8-⑥
マデリンは笑みを浮かべる。
「そんなつもりはないわ」
「取り繕う必要はない。今、おまえが気になることなんてそれくらいだろう」
「気にならないと言ったら嘘になるわ。以前、アウルが許可を取ったと言っていたから……」
「父上が他人との約束を反故にするのはおかしいと?」
兄の言葉にマデリンは頷く。
父は小心者だ。他者からの評価を強く気にするところがある。
ルイードとの婚約破棄がうまくいったのも、この性格が作用したからだろう。
マデリンは浮気現場を見せられたかわいそうな娘。
そして、ルイードの浮気相手であったナターシャの父親が激昂したことで、うまくことが運んだのだ。
父はルイードを非難する立場に立たねばならなくなった。
結果、ルイードとマデリンは婚約を解消しルイードはナターシャと婚約を結ぶことになったのだ。
そんな父が、大きな理由なしにアウルとの約束を反故にするとは思えない。
「私は父上から何も聞いていない。だから、私の手伝いをしてもくまを濃くするだけだ」
「そう……。お兄様なら何か知ってると思ったのに残念だわ」
マデリンは素直に落胆してみせた。ここまで意図がバレているのであれば、兄に気を使う必要もないだろう。
「私に何も言っていないということは、母上も何も知らないだろう」
「そうよね」
母は奥ゆかしい性格をしている。父が何かを言ってこない限り、自分から首を突っ込むことはしないだろう。
母に聞いても「お父様の言うことを聞きなさい」と諭されるに違いない。
(この屋敷の中で得られる情報はなしか……)
マデリンは小さなため息をつく。
少しでも情報が得られればと思ったのだ。
「そんなに狩猟大会に出たいのか?」
「もちろん出たいわ。でも、それ以上に突然お父様の考えが変わった理由が知りたいの」
「アウルとは仲良くやっているようだな」
「婚約者だし、普通でしょう?」
「前の婚約者のときは必要最低限のみ会っていた人間の言うことではないな」
兄が呆れたように言う。
マデリンはペロリと舌を出した。
「だって浮気男のために時間を使うなんて無駄でしょう?」
「それもそうだな」
「お兄様は浮気なんてだめよ?」
「そういうことができるように見えるか?」
「見えないけど。世の中、何があるかわからないわ」
兄の婚約者はマデリンよりも年下だ。
兄の結婚相手も父が決めたものだ。この国の貴族のほとんどは政略結婚だから、これが普通なのだと思う。
結婚は家と家の繋がり。すべては家長に委ねられる。
兄と婚約者は、あと二年もすれば結婚することになるだろう。
家を出る身ではあるが、彼らが結婚すれば無関係ではいられない。
できれば、兄の婚約者にはいやな思いはしてほしくなかった。
「お兄様が浮気に走るようなら、婚約者さんに猟銃の扱い方を教えておかなくちゃ」
「……肝に命じておこう」
兄は険しい顔をして言った。
想像してしまったのだろうか。
彼は猟が苦手だ。いや、猟がというよりは運動全般が苦手だった。
走ることも、馬に乗ることも。幼いころ、元気でやんちゃなマデリンと、物静かだった兄はよく比べられていた。
「性別が逆だったら……」と何度言われただろうか。
「これ以上私がいても邪魔になりそうだから、部屋に戻るわね」
「ああ、まずはゆっくり休んだほうがいい」
「はーい。おやすみなさい」
マデリンは兄に背を向け、手を上げた。ひらひらと振る。
すると、兄が思い出したように声を上げた。
「一つ」
彼の言葉にマデリンは振り返る。そして、首を傾げた。




