4-⑦
侍女と会話を楽しみながら、就寝の準備をしていたときのことだ。
「マデリンッ! おまえというやつは!」
怒鳴りながら、真っ赤な顔で部屋に入ってきたのは父だ。
その表情は一目で怒っているとわかる。
侍女は櫛を持つ手を振るわせた。
マデリンは侍女を見上げると、にこやかに笑う。少しでも安心させられたらと思ったからだ。
「お父様とはいえ、淑女の部屋にノックもなしに入るなんて失礼です」
父は返事よりも先に、マデリンの頬を打つ。
パンッ。
小気味いい音が耳の奥に響く。
マデリンは父を睨みつけた。理由もわからず叩かれる道理はない。
それがたとえ、親と子という関係だったとしてもだ。
「出せ!」
父がそう言うと、後ろから使用人が入ってきて、マデリンのベッドの下に手を伸ばす。
マデリンは慌てて叫んだ。
「いや! 私の物に触らないで!」
使用人が隠していた猟銃を取り出す。
マデリンは慌てて駆け寄り、使用人から猟銃を奪った。
「誰がこんなものを持っていいと言った!?」
父の地響きのような声が部屋に響く。
「これは猟銃である前に、お祖父様の形見です。なんでお父様はこれを持つことを否定するの!?」
マデリンは必死に猟銃を抱きしめた。
これだけは失いたくない。
マデリンにとって、運命だから。
父はマデリンの質問には答えなかった。
猟銃を持つことを嫌う理由があるのか、それとも大した理由はないのか。マデリンにはわからない。
「今すぐ手を離せ。今、手を離したら許してやる」
父は怒りに満ちた声で言った。
脅しのような言葉にマデリンは、唇を噛み締めた。
「お嬢様……」
心配そうに侍女が声をかける。彼女は手を離したほうがいいと言いたいのだろう。
「大丈夫だから、あなたは外に出ていなさい」
マデリンの言葉に侍女は頷かなかった。
青い顔をしながら頭を横に振る。
「なぜ、親の言うことが聞けない!?」
「私は悪いことをしていないわ。なぜ、すべて従わないといけないの? 私はお父様の人形ではないわ!」
マデリンは人間だ。
なぜ、父はマデリンを人間として見てくれないのだろうか。
なぜ、マデリンのすべてを否定するのだろうか。
「鞭を持って来い!」
父が叫ぶ。
それでもマデリンは猟銃を離さなかった。
***
マデリンはベッドの上で小さく笑った。
しかし、それとは真逆に侍女の顔は真っ青だ。
「お嬢様……」
「そんな顔しないの。お祖父様の猟銃は守れたし、じゅうぶんよ」
「ですが……。せっかくよくなったばかりでしたのに」
腫れあがった足に侍女が薬を塗り込む。
マデリンは痛みに眉根を寄せた。
「誰が告げ口をしたのでしょうか……。お嬢様の猟銃の場所は誰も知らないはずです」
「わからないわ。でも、誰でも掃除に入って来れたから。もしかしたら、父に監視するように言われていたのかもしれない」
「そんな……」
「私が間違いだった。これだけでも自分の手元に置いておきたいと思ったけど、アウルに預けるべきだったのかも」
一つくらい隠し通せると思っていた。
けれど、この屋敷にプライバシーを守れるような場所はないと気づくべきだったのだ。
「猟銃をアウルの元に届けてくれない?」
「いいのですか?」
「ええ、そのほうが安全だから」
父のことだ。
マデリンがいないあいだに処分してしまうことは想像できる。
ずっと猟銃を持って歩くことはできない。だったら、アウルに任せるのがいいのだろう。
本当であれば、最初からそうすべきだったのだ。
けれど、この猟銃はマデリンの運命であり、祖父の形見。そして、この一丁がマデリンの人生を変えたのは間違いない。
だから、いつでも見ることができる場所に置いておきたかった。
「ではお嬢様はゆっくりなさってください」
「ええ」
「猟銃を預ける際、夜会の旨を伝えますか?」
(夜会……)
マデリンはちらりと自身の膝裏を見る。
腫れあがった足は今のところ歩けるような状態ではない。
夜会は三日後に迫っていた。
断るのは簡単だ。
きっと、アウルは理由を言わずとも納得してくれるだろう。
「いいえ、行くわ」
「こんな足ではダンスだって踊れませんよ?」
「大丈夫。一曲くらい」
侍女が眉尻を下げる。
心底心配そうな顔にマデリンは笑った。
「嘘。ダンスは踊らないから。安心して。それよりも早く、アウルのところに持っていって。お父様が帰ってきたら面倒だから」
「はい。お嬢様、くれぐれも安静になさってくださいね」
「ええ。いい? アウルに昨日のことは言ってはだめよ? アウルには『お父様が口うるさいから、預かっていてほしい』と伝えて」
「かしこまりました」
侍女は頭を下げると、猟銃を持って屋敷を出た。
マデリンは部屋で一人、枕に顔を埋める。
アウルに一番知られたくない秘密。それは、膝裏の傷だ。
この傷のことだけは知られたくはない。




