6-②
アウルは困ったように眉尻を下げて笑った。
「参ったな。そんな意図はないよ。ただ、気兼ねなくマデリンと話したかっただけだ」
「本当に?」
マデリンはジッとアウルを見つめる。
しかし、アウルはいつもどおり笑顔を見せた。
「本当だって。君の侍女に賄賂を渡したかったのも本当。いや、今回はお礼と言うべきか」
「どうして?」
マデリンは首を傾げた。
アウルがマデリンの侍女に感謝することがあるのだろうか。
「マデリンを大切にしてくれているからさ」
彼はそう言って、目の前に置かれたケーキを一口食べた。
「甘いな」
アウルがわずかに眉根を寄せた。
欠けた宝石から、とろりと蜜がこぼれ落ちる。
「今日のアウルは理解できないわ」
「そうか?」
「突然うちに来るし、侍女にも賄賂を用意するし……」
一つ一つの行動に意味があるように感じる。しかし、その意味をくみ取ることができなかった。
彼の好意にどこまで喜んでいいのかわからなくなりそうだ。
裏の意味があるのか。ただの彼の優しさなのか。
思えば、昔から彼は自分のことを話すことがほとんどなかった。
(狩りがうまい。以外に私が知っていることって何かしら?)
マデリンはアウルのことをジッと見つめる。
彼はそんなマデリンの視線にも気づかず、ケーキの中から零れた蜜を掬い、眉根を寄せながら睨みつけていた。
「スイーツは苦手?」
「いや。あれば食べるよ。ただ、甘い物はあまり好んでは食べない」
「そう。なのに、わざわざこれを買ってきてくれたの?」
一緒に食べるためなら、自分が好きな物を選べばいいのに。
アウルが紅茶で流し込むのを見ながら、マデリンは笑った。
「マデリンの見舞いと侍女たちへの賄賂を兼ねていたから、女性に人気があるものがいいと思ったんだ」
アウルが恥ずかしそうに笑う。
「きっとみんな喜んでいるわ」
侍女の笑顔を見れば、他の使用人たちの喜びも簡単に想像できる。
侍女にはいつも苦労をかけてきた。
家族の中で孤立しているマデリンの側にいてくれたのは侍女だけだ。
アウルがそんな彼女にまで気を配ってくれるのはなんだか嬉しかったのだ。
アウルは二口目を救いながら「そういえば……」と口を開いた。
「噂で聞いたんだが、第一王子殿下が狩猟大会を開催する予定らしい」
「そうなの? つい最近したばかりじゃない。珍しいわね」
狩猟大会の準備は普通のパーティーに比べて大変だ。
郊外の狩猟専用の敷地に貴族を集めるのだ。
貴族たちもその準備に追われることになる。
大会のあとにはパーティーがあるためだ。
だから、頻度は少なかった。
まだ半年も経っていない。
「そろそろ立太子する噂があるから、それを盛り上げるためなんじゃないかって話だ」
「それなら、あり得るわね」
第一王子は今年、十五歳くらいだっただろうか。
立太子となれば盛大に祝いたいのだろう。そして、王族の権威を見せたいのだ。
「今回は参加するだろう?」
アウルの言葉にマデリンは目を丸くする。
参加するとは、狩猟大会に行くという意味ではないだろう。
狩りに参加するということだ。
「私が?」
「ああ。せっかくの大会だし」
「でも、お父様がいいと言うかわからないわ……」
令嬢や夫人のほとんどは応援という形で参加する。
夫や婚約者、家族の付き添いだ。
マデリンも過去の狩猟大会には付き添うだけだった。
当時の婚約者であるルイードは狩猟に適した格好はするものの、積極的な参加はしていなかった。
父や兄も運動は得意でなかったため、形だけの参加だ。獲物を捕らえたところを見たことはない。
スタートしてすぐに戻ってきていた。
父はマデリンが狩りをすることを嫌う。
猟銃一つ持っていただけで、苛立ちをマデリンには向けるのだ。
「私が誘ったと言えばいい」
「それで納得してくれればいいけれど……」
マデリンはため息をつきながら、目の前のカップケーキをスプーンですくった。
ルビーに見立てた真っ赤なケーキだ。
綺麗だから食べるのがもったいない。
しかし、本物の宝石と違ってしまっておくことはできないのだ。
パクリと口に含む。
クリームの甘さとベリーの酸味が口いっぱいに広がった。
マデリンは目を細める。
「味はどうだ?」
「おいしいわ。甘いのが苦手ならこれにすればよかったわね。こっちは甘さよりも酸味が強いから」
「へぇ。なら、一口」
アウルは口を開けた。




