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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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5-③

 運命。

 二人の関係はそんな甘いものではない。

 友情の延長だ。

 アウルに好きな人がいることは知っている。それでもアウルの側にいたかったマデリンが提案した打算的な関係だった。

 アウルは友人に調子を合わせているだけなのだろう。

 そうだと頭では理解しているのに、心臓は早歩きになる。


(もしかしたら……)


 マデリンは小さく頭を振った。

 ありえない想像をして胸を高鳴らせても、不幸になるのは自分だ。

 マデリンはそれで痛いめに一度あっている。

 初めて婚約者に会った時の絶望を、マデリンは忘れないだろう。


 アウルの友人との挨拶を済ませると、アウルはマデリンに耳打ちした。


「今回も付き合わせて悪いな」


 アウルが困ったように眉尻を下げる。


「これくらいなんてことないわ。でも、もう聞き飽きちゃったわね」


 ルイードの婚約者だったころに比べたら、挨拶の回数は少ない。

 だから、アウルが思っているほど迷惑ではなかった。

 ルイードの話を振られるのは少し面倒ではあったけれど。


「みんなに言っておくよ」

「無理に口止めする必要はないわ。口止めされると余計気になるものよ。放っておけばそのうち飽きるでしょうし」

「それもそうか」

「それに、気を使ってもらうのも悪くないわ」


 マデリンは笑う。

 今のところマデリンは『婚約者の浮気現場を見てしまった被害者』だ。

 そして、ルイードはもともと手癖が悪く、いろいろな女性に手を出していた。

 彼から恋人や婚約者を奪われた男も多い。

 そのせいか、ルイードの噂は豪華な装飾がついて出回っている。

 その分、一番の被害者であるマデリンは同情を集めやすいのだ。


「強いな。普通の令嬢なら屋敷から出なくなるような話なのに」

「失礼ね。私が図太いって言いたいの?」


 マデリンはアウルを睨みつけた。

 アウルは慌てて両手を上げ、頭を横に振る。


「そんなことは言ってないだろ!?」

「でも、考えてみればそうよね。私、なんでこんな面倒な社交に出ているのかしら」

「その代わり、『気丈に振舞っていて健気』と周りからは好印象なんだからいいんじゃないか?」

「そうなの?」

「軽く耳にした話だけどな」


 アウルは苦笑を浮かべる。


「逆に『婚約者に逃げられた間抜け』と裏で笑われているらしい」

「アウルが?」

「ああ」

「失礼な話ね」


 知らない人から見たら、そう見えるのだろうか。

 しかし、アウルは気にしている様子もない。昔からどこか飄々としている男だった。

 己の評価など興味がない。そんなふうにも見える。

 そして、優しいのだろう。

 恋人のいる令嬢のカモフラージュになって、最後は駆け落ちの手助けまでしてしまうのだ。

 残されたほうがどれほど不名誉を負うか、知らないわけではなかっただろう。


「おかげでマデリンを手に入れた幸運な男になれた」

「どういう意味?」


 マデリンは首を傾げた。


「君は人気者だからさ」

「私が? 冗談はよして」


 人気を感じたことなどない。

 人気者とは常に周りに人が集まるような人のことを言うのだ。

 少なくとも、友人の少ないマデリンは違う。

 アウルの話に呆れていると、突然声を掛けられた。


「マデリンッ!」


 元気のいい声にマデリンとアウルが振り向く。

 人目を気にせずマデリンに抱きついてきたのは、友人のハンナだった。


「ハンナ。来ていたのね」

「もちろんよ。同じ失敗は二度はしないものよ」


 ハンナは胸を張って言う。

 前回、アウルと一緒に夜会に来た日のことを言っているのだろう。


「アウル、紹介するわ。友人のハンナ」

「初めまして。ハンナ・ベネロテと申します」


 ハンナはにこやかに挨拶をすると、アウルの手を掴んでブンブンと縦に振った。

 アウルは勢いに押されながらも口を開く。


「アウル・ルートです」

「もちろん、存じているわ! だって、マデリンの結婚相手ですものね!」

「ハンナ、そろそろ離してあげて。アウルが驚いているわ」

「あら、ごめんなさい。興奮しちゃってつい」


 ハンナは慌てて手を離す。そして、ペロリと舌を出した。


「いえ。マデリンにこんな元気な友人がいたのは知らなかったな」

「ハンナがいなかったら、私はいつもお茶会でひとりぼっちだったと思うわ」

「へえ……」


 アウルは関心したように相槌を打つ。

 夜会が夜に行われる社交ならば、お茶会は昼に開かれる女性たちの社交場だ。

 しかも、社交デビューなど関係ない。

 幼いころから母に手を引かれ連れていかれることが多かった。

 そして、社交デビューする前に多くの友人を獲得するのだ。

 しかし、お茶会に興味が持てなかったマデリンは、ほとんどお茶会には参加していない。

 そのころのマデリンの楽しみと言えば、祖父と狩りをすることだったからだ。

 五年前、父に狩りを封じられお茶会に参加するようになったマデリンは孤独だった。

 マデリンはそれを気にするようなタイプではなかったが、ハンナのおかげで不快な思いをすることがなくなったのは確かだ。


「アウル様はマデリンとは長い付き合いだと聞きましたわ」

「まあ、それなりに。祖父同士の仲がよかったので」


 マデリンとアウル、そしてハンナは他愛のない話をした。

 共通の話題といえばマデリンのことになってしまうため、なんだか気恥ずかしい。

 ハンナの質問にアウルが答える。そんな形で会話は流れていった。


「アウル様、マデリンの狩りの腕前はどれくらいなんですか?」

「私よりもうまいな」

「そんなことないわ。アウルのほうが上手だった」


 マデリンが慌てて否定すると、ハンナはにやにやと意味深にな笑みを浮かべる。


「なるほどね」

「何がなるほどなのよ?」

「二人が仲良しだってわかったってこと」


 ハンナは楽しそうに笑うと、すぐに口を開いた。


「じゃあ、私はそろそろ行くわね。アウル様、マデリンのことをよろしくお願いします。……マデリン。頑張って」


 ハンナは最後にマデリンに耳打ちすると、楽しそうに去っていった。

 頑張って。

 その意味を理解するのに時間はかからなかった。

 マデリンはアウルを見上げる。


「アウ――……」

「マデリン」


 マデリンがアウルを呼ぶよりも早く、アウルがマデリンの名を呼んだ。

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