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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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8-⑩

 マデリンは二つに分かれた弾を拾い上げる。

 銃弾をしっかり確認すると、本来火薬を詰める部分に小さく丸めた紙が入っていた。


「これって……」


 マデリンは慎重に紙を取り出す。

 紙を広げても手の平に載る程度の大きさだ。

 マデリンは残りの四つの弾丸も分解した。

 どの弾丸にも、火薬の代わりに紙が入っている。

 丸まった紙を広げると、細かい字でメッセージが書かれていた。


『安心しろ。すべてうまくいく』

『怪我はしていないか?』

『君が来ないから、毎日が暇だ』


「本当に……」


 マデリンは思わず苦笑をもらした。


「見つけられなかったらどうするのよ」


 見つけられなかったとしても、問題はない。

 重要なことなど何も書かれていないのだ。

 ただ、マデリンに向けたメッセージ。


「馬鹿ね」


 彼の遊び心なのだろう。

 銃弾なんて使わなくても、この程度の言葉ならハンナが直接伝えることも可能だっただろう。

 それに、こんなに手の込んだことをするのなら、もっと伝えるべきことがあるのではないか。

 しかし、気持ちが軽くなったような気がする。


(アウルから貰った初めての手紙がこれになるなんて)


 マデリンは一人で肩を揺らして笑う。

 小さな紙を摘まんで揺らした。


(こんなの、しまっておきにくいじゃない)


 マデリンは一通ずつ、弾丸の中に手紙を戻した。


『みんなが君を恋しがっている』


 マデリンは一枚を爪で弾く。


(あなたはどうなのよ?)


 本人に尋ねる勇気はない。

 みんなの中にアウルは入っているのか。友人としてでいい。少しは恋しいと感じているのだろうか。

 彼の字をなぞりながら、彼の顔を思い浮かべた。

 マデリンはいつもアウルに振り回されてばかりだと思う。

 彼の考えていることはわからない。その優しさの理由を勘ぐってしまう時がある。

 こうやってひとりでヤキモキしていると思うのだ。


(私ばかり好きでなんだか悔しいじゃない)


 弾丸を転がす。

 こんな小さな贈り物にマデリンの心は振り回されている。

 ずるい男だと思う。

 マデリンはなんとなしに部屋を出た。部屋にひとりでいると、余計なことを考えそうになったからだ。

 謹慎を言い渡されてからというもの、マデリンが意味もなく屋敷の中を歩くのは、使用人たちにとっては当たり前の行事になっている。

 使用人の数人が荷物を抱えながら、楽しそうに歩いてきた。

 彼女たちの荷物を見る限り、夜会の準備なのだろう。


(明日は舞踏会に参加すると言っていたわね)


 先日、晩餐の席で父が言っていたのだ。

 その舞踏会すら、マデリンの参加は許されなかった。

 使用人がマデリンを見つけて立ち止まる。そして、深く頭を下げた。


「ご苦労様」


 マデリンは使用人たちに一声かけて、まっすぐ廊下を歩いた。


(仮面……)


 荷物の中から仮面が顔を覗かせていた。

 目の部分を覆うための仮面だ。仮面は華やかに彩られ、装飾が施されている。


(明日は仮面舞踏会なのね)


 この手の夜会は時折行われる。

 派手なイベントが好きな貴族が、ときどき主催をするのだ。

 パートナー不要のパーティーだ。

 正体を隠した中で行われるパーティーには独特の雰囲気がある。

 マデリンはあまり好きではなかった。誰ともわからない相手とダンスを踊るのは苦痛だからだ。


 屋敷をぐるりとまわって部屋に戻ると、侍女が午後のお茶菓子の準備をしていた。

 毎日暇をしているマデリンのために、いつも豪華なティーセットを用意してくれているのだ。


「おかえりなさい。お散歩中でしたか?」

「ええ。いつものようにグルッと回ってきたわ」


 マデリンはティーセットの前に座る。

 目の前にはベリーソースがたっぷりのったチーズケーキが鎮座していた。


「料理長、渾身の力作だそうですよ」

「毎日そう言ってない?」

「はい。最近、スイーツ作りにはまっているようですよ」


 マデリンはケーキを口に入れる。

 ベリーの酸味が口の中を支配した。そのあとを追って現れるチーズの風味。

 マデリンは目を細めた。


「おいしいわ。今日も大成功ね」

「伝えておきます」


 侍女は嬉しそうに目を細める。

 マデリンは紅茶で口を潤すと、口を開いた。


「ねえ。実はあなたにお願いがあるの」

「なんでしょうか?」

「明日、パーティーに行く手助けをしてくれない?」


 侍女は目を丸くした。


 ***


 予定どおり、両親と兄は仮面舞踏会に向けて出かけていった。

 陽が落ちる少し前のことだ。

 家族を乗せた馬車が小さくなるのを、二階の窓から見送ったマデリンは振り返った。


「行ったわね。では、準備をお願い」

「はい。時間がありませんから、急ぎましょう」


 侍女は予め準備していたドレスを引っ張り出す。

 他の使用人にも手伝って貰って、三人がかりでドレスを着た。


「このドレスをこんなに早く着ることになるとは思わなかったわ」


 マデリンは鏡の前に立ちながら笑った。

 これは、先日アウルと乗馬服を作った際についでに買ったものだ。

 狩猟大会のあとには必ずパーティーがある。

 その時にもお揃いがいいだろうと言って選んだ物だった。


「狩猟大会の前に着てよろしいのですか?」

「いいの。狩猟大会には行けるかわからないし、他のドレスだとお父様たちにバレてしまうかもしれないもの」


 他のドレスは家族も一度は見たことがあるものばかりだ。

 マデリンは黒のカツラをかぶり、昨夜侍女とこっそり作った仮面をつける。


「どうかしら?」

「お似合いです。だれもお嬢様だとはわからないと思います」

「ありがとう」

「いいですか? 絶対に旦那様方よりも早く帰ってきてください」


 侍女は真面目な顔で言った。

 マデリンはしっかりと頷く。


「ええ」

「もし、遅れてしまった場合は眠っていることにしますから、深夜まで隠れていてください。馬小屋だったら旦那様方もわからないと思いますから。お迎えにあがります」

「何もかもありがとう。巻き込んでごめんなさい」


 マデリンの謝罪に侍女は頭を横に振った。


「私がお願いしたことですから。相談してくれてありがとうございます。屋敷のことは私に任せて、行ってきてください」


 侍女に背中を押され、マデリンは馬小屋に駆けた。

 マデリンは銃弾を一つ取り出す。


『マデリンは安心して、待っていてくれ』


 アウルからのメッセージだ。

 何回目のメッセージかはわからない。

 外に出られないマデリンを案じ、書いてくれたのだろう。


「ごめんね、アウル。私は待っているだけのお姫様ではないの」


 マデリンは銃弾に口づけると、ドレスのまま馬に飛び乗った。

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― 新着の感想 ―
いけっ、マデリン!(^∇^) 楽しみ〜。
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