1-⑦
アウルのテントにはいくつも猟銃が置いてある。ここまで用意して、大会に参加しないのは何か意味があるのだろうか。
マデリンは並べられた猟銃を順繰りに見ていった。
「これはコレクションの中でも気に入っている」
アウルはマデリンに一丁の猟銃を手渡した。ずっしりと重い。
しかし、装飾が施されていて高価だとわかる。
「こんな派手なの、狩りには向かないわ」
「でも、オジサンたちには人気がある」
「そう」
狩りよりも銃に興味がある人はそうなのだろう。
実用的かどうかよりも美しさを求める。
マデリンはアウルに薦められるがまま、次々に猟銃を構えた。
どれも軽すぎるか重すぎる。
それでも、楽しかった。こうやってアウルと猟銃について話すのはいつぶりだったか。
友人として、会えば普通に話す。しかし、男と女。互いに婚約者のある身だ。二人は節度を守っていた。
「これが最後だ。最近手に入れた」
もう終わりかと、がっかりしながら最後の一丁を構えた瞬間、身体中に衝撃が走った。
しっくりときたのだ。
まるで長年連れ添った夫婦のように。すべてがマデリンに合わせたかのようだった。
よくよく見れば、グリップの部分に傷がある。
この傷には見覚えがあった。まだ狩りを始めたばかりのころ、マデリンがつけてしまった傷によく似ている。
いや、マデリンがつけた傷だろう。
これは祖父から譲り受け、両親に捨てられた祖父の形見。
「アウル、これを売って」
「なんだ、気に入ったのか?」
「ええ、いくらでも出すわ」
「いや、いらない。やるよ。結婚祝いだ」
アウルは目を細めて笑う。
結婚祝い。
マデリンはその言葉に鼻で笑った。
「間違いよ」
「なぜだ? そろそろ結婚だろ?」
「いいえ。これから、婚約破棄祝いになるの」
アウルが呆然とマデリンを見つめた。
マデリンは銃に弾を込める。そして、アウルのテントを後にした。
***
テントの中から甘い声が響く。
「だめよ。みんな近くにいるのに……」
「だいじょうぶ。みんな山の中だ」
「あなたはいいの?」
「僕はここにいる可愛いウサギを狩らないと……」
マデリンはテントの前で小さく笑った。
マデリンはすべてを運命に委ねることにしていた。
浮気性の婚約者。小さなことでマデリンを鞭打つ父親。そして、ひとりで生きていく勇気のない自分自身。
どうせつまらない人生だ。
だから、運命に出会えたら。そう、決めていた。
「ルイード……」
甘い声がルイードの名を呼ぶ。
マデリンは勢いよくテントに入った。
「きゃっ!? 誰!?」
噂の伯爵令嬢が脱げかけのドレスをひっつかんで身体を隠す。
上半身裸のルイードは振り返った瞬間、目を細めた。
「どうした? マデリン。何か用かな?」
「私、ずっと考えていたのよ。このままでいいのかって」
「何が言いたい?」
「この五年、どれだけ私が目をつぶってきたと思う?」
「君には公爵夫人という栄誉を与えるんだ。これくらい我慢できなければ公爵夫人にはなれない」
「別にね、あなたがどこの女と寝てもいいの。あなたに興味がないから。でも……」
でも。
マデリンは猟銃を構えた。
「運命に出会ったから。いいえ、運命が私の元に戻ってきてくれたの」
「い、意味がわからない……! マデリン、やめろ!」
(お祖父様、私は思うの)
運命っていうのは案外すぐ近くにいるんだって。
近くにいすぎて、それがマデリンの運命だと気づかなかったのだ。
祖父とともに何度も店に猟銃を試しに行った日々。
あのとき、マデリンは自分だけの猟銃がほしかった。祖父のお下がりではなく、自分のために作られた自分だけの猟銃。
だから、初めて猟銃を構えたその日から寄り添っていてくれたこれが、マデリンの運命だと気づけなかったのだ。
しかし、五年の時を経て戻って来た。
「今日の大会は一番の大物を仕留めたら、大きなエメラルドが貰えるそうよ」
「そ、そうか……」
「私の婚約者は持って来てくれそうにないから、自分の力で手に入れようと思うの」
「ど、どういう意味だ?」
「人間一人で勝てるかしら?」
マデリンは冷静に声で呟いた。
「いやっ! やめて! 私はただ彼に誘われただけよ!」
「静かにして。久しぶりだから手元が狂うわ」
マデリンはためらいもなく引き金を引いた。
バンッ。
大きな音がテントを越え、外まで響く。
弾はルイードと令嬢のあいだを通り、大きなソファに穴を開けた。
狙いどおりの場所だ。
令嬢は泡を吹いて倒れた。豊満な胸を露わにして。
ルイードは失禁している。彼は足をガクガクと震わしながら、マデリンを見つめた。
一歩近づくと、身体がびくりと跳ねる。
「ごめんなさい。私、猟銃を振り回すほど野蛮なの。どう? 婚約破棄、したくなった?」
「な、なにをしたのか、わ、わかっているのか?」
「私が質問しているのよ。婚約破棄、するのしないの?」
「お、おまえのような野蛮な女、こちらから願い下げだ!」
「そう、よかった。すぐに手続きをお願いね」
ルイードが何度も頷く。
すると、銃声を聞きつけた人々がテントに集まって来た。
「何があった!?」
大勢の声が聞こえる。
マデリンは大切な猟銃を抱えて、座り込んだ。
何人もの人がテントの中に入ってくる。そして、全員がその光景を見て立ち尽くした。
豊満な胸をあられもなく出したまま倒れている伯爵令嬢と、その側にいる半裸のルイード。
そして、ルイードの婚約者であるマデリンは猟銃を抱えたまま涙を流す。
誰かが声を駆ける前にマデリンが口を開いた。
「ルイードに大会に参加したいと言おうと思ったら、二人が……。そしたら、驚いてしまって……」
マデリンはポロポロと涙をこぼし、声を震わせた。
その一言で誰もが状況を理解しただろう。
浮気現場を見たマデリンが驚いて起こした事故だと。




