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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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6-⑨

 ルイードの力は強く、振りほどこうにもほどけなかった。

 マデリンは眉根を寄せる。


「おまえはおとなしく、僕の言う通りに生きればいいんだ」

「そんな人生はまっぴらだと言っているでしょう!? 私は生きたいように生きると決めたの!」


 マデリンは声を荒らげる。

 もう二度と自分を殺して生きるような真似はしない。そう決めたのだ。

 ルイードが苛立ちに奥歯を噛みしめる。

 空いているほうの手が空高く上がった。

 マデリンを叩くつもりなのだろう。


「ルイード・アレス。その手を離せ」


 地響きのような低い声が響いた。


「アウル……」


 マデリンは目を見開いた。

 驚くのも無理はない。彼の手には猟銃が握られていたからだ。

 ルイードの手が一瞬緩まる。マデリンはその隙に彼の手を振りほどき、ルイードから逃れた。


「アウル・ルート。君が今、誰に猟銃を向けているのかわかっているのか?」


 ルイードは震える声で尋ねる。

 マデリンは息を殺し、二人を見守った。


「ええ、わかっているつもりです。人の婚約者にちょっかいを出す害獣、ですかね?」


 アウルの鋭い眼がルイードを射貫く。ルイードは頬を引きつらせて、一歩二歩と後退った。

 何を考えているかわからない目だ。

 怒り? しかし、アウルが怒る理由が思いつかない。

 勝手に敷地内に入られたことを怒っているだろうか。しかし、それならば猟銃を持ち出すほどのことではない。


「敷地内に入った害獣は駆除しないと。そうでしょう?」

「馬鹿なことを言うな!」

「安心してください。私はうまいので、一発で仕留められますよ。下手くそなマデリンと違って、ね」


 アウルはわずかに口角を上げた。

 見たことのない彼の仕草や表情にマデリンは身震いした。

 彼の表情に恐怖したのはマデリンだけではなかったようだ。ルイードがその場にへたり込む。


「や、やめろ! 話せばわかる」

「話が通じないから、害獣なんですよ」


 アウルは落ち着いた声色で言った。

 猟銃はルイードに向けたまま。今にも引き金を引いてしまいそうだ。

 もしも、本当に彼が引き金を引いてしまったら?

 マデリンと同じようにうまく言い訳がきくだろうか。

 マデリンは慌てて叫んだ。


「アウル……! 私は大丈夫だから」


 アウルが一瞬止まる。視線がルイードからマデリンに移った。

 彼は小さくため息をつくと、猟銃を下ろす。


「今すぐに帰ってください。私の気が変わる前に」

「わ、わかった……」


 ルイードは足が竦んでいるせいか這いつくばるようして、アウルの前を走っていった。

 強い風が吹く。

 マデリンの髪が風靡いて視界を塞ぐ。

 風が止んだときには、いつものアウルが目の前にいた。


「いやあ。よかった。弾が入っていないとバレる前にマデリンが声をかけてくれて」


 アウルが目を細めニヘラと笑う。

 気の抜けたような声色に、マデリンは目を丸くした。


「弾、入ってなかったの?」

「ああ。練習に使うかなと思って持って来ただけだからさ」

「そう……」


 マデリンはホッと胸を撫で下ろした。

 いつものアウルだ。

 ルイードを追い出すために迫真の演技を見せたのだろう。


「びっくりしたわ。もし何かあったらと思うと……」

「使用人から聞いて慌てて来たんだ。門の前で追い返せればよかったんだが……」

「しかたないわ。腐ってもアレス家の若様よ。一介の使用人がどうすることもできないもの」


 マデリンには使用人を責めることはできない。

 きっと、トルバ家にいても彼を追い出すことはできないからだ。


「だからって危ないことはしてはだめよ」

「なかなかうまかっただろう?」

「そうね。舞台俳優顔負けの演技だったわ」


 背筋が凍るほどだ。

 あのままルイードを撃ってしまうのではないかと思った。

 ふだんのアウルからでは考えられないのに。

 マデリンはアウルをジッと見つめる。

 アウルは不思議そうに首を傾げた。


「怪我はないか?」

「ないわ。少し腕を強くつかまれたくらいよ。だから大丈夫」


 マデリンは自身の腕をさする。

 まだ少し感触は残っている。しかし、時間が経てば忘れるだろう。


「あいつはどんな用事でマデリンのもとに?」

「大した用事ではなかったわ」

「大した用事もないのに、こんなところまで押しかけてこないだろ? 本当は?」


 アウルはマデリンをジッと見つめた。

 うまい言い訳は思いつかない。

 マデリンは肩を竦める。


「今の婚約者が気に入らないみたい」

「ああ、あの狩猟大会のときの遊び相手か?」

「ええ。相手のほうは本気だと思うけど」


 お茶会であれほどマデリンを罵ったのだ。本気でないわけがない。しかし、ルイードのほうは気に食わない様子だった。


「侯爵家も伯爵家も変わらないと思うけど」

「マデリンのよさに気づいたのかもな」

「あら? 私はただの野蛮な趣味を持っているだけの至って普通の令嬢よ」


 ルイードが執着するような素晴らしい功績もない。

 アウルは笑った。


「自分の魅力っていうのは見えないものさ」

「あら? もしかして、褒めてくれてるの?」

「もちろん。婚約者だからな」


 アウルはくしゃりとマデリンの頭を撫でた。


「今日の練習は中止だ。怪我がないか確認しよう」

「だから、大丈夫だって」


 マデリンは唇を尖らせた。


「気づいていないだけの可能性もある。あと、今後のことを相談しよう」

「今後?」

「あいつのことだから、簡単に諦めるとは思えない」


 あいつ――ルイードのことだろう。

 アウルは眉根を寄せ、難しい顔をした。


「あんな目にあったのに?」

「マデリンにもっとひどい目にあってるのに、こんなところまでノコノコやってくる奴だろ?」

「それも……そうね」


 アウルは未遂だったが、マデリンは一発撃っている。

 それでも懲りずにマデリンに会いに来ている時点で、警戒すべきなのだろう。


(婚約破棄しても付きまとうなんて面倒な人)


 マデリンはため息をついた。


「今日はうちのパティシエが、マデリンのために新作スイーツを作っているらしい。それを食べながら相談しよう」

「そういうことなら、しかたないわね。早く屋敷に戻りましょう」


 マデリンは愛馬を撫でる。そして、「明日はたくさん遊びましょうね」と囁いた。

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