8-⑩
マデリンは二つに分かれた弾を拾い上げる。
銃弾をしっかり確認すると、本来火薬を詰める部分に小さく丸めた紙が入っていた。
「これって……」
マデリンは慎重に紙を取り出す。
紙を広げても手の平に載る程度の大きさだ。
マデリンは残りの四つの弾丸も分解した。
どの弾丸にも、火薬の代わりに紙が入っている。
丸まった紙を広げると、細かい字でメッセージが書かれていた。
『安心しろ。すべてうまくいく』
『怪我はしていないか?』
『君が来ないから、毎日が暇だ』
「本当に……」
マデリンは思わず苦笑をもらした。
「見つけられなかったらどうするのよ」
見つけられなかったとしても、問題はない。
重要なことなど何も書かれていないのだ。
ただ、マデリンに向けたメッセージ。
「馬鹿ね」
彼の遊び心なのだろう。
銃弾なんて使わなくても、この程度の言葉ならハンナが直接伝えることも可能だっただろう。
それに、こんなに手の込んだことをするのなら、もっと伝えるべきことがあるのではないか。
しかし、気持ちが軽くなったような気がする。
(アウルから貰った初めての手紙がこれになるなんて)
マデリンは一人で肩を揺らして笑う。
小さな紙を摘まんで揺らした。
(こんなの、しまっておきにくいじゃない)
マデリンは一通ずつ、弾丸の中に手紙を戻した。
『みんなが君を恋しがっている』
マデリンは一枚を爪で弾く。
(あなたはどうなのよ?)
本人に尋ねる勇気はない。
みんなの中にアウルは入っているのか。友人としてでいい。少しは恋しいと感じているのだろうか。
彼の字をなぞりながら、彼の顔を思い浮かべた。
マデリンはいつもアウルに振り回されてばかりだと思う。
彼の考えていることはわからない。その優しさの理由を勘ぐってしまう時がある。
こうやってひとりでヤキモキしていると思うのだ。
(私ばかり好きでなんだか悔しいじゃない)
弾丸を転がす。
こんな小さな贈り物にマデリンの心は振り回されている。
ずるい男だと思う。
マデリンはなんとなしに部屋を出た。部屋にひとりでいると、余計なことを考えそうになったからだ。
謹慎を言い渡されてからというもの、マデリンが意味もなく屋敷の中を歩くのは、使用人たちにとっては当たり前の行事になっている。
使用人の数人が荷物を抱えながら、楽しそうに歩いてきた。
彼女たちの荷物を見る限り、夜会の準備なのだろう。
(明日は舞踏会に参加すると言っていたわね)
先日、晩餐の席で父が言っていたのだ。
その舞踏会すら、マデリンの参加は許されなかった。
使用人がマデリンを見つけて立ち止まる。そして、深く頭を下げた。
「ご苦労様」
マデリンは使用人たちに一声かけて、まっすぐ廊下を歩いた。
(仮面……)
荷物の中から仮面が顔を覗かせていた。
目の部分を覆うための仮面だ。仮面は華やかに彩られ、装飾が施されている。
(明日は仮面舞踏会なのね)
この手の夜会は時折行われる。
派手なイベントが好きな貴族が、ときどき主催をするのだ。
パートナー不要のパーティーだ。
正体を隠した中で行われるパーティーには独特の雰囲気がある。
マデリンはあまり好きではなかった。誰ともわからない相手とダンスを踊るのは苦痛だからだ。
屋敷をぐるりとまわって部屋に戻ると、侍女が午後のお茶菓子の準備をしていた。
毎日暇をしているマデリンのために、いつも豪華なティーセットを用意してくれているのだ。
「おかえりなさい。お散歩中でしたか?」
「ええ。いつものようにグルッと回ってきたわ」
マデリンはティーセットの前に座る。
目の前にはベリーソースがたっぷりのったチーズケーキが鎮座していた。
「料理長、渾身の力作だそうですよ」
「毎日そう言ってない?」
「はい。最近、スイーツ作りにはまっているようですよ」
マデリンはケーキを口に入れる。
ベリーの酸味が口の中を支配した。そのあとを追って現れるチーズの風味。
マデリンは目を細めた。
「おいしいわ。今日も大成功ね」
「伝えておきます」
侍女は嬉しそうに目を細める。
マデリンは紅茶で口を潤すと、口を開いた。
「ねえ。実はあなたにお願いがあるの」
「なんでしょうか?」
「明日、パーティーに行く手助けをしてくれない?」
侍女は目を丸くした。
***
予定どおり、両親と兄は仮面舞踏会に向けて出かけていった。
陽が落ちる少し前のことだ。
家族を乗せた馬車が小さくなるのを、二階の窓から見送ったマデリンは振り返った。
「行ったわね。では、準備をお願い」
「はい。時間がありませんから、急ぎましょう」
侍女は予め準備していたドレスを引っ張り出す。
他の使用人にも手伝って貰って、三人がかりでドレスを着た。
「このドレスをこんなに早く着ることになるとは思わなかったわ」
マデリンは鏡の前に立ちながら笑った。
これは、先日アウルと乗馬服を作った際についでに買ったものだ。
狩猟大会のあとには必ずパーティーがある。
その時にもお揃いがいいだろうと言って選んだ物だった。
「狩猟大会の前に着てよろしいのですか?」
「いいの。狩猟大会には行けるかわからないし、他のドレスだとお父様たちにバレてしまうかもしれないもの」
他のドレスは家族も一度は見たことがあるものばかりだ。
マデリンは黒のカツラをかぶり、昨夜侍女とこっそり作った仮面をつける。
「どうかしら?」
「お似合いです。だれもお嬢様だとはわからないと思います」
「ありがとう」
「いいですか? 絶対に旦那様方よりも早く帰ってきてください」
侍女は真面目な顔で言った。
マデリンはしっかりと頷く。
「ええ」
「もし、遅れてしまった場合は眠っていることにしますから、深夜まで隠れていてください。馬小屋だったら旦那様方もわからないと思いますから。お迎えにあがります」
「何もかもありがとう。巻き込んでごめんなさい」
マデリンの謝罪に侍女は頭を横に振った。
「私がお願いしたことですから。相談してくれてありがとうございます。屋敷のことは私に任せて、行ってきてください」
侍女に背中を押され、マデリンは馬小屋に駆けた。
マデリンは銃弾を一つ取り出す。
『マデリンは安心して、待っていてくれ』
アウルからのメッセージだ。
何回目のメッセージかはわからない。
外に出られないマデリンを案じ、書いてくれたのだろう。
「ごめんね、アウル。私は待っているだけのお姫様ではないの」
マデリンは銃弾に口づけると、ドレスのまま馬に飛び乗った。




