4-②
アウルはなんとなしに聞いた。
これ以上マデリンの話を続けると墓穴を掘ってしまいそうだと思ったというのもある。
そして、人生経験豊富な祖父に聞いてみたかったのだ。
「男女の友情なぁ……」
祖父は遠くを見た。
何を見ているのかはわからない。視線を辿ってもたいしたものはなかった。
「よくわからんが、どちらかが終わらせれば友情は終わる。相手が男か女かなんて関係ないんじゃないか?」
「そのとおりですね」
同性か異性かなんて関係ないのかもしれない。
アウルとマデリンの意思でいくらでも変わる。ただそれだけ。
「おまえがどうしたいか。それに尽きる」
「どうしたいか」
アウルはオウムのように繰り返した。
「いいか? どうすべきかじゃない。どうしたいかだ」
祖父はときどき難しいことを言う。
「せっかくあの子と婚約できたんだ。もっとしゃんとせい!」
祖父はアウルの背を叩いた。
力は強くない。だから、痛くはなかった。けれど、よく胸に響く。
「ずっと待っていたんだろう?」
「そうですね。待っていたのかもしれない」
五年前、祖父に選択肢を突き付けられたときのことを思い出す。
奪うか、離れるか、側にいるか。
アウルは側にいることを選んだ。
しかし、本当の選択肢は「待つ」だったのかもしれない。
「おまえのいいところは、我慢強いところだ」
「何ですか? 急に」
アウルは小さく笑った。しかし、祖父の顔はいつになく真剣だ。
「狩りもそうだった。焦らずじっくりと構えて、最高のタイミングで引き金を引く」
(最高のタイミングかぁ……)
狩りのとき、そんなことを考えているわけではない。
だから、再現性があるかと聞かれるとなようにも思う。
(このままなら、何も変わらないのだけはわかる)
それがいいのか悪いのか。アウルには判断が難しいところだった。
マデリンが隣にいる。
それだけでもじゅうぶんではないか。それ以上を望むのは罰当たりではないだろうか。
アウルは祖父の説教に耳を傾けながらもマデリンのことばかり考えていた。
***
マデリンがアウルからの手紙を受け取ったのは、それから数日後のこと。
マデリンが結婚式の準備に追われているときのことだ。
「お嬢様、お手紙にはなんと?」
「美術館に誘われたわ」
「デートですね」
侍女の言葉が頭に響く。
デート。
その言葉はなんだか慣れない。
しかも、今回は美術館だ。
「美術館なんて趣味じゃないんだけど……」
ただ絵画や彫刻を見るだけ。
マデリンは芸術に疎い。
(アウルはこういうのが好きなのかしら?)
マデリンは手紙を眺める。
思い返せば二人の繋がりは、祖父たちと狩りだけだ。
夜会で会えば当たり障りのない会話を繰り返していた。
男と女。距離感を間違えれば、不貞を疑われる。
だから、アウルもマデリンも慎重だった。
婚約者だったルイードを気にしてではない。マデリンがルイードと同じ場所に立ちたくなかったのだ。
だから、マデリンはアウルのことをあまり知らない。
祖父たちと狩りを楽しんでいるときは知る必要もなかった。
でも、これからはそうもいかない。
夫婦になるのだ。
そう考えて、マデリンは頬を染め頭を横に振る。
「お嬢様、どうされました?」
「なんでもないわ!」
侍女は不思議そうに首を傾げた。
アウルと夫婦になることを想像してしまったなど、口が避けても言えない。
「それで、お返事はどうされるんですか?」
「もちろん行くわ」
「趣味ではないのに?」
「趣味ではないからって断るのは失礼じゃない」
趣味ではない。
興味もない。
美術の美の字も知らない。
それでも、アウルと一緒なら悪くはないと思う。
「では当日のドレスを選ばなければなりませんね」
「そうね。落ち着いた色がいいわ。絵画の観賞の邪魔になる色はだめよ」
「わかりました。では紺か、緑もいいですね」
侍女はぶつぶつと言いながら衣装部屋へと向かった。
マデリンはもう一度手紙を見る。
角張った字に小さく笑う。こんな字を書くとは知らなかった。
今まで手紙をもらうことなんてなかったからだ。
二時間悩んだ返事は、とても簡素になってしまった。
『用事もないし、つきあってあげる』
要約するとそんな内容だ。
マデリンは自分で書いた返事を見て、ため息をつく。
(われながら、ひどい返事ね。手紙でダンスのことを謝ったほうがいいかしら?)
誘いの返事に謝罪を入れるのは、いかがなものだろうか?
(まとまらない……)
書き直した手紙を並べながら、ため息をつく。
侍女が入れてくれた紅茶も冷めてしまった。
冷めた紅茶を流し込む。
「まだお返事が書けていないのですか?」
不思議そうに侍女は首を傾げた。
「返事って難しいわ」
「いつもサラサラと書いていたじゃないですか」
侍女はカラカラと笑った。
わかっている。
こんなに悩むのはアウルだけだ。ルイードにもハンナにも、返事で悩んだことはなかった。
誘われたら、「はい」か「いいえ」しか選択肢はない。
ルイードにいたっては、断ることすら許さないような言葉で手紙が来た。
父もどんな予定よりもルイードを優先するように言っていたから「はい」しか返事を書いたことはない。
ハンナには「返事に情緒がない」とよく言われる。
マデリンは何時間もかけながら、アウルに返事を書いた。
結局当たり障りのない言葉を添えただけで、情緒があるかどうかはわからない。
「お嬢様、婚約者へのお返事もいいですが、こちらも目を通してくださいね」
侍女がたくさんの招待状をマデリンの前に置く。
山になった招待状にマデリンは頬を引き攣らせた。
「お茶会、お茶会……。こっちは夜会。なに? この星を見る会って……。こっちは刺繍会ですって」
マデリンは一枚ずつ招待状を開きながら、文句を口にする。
「お断りの手紙は手伝いますから」
「全部、断りたい気分よ」
マデリンは小さくため息をつく。
返事などせず、破り捨てたい気分だ。
しかし、そんなことをすれば父が怒るだろう。
「そうだ。夜会……」
マデリンは一枚の招待状を見つめる。




