8-⑨
ハンナの突然の言葉に目を丸くした。
こんなにも率直に尋ねられるとは思っていなかったのだ。
大半が政略結婚だ。「婚約者のことを好きなのか?」という質問はあまり意味がないと思っていた。
アウル自身、誰かに聞いたことはない。
そういう感情的な部分に触れるのは、いけないことだと思っていたからだ。
アウルはわずかに苦笑する。
「そうだな。……好きだ。だから、彼女を幸せにしたい」
アウルはまっすぐハンナを見て言った。
嬉しそうに彼女の口角が上がる。
「そうだと思ったのよ。私たち、ライバルね」
「ライバルか。負けてられないな」
アウルはガシガシと頭を掻いた。
マデリンにとって、性別は違えどアウルもハンナも『友人』だろう。そうなると、アウルのほうが分が悪いのではないか。
同性同士のほうが気安く話せるという点で。
現時点で、アウルはマデリンに会うことすらできずにいるのだ。
「当分のあいだ、マデリンのことは頼む」
「それはもちろん」
「次に会うときにはこれを」
アウルはポケットから猟銃の弾丸を取り出す。
ハンナは眉根を寄せた。
「また? 一個渡せばわかると思うけど」
「いや、次回も頼む」
ハンナは不服そうに弾丸を受け取った。
***
マデリンはつまらない毎日を過ごしている。
謹慎を言い渡されて半月が過ぎた。
結婚式の準備も狩猟大会の準備も順調だ。家族に探りを入れても、新しい情報は手に入らない。
救いはハンナが遊びに来てくれることだ。
ハンナはいつも雑談に交えて情報を教えてくれる。彼女がいなかったら、ずっとヤキモキしていただろう。
マデリンは紅茶を飲みながら、ハンナから聞いた最近の噂話を思い出していた。
『アレス家の若様は、新しい婚約者との婚約をどうにかしたいみたい』
『そう。あんなにラブラブだったのに』
マデリンは笑う。
多くの人が集まる狩猟大会で、場所も考えずに愛し合うほどの仲だったのに。
結局ルイードは人を愛することはないのだろう。
彼が好きなのは彼自身なのだと思った。
『最近は、ナターシャの悪い情報を探っているみたい』
『悪い情報ねぇ……。そんなに簡単に出てくるものかしら?』
ルイードをマデリンから奪った今、彼女も慎重になっているはずだ。
彼女も相手は誰でもいいわけではないだろう。公爵夫人になれるチャンスだと思ったから、ルイードの誘いを受け入れた可能性がある。
『お茶会では女王様気分でいるけど、それくらいで婚約破棄はできないし』
『そうね。彼女が不貞行為でもおかさない限りは難しいかもしれないわね』
マデリンはハンナとの会話を思い出しながら、ぽつりと呟いた。
「不貞行為……ね」
せっかく公爵夫人になれるのだ。
そんな馬鹿な真似は絶対しない。
あとは犯罪を犯した場合なら婚約破棄も可能だろう。しかし、それは不貞行為以上に可能性が低くなる。
「でも、あの男なら、でっち上げるくらいしでかしそうね」
マデリンは想像して肩を振るわせた。
ルイードという男はそれくらいやりかねないと思ったのだ。
彼は次期公爵として育てられたせいか、自尊心が強い。そして、自分がこうだと思ったことは曲げようとしないところがある。
(二人が婚約破棄をしても私には関係ないけど)
マデリンはすでにアウルと婚約を結んでいる。
ルイードがナターシャとの婚約を反故にしても、マデリンが関わることではない。
ルイードがマデリンと再び婚約するためには、マデリンとアウルが婚約を破棄する必要が出てくるからだ。
父がそれをよしとしても、ルート家は納得しないだろう。
マデリンはテーブルの上で五つに増えた弾丸を転がす。
「こんなの、一個あればじゅうぶんなのに」
マデリンはアウルの顔を思い出しながら、苦笑を浮かべる。
ハンナが仲間だと知らせるための弾丸。
しかし、ハンナはマデリンのもとに来るたびに、マデリンに手渡した。
一度貰えばじゅうぶんではないのか。
しかし、ハンナもよくわかっていないらしい。
テーブルの上で五つの弾頭がコロコロと転がる。
一個が勢いよく転がって、床に落ちていった。
マデリンは慌てて立ち上がる。すると、テーブルの上に残っていた四つの弾丸も、最初の一つの後を追うように床に向かって走り出す。
バラバラと大きな音を立てて弾丸が床に散らばった。
「え……?」
マデリンは目を丸くする。
拾った弾丸の弾頭部分が外れたからだ。




