で見るな!」
「目?」
「そうだ! その馬鹿にしたような目! おまえ達はいつもそうだった!」
「おまえ達……? 誰のことですか?」
マデリンは眉根を寄せた。




