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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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5-①

 アウルの元にマデリンの侍女が訪れたのは、ちょうどアウルが書類に目を通し終えたころだった。

 両親が領地に行っているあいだの一切のことを任されている。

 想像よりも多い仕事量に辟易していた。

 そんなときの来訪だった。


「マデリンが?」

「はい。こちらを預かっていただきたいと」


 マデリンも来ているのかと思えば、そうではないらしい。

 少しだけがっかりした。

 お茶でも入れて、少し話すことができたら疲れも吹っ飛びそうだと思ったからだ。

 侍女に手渡された荷物を解いてみれば、そこには猟銃が一丁しまわれている。

 見覚えのある傷。

 マデリンのものだ。


「これはマデリンにとって大切なものだろう?」

「はい。ですから、預かっていただきたいのです」

「もしかして、侯爵にバレたのか?」


 アウルの質問に侍女が小さく頷く。アウルは苦笑をもらした。

 マデリンの父親はマデリンが狩りをすることを毛嫌いしている節がある。

 また捨てられかねないと思ったのだろう。


「なら、これは大切に保管しておこう。マデリンには『いつでも見に来ていいから』と伝えてほしい」


 本当は側に置いておきたかったはずだ。

 この猟銃はマデリンにとって祖父の代わりのようなものだろうから。


「ありがとうございます。お嬢様も喜ぶと思います」


 侍女はホッと胸を撫で下ろした。


「今日、マデリンは?」


 侍女の肩がビクリと大きく跳ねる。

 なんとなしに尋ねた。


「お嬢様は本日は家でおやすみです」


 侍女の言葉に首を傾げる。

 マデリンなら、大切な猟銃を信頼しているとはいえ、侍女に任せきりにはしないと思ったのだ。

 自分の手で持って来そうなのに、きょうは彼女はいない。

 お茶会にでも参加しているか、のっぴきならない事情があるに違いないと思ったのだ。


「風邪でも引いた? だったら、夜会に行くのは中止にしよう」

「いえ……。夜会には問題なく行くとのことです」


 歯切れが悪い。

 何かを隠しているような、そんな雰囲気だ。

 しかし、問い詰めれば最終的にはマデリンに知られてしまうだろう。


(直接、自分の目で確認するしかないか)


 風邪ならば、会ってすぐわかるだろう。


「あの……。どうか、お嬢様をお願いします」


 侍女は思い詰めたような表情でアウルを見上げた。

 まるで鬼気迫るような言い方だ。


「もちろん。何かあったのならば、教えてほしい」


 侍女は逡巡する。

 そして、頭を横に振った。


「私からは何も。ですが、お嬢様には幸せになってもらいたいのです」

「わかった。事情はわからないけど、マデリンのことは注意しておく」

「どうか、よろしくお願いします。お嬢様はなんでもひとりで抱えてしまいますので」


 侍女は深々と頭をさげると、去っていった。

 最後まで含みを持たせたような言い方だ。


「まさか、こんなに早く戻ってくるとは思わなかったな」


 アウルは手の中の猟銃を見つめた。

 五年かけて見つけたこれは、すぐにマデリンのもとへと渡った。

 アウルはそれでいいと思っていた。

 この猟銃は彼女の大切な記憶が詰まったものだからだ。

 一丁ならば、場所も取らない。だから、所持することも不可能ではないと思っていたがどうやら違うらしい。

 アウルにはマデリンの取り巻く環境はわからなかった。

 マデリンは何も言わない。

 昔からそうだ。

 泣き言を一切言わない。

 婚約者が浮気性でも、彼女が誰かに愚痴をこぼすことはなかった。


(どうしたら彼女が背中を預けてくれるようになるのか)


 彼女はいつだってひとりで戦う。

 ルイードとの婚約を破棄した日も、すべてひとりでやってのけた。


(このままは格好悪いな)


 アウルはもう一度、手の中の猟銃を見る。


(侯爵、マデリンは何と戦っているのですか?)


 猟銃は答えない。

 マデリンの祖父は、いつも優しくマデリンを見つめていた。


『家族の中で、マデリンが一番不器用だ』


 いつだったか、マデリンの祖父はそんなことを言っていた。

 あのころは、狩りを楽しむマデリンしか知らなかったから、彼の言っている意味はわからなかったものだ。

 マデリンは馬を乗りこなし、風のように走る。そして、一切ためらいもなく、獲物を狙い打つのだ。

 不器用には思えなかった。

 しかし、今なら彼女の不器用さがわかる。

 アウルは猟銃をコレクションルームにしまいながら、思い出した。

 マデリンの目からこぼれた涙を。


(侯爵、私は臆病者です。マデリンに嫌われるのがこわい)


 アウルはひとり苦笑をもらし、頭をかいた。

「このままでいいのだろうか?」という不安を内包させながらも、この微妙な距離を崩せないでいる。ひとえに、彼女から拒絶されるのが怖いのだ。

「友情」という関係を終わらせた先に、何が残るのか。アウルには想像できなかった。


(でも、もう彼女の涙は見たくない)


 コレクションルームでひとり涙している彼女を見て、アウルは部屋に入ることができなかった。

 その涙は五年ぶりに祖父に会えた喜びの涙だったのかもしれない。しかし、本来なら流す必要のない涙だ。


 ***


 マデリンは膝の裏に薬を丹念に塗り込み、包帯を巻いた上でドレスを着た。


「聞いても無駄だと思いますけど、本当に今日は出かけるのですか?」

「ええ、大丈夫」

「今の婚約者様なら、風邪を引いたと言えば納得してくれると思います。おやすみされては?」

「だめよ。私が行きたいの」


 前回は失敗した。

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