8-②
毎日馬で駆け、猟銃を構えた。それはまるで五年前に戻ったようだったのだ。
お揃いの乗馬服まで用意したのだ。
それが着れないのは残念だなと思った。
(アウルになんて説明しよう)
一番がっかりするのはアウルなのではないか。忙しい侯爵代理の仕事をこなしながらマデリンのために時間を作ってくれていた。
父の一方的な決定に納得はいっていない。しかし、それを覆すだけの武器がマデリンにはなかった。
廊下から足音が聞こえる。
侍女が戻ってきたのだろう。
予想どおりノックのあと、扉が開いた。
「お嬢様、軽食をこっそりいただいてきました」
笑みを浮かべる侍女の手には大きなバスケットがあった。
マデリンは目を丸くする。
「こんなにたくさん、どうしたの?」
「『お嬢様がお腹を空かせている』って言ったらみんなが用意してくださいました」
侍女はにこにこと笑みを浮かべ、テーブルの上に食事を並べた。
マデリンはテーブルの上を覗き込む。そして、感嘆の声を上げた。
今まで罰として食事を抜かれたことは多々あった。
そんな時は侍女がこっそり食事を手に入れてくれるのだが、こんなにたんさん手に入ったのを見たことはない。
みんな、父がこわいのだ。
その気持ちはよくわかる。だって、父は「クビ」と一言言えば、彼らは明日から職を失う。ただの令嬢であるマデリンには、そうなった時に救うことができない。
だから、しかたのないことだ。
「きっと、賄賂のおかげです」
侍女がニコニコと笑った。
「賄賂……」
アウルの顔が浮かぶ。マデリンのもとを訪れるとき、彼は必ず使用人たちにもお土産を用意してきていた。彼が「賄賂」と言っていたが、こういう時に役に立つとは思わなかった。
「これも、アウルのおかげね」
不器用なマデリンにはできないことだ。
今、ここにはいないのに彼の存在を感じる。
自然と笑みがこぼれる。
「さあ、あたたかいうちにお召し上がりください」
「それにしても多いわ。一緒にどう?」
「いえ、お嬢様のために用意してもらった物ですから」
サンドイッチなど簡単に食べられるものから、フルーツまでそろっている。
晩餐ほどとはいかないが、お腹と心を満たすにはじゅうぶんな質と量だ。
マデリンが食事を終えると、侍女が食後の紅茶を入れながら言った。
「一つ、悪い知らせがあります」
「神妙な顔しちゃって。それだけで想像ができるわね」
マデリンは肩を揺らす。
父との喧嘩のあとだ。悪い知らせなど、想像に容易い。
侍女は眉尻を落とした。
「お嬢様は当分のあいだ謹慎とのことです」
「そう」
マデリンをティーカップを手にしながら、小さく相づちを打つ。
侍女は目を瞬かせた。
「驚かないのですか?」
「もう何回目だと思っているの。謹慎期間は狩猟大会明けまで? それとも結婚式までかしら?」
「お嬢様の想像通り、結婚式までです。それまではアウル様も屋敷に通すなと……」
「そう。本当にお父様って自分勝手よね」
マデリンはため息をつく。
狩猟大会に参加してはいけない理由を教えてはくれない。
そして、マデリンを屋敷に縛り付けるのだ。
しかし、理由なく謹慎にするとは思えない。怒りに任せた可能性は否めないが、狩猟大会に関してはアウルが一度許可を取っている。
それを覆したのだ。
家族との約束を簡単に覆しても、他人――今後親族として付き合う相手との約束を覆すには何かしらの理由があるのだろう。
「じゃあ、当分はゴロゴロしてようかしらね」
マデリンは優雅に笑った。
侍女は何とも言えない顔でマデリンを見る。
彼女はマデリンが狩猟大会を楽しみにしていたことをよく知っている。だから、心配しているのだろう。もしかしたら、同情しているのかもしれない。
いつも父親から楽しみを奪われてきた憐れなマデリンを。
「そんな顔しないで。どうせだから、この前買った小説を読破しちゃおうかしら?」
「はい。準備しますね」
「ええ、あとは今夜からあなたにおやすみをあげる」
突飛な提案に侍女は目を丸くした。
「そんなわけにはいきません!」
「部屋で本を読むだけだし、必要なら誰かに頼むわ。こういうときこそ、あなたは休みなさい」
「ですが……」
「あ、私が寝るまでは勤務時間よ?」
「当たり前です。もう……お嬢様は言い出したら聞かないから……」
侍女は文句を言いながらも休みを受け入れた。
そして、就寝の支度をして彼女は使用人が与えられている部屋へと戻っていったのだ。
***
夜半。
マデリンは月が主役になった空を見上げた。
そして、寝間着を脱ぎ捨てる。




