7-①
ルイード視点です。
ルイードは馬車の中でひとり、親指の爪を噛んだ。
馬車の揺れを感じながら、苛立ちが募る。
(なぜ、うまくいかない!?)
ルイードの人生は順風満帆だった。つい数ヶ月前までは。
アレス公爵家の嫡男として生まれたルイードには、素晴らしい未来が約束されていたはずだ。
忠臣と、美しく賢い妻。
マデリン・トルバは少々難があったが、ルイードの理想に一番近かった。
年の近い王女たちはどれもわがままで、扱いに困る。婚姻してあのわがままな性格が治るとは思えなかった。
だから、選択肢から真っ先に外したのだ。
マデリンは社交デビューの日まで、ほとんど表には出てこなかった。
社交デビューの前でも、女性たちはお茶会などで顔を合わせる。
ルイードの母は頻繁にお茶会を開催していた。お茶会が好きという理由もあるが、母にはそれ以上の目的があった。
ルイードの妻に相応しい令嬢を品定めするためだ。
そのため、彼女はデビュー前の令嬢たちも歓迎していた。
他の貴族たちもその意図をしっかりと理解していたのだろう。ルイードと年齢の近い娘たちを着飾らせ、お茶会に参加せていた。
ルイードは、時間を見計らって母のお茶会に参加する人に挨拶をする。それだけだ。
気に入った令嬢に声をかけ、二人きりで会ったこともある。
『ルイード様のこと、前からお慕いしておりました』
女はみんな、同じだ。頬を染め、瞳を潤ませてルイードを見上げる。
『僕も君のことが可愛いと前から思っていたよ』
適当に言葉を合わせ、ルイードは頬を撫でる。そうすれば、女は簡単にルイードに身を任せるのだ。
しかし、簡単になびく女に魅力は感じなかった。
二、三度会うと女決まって同じことを言う。
『私をルイード様の妻にしてください』
足をルイードの足に絡ませ、胸をルイードに押しつけながら。
ルイードも決まり文句を口にする。
『両親の許可が下りるように努力してみよう』
その言葉を口にすると、女は少し不満そうな顔をする。そうしたら、口を塞げば何も言わなくなるのだ。
(そもそも、貞操観念の低い女が公爵夫人に相応しいわけがないだろう?)
女たちは自分が遊びだと気づいていないのだ。
面倒なこと言ってくるようになったら離れる。ルイードはそれを繰り返した。
ある日、そんなルイードに母の雷が落ちた。
『ルイード、そろそろ遊んでばかりではなくて、婚約者をお決めなさい』
『母上、そうは言っても母上のようにアレス家に相応しい女性がなかなか見つからないのです』
ルイードは肩を竦めた。
現に相応しいと思える女性が本当に見つかっていないのだ。
母が「どうか?」と行ってきた女性はどれも好みの顔ではなかった。
好みの顔の女は簡単に男に股を開く。これでは決めようがないではないか。
母は大きなため息をつく。
『誰しも完璧ではないわ。相応しくなければ、そうなるように磨けばいいの』
『磨く……ですか』
(そんな面倒なことを……)
ルイードはため息をついた。
『いい? 明日のお茶会で候補者を決めなさい。伯爵家以上の品のいい子たちを呼んでおいたわ』
『わかりました』
翌日のお茶会で、初めてマデリン・トルバが母のお茶会に参加したのだった。
その日のことは覚えている。まだ十五歳だっただろうか。
他の令嬢たちとは醸し出す雰囲気が違った。
警戒心の強い猫のように視線を巡らせていた。
ルイードは凜とした横顔が美しいと思ったのだ。
お茶会のあいだ、マデリンはけっして誰にも媚びなかった。他の令嬢たちは愛想笑いを浮かべ打ち解けようと必死だというのに、マデリンは違ったのだ。
母親の隣で背筋を伸ばしたまま座り、夫人たちの会話に耳を傾ける程度だった。
(肝が据わっているな)
そういうところは公爵夫人に相応しい。
普通ならば、おどおどとどこかのグループに入り安心したいはずだ。
誰の目を気にするわけでもなく、ただつまらなさそうにしている。
(気に入った)
ルイードは直感で彼女こそが運命だと感じていた。
今までお茶会に現れなかったのも、運命の悪戯だろう。
時に運命は悪戯な演出を好む。
ルイードは一人になった時を狙って、マデリンに声をかけた。
母親から離れ、アレス家の庭園に入ったところを狙った。
『君』
声をかけられたマデリンはふりかえった。
長い金の髪が弧を描く。
そして、ルイードを見るとわずかに眉根を寄せた。
ルイードは気にせず笑みを見せる。
『せっかくだから、庭園を案内しよう』




