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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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9-②

 ルイードは舐めるようにマデリンを見たあと、口を開いた。


「どうやら、僕は君をずっと待っていたようだ」


 ねっとりとした口調にマデリンは苦笑を浮かべる。

 ルイードの婚約者として過ごした五年。彼からここまで下品な視線を受けたことはない。

 彼にとってのマデリンは、おそらく恋愛の対象ではなく支配の対象だったのだろう。


「奇遇ね。私もあなたを探していたの」

「へえ……。嬉しいな」


 ルイードは手にしていたワインを飲み干した。そして、マデリンのグラスを奪い取ると、一気に飲み干す。


「出会いの記念に踊ろう」

「いいわ」


 ルイードはマデリンの腰を抱く。

 彼の手をはね除けたい気持ちをグッと堪える。


(最悪だわ)


 気分がいいものではない。

 狩猟大会で引き金を引いたあの日、もう二度とこの手を触れることはないと思っていたのだ。

 マデリンはグッとこらえてルイードに笑みを浮かべる。

 幸い顔の三分の二は仮面で隠れているから、口角さえ上げればよかった。

 こんなに近づいても、ルイードはマデリンに気づかない。

 いつもとは違う化粧だからか。

 髪色が違うからか。

 いいや、そもそも彼はマデリンに興味などないのだ。

 執着しているのは、マデリンが結婚相手に一番都合がいいのだろう。

 しかし、今はそれに助けられた。

 ルイードがめざとい男であったならば、ここまで近づくことはできなかっただろう。

 ルイードはマデリンの腰を引き寄せながら、言った。


「見かけない顔だ。仮面舞踏会は初めて?」


 かかる息にマデリンは眉根を寄せる。

 仮面が隠してくれなかったら、不機嫌な表情が丸見えだっただろう。


「あなたは慣れていそうね」

「どうだろうか?」


 ルイードは薄く笑った。

 会話を楽しむつもりはない。しかし、この様子だと彼はゆっくりマデリンを口説くつもりなのだろう。

 そういう雰囲気を感じ、辟易した。

 どうして世の女性たちはこんな男に靡くのか。

 やはり、公爵夫人という席はそれほどまでに魅力的ということだろうか。

 うんざりとした気持ちを飲み込み、マデリンは口角を上げる。


「あら? こういう場所がお好きなのに、誤魔化すのね」

「へえ……。僕のことを知っているような口ぶりだ」

「もちろんよ。いつも違う女性をこうやって口説いているじゃない」


 マデリンはルイードの胸に手を置きながら、笑みを浮かべた。

 彼は目を見開いたあと、目を細める。

 五年間、マデリンがこの様子を何回見ていると思っているのだろうか。

 どうやら、嫌いなものというのはすぐに目につく性質を持つらしい。

 彼はどこにいても自然と目に入った。

 女性の腰を抱き、まるで恋人同士のような距離で会話を楽しむ姿を。

 ダンスを踊り、そのまま個室に誘う後ろ姿を。

 それを見届けて、マデリンはいつも帰路についていた。


「知らなかったな。そんなに僕を見ている女性がまだいたなんて。しかも、こんなに美人に」

「あなたはいつも女性が周りにいて、声がかけられなかったの」

「君みたいな美人なら、いつでも大歓迎なのに」

「あら? 婚約者さんがいる人の言葉とは思えないわ」

「結婚は結婚。恋愛は恋愛だ」


 ターンをしながらマデリンは笑う。

 こんな男と五年間も婚約を続けていたことが恥ずかしい。

 マデリンは両腕をルイードに絡ませながら、口角を上げた。


「でも、今の婚約者さんは嫉妬深そうだわ」


 マデリンの言葉にルイードの頬がわずかに引きつった。


「お茶会でもいつも女王様気分。目をつけられたら、何をされるかわかったものではないって、みんな言っているわ」


 先日、ハンナから聞いた話だ。みんな辟易していると。


「それなら安心するといい。あともう少しでもとに戻る」

「もとに? どうやって?」


 心臓が早歩きになった。


「いずれ婚約破棄になるだろう」

「そんな簡単に婚約を破棄できるの? でまかせを言って私を口説くつもり?」


 マデリンは慎重に言葉を選ぶ。

 あまり食いついても怪しまれるだろう。


「簡単さ。あの女頭が弱いからな」


 ルイードは嬉しそうに笑った。

 首が赤い。酔っているようだ。ダンスの前に一気に飲んだワインが効いているのだろう。

 マデリンの分も飲んだ上にダンスをしている。


(もっと口が軽くなってくれると助かるんだけど……)


 どうやって婚約破棄に持ち込むつもりなのか。そこが重要だ。

 そして、彼は「もとに戻る」と言っていた。

 つまり、それはマデリンのことを示しているのだろう。


「でも、もとには戻らないわ。だって、あなたの元婚約者さんはもう別の男がいるじゃない」


 マデリンの言葉にルイードはにやりと笑った。


「そんなの簡単だ。全部、もとに戻る」


 ルイードがマデリンの腰を強く抱き寄せた。

 アルコールを含んだ熱い息がかかる。

 マデリンは思わず眉根を寄せた。


(これ以上は無理ね)


 マデリンは小さくため息をつく。

 そして、ルイードを見上げた。


「適当なこと言って、私を弄ぶ気でしょう? 目をつけられるのはごめんだわ」


 マデリンはルイードの腕から逃れると、ダンスホールを抜け出す。


「君っ!」


 ルイードが後ろから追って来た。

 酔っているせいか、足はおぼつかない。しかし、彼は執拗だった。


(もうっ! さっさと諦めなさいよ!)


 この会場の半分は女性だ。マデリンでなくてもいいだろう。

 マデリンは人のあいだを縫って逃げた。

 それでも追いかけてくるルイードに、マデリンはうんざりとした気持ちになる。

 あまり騒ぎにはなりたくない。

 しかし、庭園に逃げ出した途端、腕を引かれた。


「キャッ!」


 マデリンは突然のことに声を上げた。

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