6-①
夜会の翌日、マデリンは侍女の言葉に目を丸くした。
「アウルが!? 本当に来ているの?」
「はい。ぜひ、お嬢様にお会いしたいと。楽なかっこうのままでいいからとおっしゃっているのですが」
侍女が眉尻を下げながら言った。
昨日、アウルはマデリンの傷を見ている。だから、そう言っているのだろう。
(毎日包帯を巻きに来るなんて言ってたけど……冗談、よね?)
マデリンは昨夜のことを思い出し、苦笑を浮かべる。
「部屋に通してあげて。アウルは怪我のこと知っているから」
「かしこまりました」
「その前に着替えを手伝ってちょうだい」
侍女は笑みを浮かべて頷くと、着替えを準備した。
楽なかっこうでいい言われたとはいえ、さすがに寝間着で迎える勇気はない。
なにより、アウルには少しでも恥ずかしくないかっこうで会いたかったのだ。
準備を終えたマデリンは、アウルを迎えた。
事前に予定を聞いていなかったから、何も用意はできなかったけれど。
アウルは部屋に入って早々、眉根を寄せた。
「なんだ。寝てないとだめだろ?」
「そこまで重病人ではないわ。それにしても、なんで来たの?」
「婚約者にひどいいいようだな」
「婚約者だからって突然来たらびっくりするでしょう?」
「暇かと思ったんだ」
アウルはマデリンの前に箱を出す。
有名なパティスリーのものだ。
「これ知ってるわ。最近人気のパティスリーでしょ? どうしたの?」
「見舞い」
「ここ、すごく並ぶらしいじゃない? 使用人に並ばせたなんて話を聞いたわ」
ここのパティシエは頑固で、貴賤関係なくスイーツを提供する。その代わり、王族だろうと並ばせるのだとか。
しかも、中で食事を取らないと持ち帰ることは許されない。だから、使用人たちには人気の仕事なのだとか。
「先にひとりで食べるのは気が引けたから、うちの使用人二人に楽しんでもらってきた。一緒に食べよう」
「アウルったら気が利くのね。紅茶を用意してもらわなくちゃ」
ティータイムにはいい時間だ。
動いていないからさほどお腹は空いていないが、スイーツの一つくらいなら問題ない。
「それなら、君の侍女にすでに頼んでおいた。パティスリーでおすすめの茶葉まで用意してもらってある」
アウルは得意げに笑った。
「そんなにいたれり尽くせりだと、裏があるのかもって心配になるわ」
「ないさ。ただ、怪我をして寝てるのは暇だろう? それに、マデリンは放っておくと無茶をすることがわかったから、監視をしておかないと」
「失礼ね。私だって休むときはきちんと休むわよ」
マデリンは頬を膨らませる。
子ども扱いされるのはいやだった。アウルとは対等でありたい。そう思うのは間違いだろうか?
「足の調子はどうだ?」
「悪くないわ」
「そうか。うちで使ってる塗り薬を貰ってきた。傷によく効く」
アウルがたっぷりと薬の入った瓶をマデリンの前に置いた。
「うちにもあるのに」
「もしかしたら、こっちのほうが効くかもしれないだろ?」
アウルは真面目な顔で言った。
マデリンの傷を心配しているのがわかる。
「ありがとう。試してみるわ」
マデリンが言うと、彼は満足そうに頷いた。
少しのあいだ談笑していると、侍女が紅茶を準備して戻ってくる。
いつもとは違う香り。アウルが持ってきた紅茶なのだろう。
侍女が、紅茶とともにアウルが買ってきたスイーツを盛りつけていく。
「お嬢様、おいしそうですね」
「そうね。それにぜんぶ綺麗。宝石みたいね」
令嬢たちから人気になるのも頷ける。
令嬢たちはキラキラしたものが大好きだ。そして、彼女たちは新しいものを好む。
宝石のように艶々と輝くスイーツは、令嬢たちを虜にする魔法が掛かっているに違いない。
「でも多すぎない?」
二人で食べるには量が多い。
「マデリンが食べたい分を選んだら、残りは君たちに」
アウルは侍女を見上げて言った。侍女は驚き、目を丸くする。
「わ、私たちにですか!? こんな高価なものをいただけません!」
「これは賄賂だから、気兼ねなく受け取ってくれ」
「賄賂……ですか?」
「そう。マデリンの一番側にいる君とは仲良くなっておきたいからさ」
侍女は困ったようにマデリンとアウルを交互に見た。
マデリンはそれを咎めるつもりはない。厳しい主人ならばそれを許さないだろう。
しかし、マデリンはそうではなかった。
「私たちはここでティータイムを楽しむから、君は仕事仲間と休憩してくるといい」
「アウルもそう言っているし、行ってきてもいいわよ」
「ですが……」
侍女は眉尻を下げる。
真面目な彼女には仕事をサボるようで不安なのだろう。
(しかたないわね……)
マデリンは小さくため息をつく。そして、腕を組んだ。
「このスイーツ、量が多すぎるわ。私がぜんぶ食べたら太っちゃうの。あなたが責任を持って処分して」
「お嬢様……」
「私の婚約者が買ってきてくれたものなんだから、捨ててはだめよ!」
「は、はい……!」
侍女はペコリと頭を下げると、残ったスイーツを手に部屋を出ていった。
アウルが肩を揺らして笑う。
「さすがだな、マデリン」
「それで、二人きりになりたかった目的はなに?」
マデリンはまっすぐアウルを見た。




