6-⑨
ルイードの力は強く、振りほどこうにもほどけなかった。
マデリンは眉根を寄せる。
「おまえはおとなしく、僕の言う通りに生きればいいんだ」
「そんな人生はまっぴらだと言っているでしょう!? 私は生きたいように生きると決めたの!」
マデリンは声を荒らげる。
もう二度と自分を殺して生きるような真似はしない。そう決めたのだ。
ルイードが苛立ちに奥歯を噛みしめる。
空いているほうの手が空高く上がった。
マデリンを叩くつもりなのだろう。
「ルイード・アレス。その手を離せ」
地響きのような低い声が響いた。
「アウル……」
マデリンは目を見開いた。
驚くのも無理はない。彼の手には猟銃が握られていたからだ。
ルイードの手が一瞬緩まる。マデリンはその隙に彼の手を振りほどき、ルイードから逃れた。
「アウル・ルート。君が今、誰に猟銃を向けているのかわかっているのか?」
ルイードは震える声で尋ねる。
マデリンは息を殺し、二人を見守った。
「ええ、わかっているつもりです。人の婚約者にちょっかいを出す害獣、ですかね?」
アウルの鋭い眼がルイードを射貫く。ルイードは頬を引きつらせて、一歩二歩と後退った。
何を考えているかわからない目だ。
怒り? しかし、アウルが怒る理由が思いつかない。
勝手に敷地内に入られたことを怒っているだろうか。しかし、それならば猟銃を持ち出すほどのことではない。
「敷地内に入った害獣は駆除しないと。そうでしょう?」
「馬鹿なことを言うな!」
「安心してください。私はうまいので、一発で仕留められますよ。下手くそなマデリンと違って、ね」
アウルはわずかに口角を上げた。
見たことのない彼の仕草や表情にマデリンは身震いした。
彼の表情に恐怖したのはマデリンだけではなかったようだ。ルイードがその場にへたり込む。
「や、やめろ! 話せばわかる」
「話が通じないから、害獣なんですよ」
アウルは落ち着いた声色で言った。
猟銃はルイードに向けたまま。今にも引き金を引いてしまいそうだ。
もしも、本当に彼が引き金を引いてしまったら?
マデリンと同じようにうまく言い訳がきくだろうか。
マデリンは慌てて叫んだ。
「アウル……! 私は大丈夫だから」
アウルが一瞬止まる。視線がルイードからマデリンに移った。
彼は小さくため息をつくと、猟銃を下ろす。
「今すぐに帰ってください。私の気が変わる前に」
「わ、わかった……」
ルイードは足が竦んでいるせいか這いつくばるようして、アウルの前を走っていった。
強い風が吹く。
マデリンの髪が風靡いて視界を塞ぐ。
風が止んだときには、いつものアウルが目の前にいた。
「いやあ。よかった。弾が入っていないとバレる前にマデリンが声をかけてくれて」
アウルが目を細めニヘラと笑う。
気の抜けたような声色に、マデリンは目を丸くした。
「弾、入ってなかったの?」
「ああ。練習に使うかなと思って持って来ただけだからさ」
「そう……」
マデリンはホッと胸を撫で下ろした。
いつものアウルだ。
ルイードを追い出すために迫真の演技を見せたのだろう。
「びっくりしたわ。もし何かあったらと思うと……」
「使用人から聞いて慌てて来たんだ。門の前で追い返せればよかったんだが……」
「しかたないわ。腐ってもアレス家の若様よ。一介の使用人がどうすることもできないもの」
マデリンには使用人を責めることはできない。
きっと、トルバ家にいても彼を追い出すことはできないからだ。
「だからって危ないことはしてはだめよ」
「なかなかうまかっただろう?」
「そうね。舞台俳優顔負けの演技だったわ」
背筋が凍るほどだ。
あのままルイードを撃ってしまうのではないかと思った。
ふだんのアウルからでは考えられないのに。
マデリンはアウルをジッと見つめる。
アウルは不思議そうに首を傾げた。
「怪我はないか?」
「ないわ。少し腕を強くつかまれたくらいよ。だから大丈夫」
マデリンは自身の腕をさする。
まだ少し感触は残っている。しかし、時間が経てば忘れるだろう。
「あいつはどんな用事でマデリンのもとに?」
「大した用事ではなかったわ」
「大した用事もないのに、こんなところまで押しかけてこないだろ? 本当は?」
アウルはマデリンをジッと見つめた。
うまい言い訳は思いつかない。
マデリンは肩を竦める。
「今の婚約者が気に入らないみたい」
「ああ、あの狩猟大会のときの遊び相手か?」
「ええ。相手のほうは本気だと思うけど」
お茶会であれほどマデリンを罵ったのだ。本気でないわけがない。しかし、ルイードのほうは気に食わない様子だった。
「侯爵家も伯爵家も変わらないと思うけど」
「マデリンのよさに気づいたのかもな」
「あら? 私はただの野蛮な趣味を持っているだけの至って普通の令嬢よ」
ルイードが執着するような素晴らしい功績もない。
アウルは笑った。
「自分の魅力っていうのは見えないものさ」
「あら? もしかして、褒めてくれてるの?」
「もちろん。婚約者だからな」
アウルはくしゃりとマデリンの頭を撫でた。
「今日の練習は中止だ。怪我がないか確認しよう」
「だから、大丈夫だって」
マデリンは唇を尖らせた。
「気づいていないだけの可能性もある。あと、今後のことを相談しよう」
「今後?」
「あいつのことだから、簡単に諦めるとは思えない」
あいつ――ルイードのことだろう。
アウルは眉根を寄せ、難しい顔をした。
「あんな目にあったのに?」
「マデリンにもっとひどい目にあってるのに、こんなところまでノコノコやってくる奴だろ?」
「それも……そうね」
アウルは未遂だったが、マデリンは一発撃っている。
それでも懲りずにマデリンに会いに来ている時点で、警戒すべきなのだろう。
(婚約破棄しても付きまとうなんて面倒な人)
マデリンはため息をついた。
「今日はうちのパティシエが、マデリンのために新作スイーツを作っているらしい。それを食べながら相談しよう」
「そういうことなら、しかたないわね。早く屋敷に戻りましょう」
マデリンは愛馬を撫でる。そして、「明日はたくさん遊びましょうね」と囁いた。




