6-⑦
マデリンは目の前の男――ルイードを見て、眉根を寄せた。
「屋敷をお間違えではありませんか?」
「いいや。間違えていない」
「でしたら、使用人を呼びしましょう」
「不要だ。僕は君に用があって来たのだから」
「面白いことをおっしゃいますね。ここはルート侯爵家です。私に用事があるのでしたら、トルバ家にお越しくださればよろしいのに」
マデリンは肩を揺らして笑った。
マデリンに会いたいのであれば、トルバ家に来るのが道理。
「君が毎日ルート家に足繁く通っていると聞いてね」
ルイードの言葉にマデリンはため息をつく。
ここはルート家の敷地内だ。連絡もなく来たルイードはどうやって入ったのか。
それを推察するのは容易い。彼は腐っても次期公爵。ルート家の使用人が追い返すことなどできない。
強行突破したに違いない。
マデリンは興奮する馬を撫でて落ち着かせた。
「よほどお急ぎですのね」
「君と話がしたかったが、なかなか隙を見せてくれなかっただろう?」
「そうでしょうか? ご連絡さえいただければ、時間を作りましたのに」
「思ってもいないことを口にする。相変わらずだな」
ルイードは鼻で笑う。
二人きりになると、彼がマデリンを卑しめるのはいつものことだった。
人前では優しい婚約者の仮面を被り、二人きりの馬車の中ではマデリンを罵った。
五年間、マデリンは彼の婚約者という飾りだったのだ。
(面倒なことになる前に、さっさと追い出さないと)
「君のせいで僕の人生計画は丸つぶれだ」
「私が何かしましたか?」
ルイードの言葉にマデリンは冷静に返した。
彼の顔が醜く歪む。
「確かに、突然驚いて引き金を引いてしまいましたが、あれだってルイード様が原因ではありませんか」
「驚いて、ね」
ルイードは鼻で笑う。そして、マデリンに向かって怒鳴った。
「こっちはおまえのせいで、あんな女と結婚する羽目になったんだ!」
飛んだ唾がマデリンの頬に当たる。
マデリンはただルイードを見上げた。
「愛し合っていたのではございませんか?」
「愛? そんなものあるわけがないだろ?」
(彼女が聞いたら叫んでしまいそうね。名前はなんだったかしら? ナタリア? いいえ、ナターシャだったかしら)
マデリンは小さく笑った。
以前、お茶会で喧嘩を売られたことを思い出したのだ。
「あんなに熱く愛し合っていらしたのに?」
「ところ構わず股を開くような女が公爵夫人に相応しいと思うか?」
「あなたを愛しているからこそ彼女も受け入れたのでしょう?」
「愛……? そんなもの、あの女にあるわけがないだろう?」
ルイードは鼻で笑った。
(似た者同士でお似合いだと思うけど)
ナターシャに思惑があったのかはわからない。
マデリンから次期公爵夫人の座を奪おうと考えていたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
しかし、それはマデリンにとってはどうでもよかった。
ルイードが誠実な男であれば、マデリンは愛がなくともあの結婚を受け入れていただろう。
すべては運命だったのだ。
あの日、猟銃が戻って来たのも、ルイードがナターシャに手を出したのも、そして、アウルの婚約者が駆け落ちしたのも。
どれか一つでも欠けていたら、マデリンは今こうして新しい人生を謳歌できていなかったかもしれない。
「そんなことを言いに、わざわざここまで来たのですか?」
マデリンはため息をつく。
「あの女は公爵夫人には相応しくない。下品で金に意地汚い女だ」
「けれど、そんな女性を選んだのはルイード様ではありませんか」
浮気のつもりだとしても、公爵夫人に相応しい女性に手を出せばよかったのだ。
公爵夫人に相応しい女性が彼の誘いに乗るかどうかは別の話ではあるが。
「君は野蛮な趣味を持っているが、公爵夫人に一番相応しかった」
ルイードはマデリンの言葉など聞かず、話を進める。
五年前からそうだった。彼の耳にマデリンの言葉は入らない。彼は彼の決定事項をいつだって押しつけた。
そして、それに従わなければ、マデリンの父に苦言を呈するのだ。
そのあとのことは思い出したくもない。ルイードにいい顔をしたい父はマデリンを執拗なまでに叱ったから。
「お褒めいただきありがとうございます」
マデリンは愛想笑いを浮かべる。
(褒められてもぜんぜん嬉しくないけど)
彼が何を基準に「公爵夫人に相応しい」と言っているのかもわからない。
「君もこんなことになってさぞかし不服だろう?」
「いいえ、まったく」
「強がる必要はない。僕からあの女を引き離したくてあんな真似をしたんだろう?」
ルイードの言葉にマデリンの頬をひきつらせた。




