9-①
アウルは仮面の下でため息をつく。
仮面舞踏会というのは、常々悪趣味だなと思っていた。
顔を隠し、身分を隠し、パーティーを楽しむ。
ふだんなら、こんなパーティーには参加しない。しかし、参加を決めたのはルイード・アレスとトルバ侯爵が参加すると聞いたからだ。
パートナー不要でよかったと思う。
そうでなければ、アウルは参加する権利すら得られなかっただろう。
(このパーティーのいいところは、面倒な挨拶がないところだな)
アウルはシャンパンを片手に思う。
友人との気兼ねない挨拶はまだいいが、ルート家の嫡男としての挨拶は骨が折れる。
アウルはシャンパンを口につけながら、ゆっくりと周りを見回した。
仮面をつけた人、人、人。
アウルは気づかれないように一人一人確認していく。
(あれは、似ているが違うな)
探してみると、金髪の男は多い。
一人一人じっくりと探していると、一人の女性と目が合った。彼女は陽気に歩いてくると、アウルお上目遣いで見る。
真っ赤な口紅を塗った唇が子を描く。
いやな月に見つかった気分だ。
「一曲いかが?」
「いや、ダンスは下手なんだ」
「あら? あんなに物色していたのに?」
揶揄するような声にアウルは眉根を寄せる。
女は真っ赤な唇をアウルの耳元に寄せて言った。
「下手でもいいわよ」
強い香水の香りに、アウルは頬を引きつらせる。
面倒な女に捕まるのは予想外だ。
「悪いが、君は好みじゃない」
冷たい口調で言うと、アウルは女の側から去った。
後ろで女が叫んでいる。しかし、なんと言っているのかまでは聞き取れなかった。
興味もない。どうせこのひとときだけの関係。
お互い名前も知らないのだから。
佇んでいるのが失敗だったのだろう。アウルは歩きながらルイードを探した。
ふと、目に入った女性にアウルは足を止める。
「マデリン?」
いや、違う。マデリンは今、トルバ家の屋敷で謹慎中だ。
それに、見かけた女性は黒髪だったではないか。
だが、後ろ姿が似ていると思ったのだ。それに、ドレスも見たことがあった。
(とうとう幻影まで見るようになったか)
アウルはガシガシと頭を掻く。
いるはずのないマデリンを見つけたような気になって恥ずかしかった。
謹慎になる前、毎日会っていたせいかもしれない。
マデリンは毎日ルート家に通って、狩猟大会の準備をしていた。
毎日一緒にいるのが普通になっていたのだ。
トルバ侯爵のたった一言で、簡単に会えなくなるとは思えなかった。
(あともう少しの辛抱だ)
狩猟大会が終われば、結婚式はすぐそこだ。
準備は進んでいる。
トルバ家からも準備は順調であるという連絡は、ルート家に定期的に入っていた。
ただ静かに結婚式を待てばいい。そう考えたこともある。
アウルはルート家の代表として狩猟大会に参加する必要があった。
しかし、マデリンはその必要がない。トルバ侯爵と、マデリンの兄が参加するからだ。
マデリンは父の言いつけどおり狩猟大会には参加せず、謹慎していればいい話なのかもしれない。
アウルやハンナが動く必要はないのかもしれない。
しかし、なぜか胸騒ぎがするのだ。
ルイードの執着を考えれば考えるほど。
(もう二度とあんな思いはしたくない)
五年前。アウルがうかうかしているあいだに、側にいたはずのマデリンは遠くまで行ってしまった。
アウルは目を凝らして会場を見つめた。
***
マデリンは会場の近くに馬を繋ぎ、何食わぬ顔で会場に入った。
仮面舞踏会は匿名だ。
名前は確認されない。必要なのは招待状のみ。
マデリンに送られた招待状はゴミの中から探し出した。
(さて、あの男はどこかしら?)
マデリンは会場を見回す。
顔は仮面に隠されている。だから、探すのは大変だ。
しかし、マデリンには五年間で培った経験がある。
ルイードはこういう派手な遊びが好きなのだ。そして、こういう場所で女をたらし込んでいた。
(見つけた)
マデリンは口角を上げる。
金髪の男を探しても意味はない。
あの男は仮面舞踏会を遊ぶために来ているのだ。
もともと彼は有名人だ。そのままの髪色で行けばルイード・アレスだと簡単にばれてしまう。
だから、必ず髪の色を変えて来ていた。
(赤なんて似合わない色にしちゃって……)
マデリンは鼻で笑う。
ルイードは何度も真っ赤に染めた前髪をいじっていた。
今日の相手を物色しているのか、一人一人なめ回すように見ている。
(本当に、馬鹿な男)
どんなに痛い目を見ても、女性遊びだけはやめられないようだ。
仮面舞踏会は密会にちょうどいい。
名前も身分も隠して、会うことができる。秘密の恋人と秘密の目印をつけて落ち合うことも可能だ。
そして、秘密の商談を行うのにも使われる。
父が参加しているということは、秘密の相談をしていた可能性がある。
マデリンはルイードにまっすぐ近づいていった。
ルイードと目が合う。
途端、彼の口角が上がった。




