5-②
せっかくアウルがダンスに誘ってくれたのに、断ってしまったのだ。
もし、ここで「やっぱり行かない」と言えば、アウルとの距離が離れていくような気がして怖い。
マデリンは「婚約者」という関係がさほど親密ではないことを理解している。
五年間、マデリンはルイードの婚約者だった。しかし、彼から愛情を感じたことはないし、彼に愛を与えたことはない。
しかも、たった一発撃っただけで消え去る関係だと言うことを身をもって知っている。
「痛みが強くなったら、すぐに帰ってきてください」
「大丈夫。少し参加して帰ってくるから」
「私もついていければいいのですが」
「心配性ね。あなたはゆっくりしていなさい」
侍女は眉尻を下げた。
マデリンは何でもないふりをして歩く。
足は痛くないと言ったら嘘になる。
薄い皮膚は何度も痛みを訴えていた。
迎えの馬車はすでに到着している。
馬車の前に待機していたアウルが、マデリンを見つけると小さく手を上げた。
「やあ、マデリン。調子はどうだ?」
「いつも通りよ」
「本当に?」
アウルはマデリンの顔を覗き込む。
あまりの近さに胸が跳ねた。
慌てて一歩あとずさる。
膝の裏が痛みを訴えたが、マデリンはどうにか耐えた。
「急にどうしたのよ。そんなこと聞いて」
マデリンは何でもないふりをして、笑った。
「いや、なんとなく、いつもよりも顔が青白い気がして」
「気のせいよ。早く行きましょう」
これ以上探られるとぼろが出そうだと思った。
マデリンはアウルの腕を引き馬車へと乗り込んだのだ。
二人を乗せた馬車は夜会の会場へと向かう。
二人きりになると、アウルはすぐに口を開いた。
「猟銃はあの部屋にしまってある」
「ええ、侍女から聞いたわ。本当にありがとう」
アウルの気遣いは侍女から聞いている。いつでも見に来ていいというのだ。
「せっかく譲ってくれたのに、返すみたいな形になってごめんなさい」
「いいや、花嫁よりせっかちな銃が一丁いたと思っておくよ」
「なにそれ」
マデリンは小さく笑った。
猟銃のように簡単にアウルのもとに行けたらどんなに楽だろうか。
結婚の準備なんてせず、身一つで。
見栄など張る必要はないのだ。どうせ、婚約破棄で一度名前は傷ついてるのだから。
マデリンとアウルは並んで夜会の会場へと入場した。
今日も二人は注目を浴びた。まだ婚約から時間が経っていない。
しかも二人ともいわゆる訳ありだ。注目が集まらないわけがない。
アウルの友人たちと挨拶を交わす。
前回会った友人とは違う顔だ。
今まではアウルと夜会で顔を合わせても、互いの知人や友人を紹介したことはない。
なんとなく並んで話し、互いの近況を報告する。マデリンとアウルはそんな関係だった。
だから、マデリンはアウルの交友関係を知らない。
「婚約者に駆け落ちされたって聞いたけど、元気そうだな」
アウルは苦笑を返した。
彼はアウルが駆け落ちの共犯であることを知らない。彼は心底同情したような様子だった。
婚約者に逃げられたとあれば、誰でもそんな顔をするのだろう。
アウルはなんともないという顔で返事をする。
「彼女が選んだ道だ。私は彼女を応援している」
「まあ、おかげでこんな美人と結婚できるわけだしな」
彼はアウルからマデリンに視線を移すと、愛想笑いを浮かべる。
「マデリン嬢もいろいろと大変だったようですね」
突然話を振られ、マデリンは苦笑をもらした。この手の話題は聞き飽きている。
しかし、相手からすれば一回目。つれなく返事をすると、印象が悪くなるだろう。
それに、アウルの友人にはいい顔をしたかった。
マデリンはしおらしく眉尻を落とす。
「お二人の恋路の邪魔を何年もしていたと思うと、心が痛みます」
「彼らのことを怒っていないのですか?」
「もともと親が決めた結婚でしたし、他に愛する方がいたのなら教えてくださればよかったのに……」
マデリンは心にもないことを言いながら、小さく笑ってみせた。ルイードが散々女遊びに明け暮れていたことは、誰もが知っている噂だ。
社交界で知らない者はいないだろう。
そして、マデリンにはそういう浮いた話は一切なかった。
誰もがマデリンを同情するだろう。
少なくとも、目の前にいる彼はマデリンの味方になってくれるはずだ。
その証拠に、彼は神妙な面持ちで何度も相槌を打つ。
「それにしても、同じ日に互いの婚約者に問題が起きるなんて、運命みたいですね」
「そうですね。アウルから話を聞いたときは驚きました」
アウルの友人の言葉にマデリンは頷く。
あの日、たしかにマデリンの運命は動き出した。
「ああ、そうだな。運命だったのかもしれない」
アウルが遅れて頷いた。
マデリンの胸が跳ねる。




